第七十七話 薔薇の館
うおおおおおおお!!
今日も更新間に合ったぜえええええええええ!!
これでヨシッ!!
「……うげ」
そろそろと次の部屋を覗き込んだラッドが、そんなうめきを漏らす。
その部屋にあったのは、またしても棺だった。
以前のコウモリの襲撃があった場所のように、部屋の中央には棺が横たわり、最前の奇襲の記憶に身体が勝手に警戒する。
「いや、これは……」
「え? おっさん!?」
しかし、その棺の中に見えたものに、俺は思わず部屋の中に踏み入っていた。
驚くラッドの脇を抜け、いち早く棺へと辿り着く。
「……やっぱり、か」
コウモリが入っていたものとは違い、今度の棺の蓋はすでに開いていた。
そして中に入っていたのは、何者かの服。
まるで服だけを置いて中身が綺麗さっぱり消えてしまったのかのように、その棺の中には人の形に広げられた服だけが残っていた。
そして、もう一つ。
「あれは……?」
その服のちょうど左胸の部分に、奇妙なものが突き立てられていた。
無言で棺に近付くと、俺はそれを躊躇いなく引き抜いた。
「レクスさん。それ、武器……ですか?」
追いついてきたニュークの言葉に、俺はうなずいた。
「ああ。〈悔いのナイフ〉だな。刺突に特化した武器で、一部の不死者に特に効果があるらしい」
答えながら俺が手にしたナイフを眺めていると、部屋の外から何か重いものが動いたような、ゴゴゴという地響きが聞こえた。
釣られて外に出てみると、今までは何もなかった場所に、地下へ向かう階段が出現していた。
「さっきのナイフがスイッチだったんでしょうか」
「いよいよ次の階か。腕がなるぜ!」
マナやラッドが階段を覗き込み、探索に意欲を見せていたが、俺は二人を止めた。
「いや、時間も時間だ。切り上げよう。ここの探索はひとまず終わりだ」
探索の最低限の目的を果たした。
現状の戦力を考えると、これ以上の深入りは避けた方がいいだろう。
「なっ! おっさん! オレはまだいけるぜ!」
ラッドは不満そうにそう言うが、俺は首を振った。
「地下に下りれば、敵はもっと強くなるぞ。今のお前たちの実力で勝てないとは言わないが、リスクが大きすぎる。あの部屋での奇襲を忘れたか?」
「う……。で、でもさ。さっきみたいにおっさんも戦ってくれれば……」
「これ以上俺の武器を減らすな、ってのは抜きにしても、俺が一緒に戦うと経験値が稼げなくなる。それこそ本末転倒だろ」
実質は格上とはいえ、敵のレベル自体は四十程度。
レベル五十の俺が戦闘参加すると、ラッドたちに入る経験値まで激減してしまう。
「そりゃ、まあ、そう……だけど」
「しばらくはギルドのクエストでもこなしながら、クラスの熟練度を上げればいい。ここに挑むのは、それからでも十分だ」
ラッドを何とか説得し、話が決まりそうになった時、意外なところからラッドへの援護射撃が来た。
理知的な眼鏡の少年、ニュークだ。
「でも、僕も少し気になります。どうしてこんな場所に魔物が棲みついているのか。もしかして、ここの最深部には、何か恐ろしい……」
「ニューク!」
不安に駆られたように早口でまくし立てるニュークを、俺は大きな声を出して止めた。
「あまり滅多なことは言うな。偶然魔物が棲みついてダンジョンになった場所なんて、いくらでもある。奥まで行っても、きっと何もないさ」
「ですけど……」
何か言いかけるニュークを封じるように、言葉をかぶせる。
「それに、ここならいつだって来れる。そうだろ?」
力を込めてそう言い切ると、ニュークは「はい……」と何かを呑み込むようにうなずいた。
何か言いたげなレシリアの視線を感じながらも、来た道を戻る。
ブレブレの仕様上、一度倒した魔物はしばらく復活しない。
俺たちは何の障害もなく一度、二度と階段を登り、ついに地上へ。
隠し扉がギィィと音を立てて開き、俺たちは見慣れた館の中に戻ってくる。
網膜を焼く自然の光に、思わず目をすがめた。
「……もう、日没か」
地下にいると、やはり時間の感覚がおかしくなる。
窓の外から差し込む血のような赤色が、夕刻の訪れを告げていた。
「……何だか、別世界みたいですね」
言われて、窓の奥を見る。
その先には、いつもと変わらぬフリーレアの街並み。
行き交う人々は魔物や争いとはまるで無縁な、平和そのものの表情で道を歩いている。
……そう。
この館が建っている場所は、フリーレアの街の中。
――この〈薔薇の館〉は、街の中に存在する特殊ダンジョンなのだ。
※ ※ ※
「あ、お帰りなさい、皆さん。お怪我はありませんでしたか?」
俺たちが館のエントランスまで出ると、そこで横から声をかけられた。
「……ロゼ」
小さく、名前を呼ぶ。
白く長い髪に、優しい光を湛えた瞳。
この館の主である儚げな女性が、そこには立っていた。
「今回の探索で地下一階の魔物は念入りに討伐した。これで魔物が地上に出てくることは、万が一にもないはずだ」
俺のぶっきらぼうな言葉に、ロゼは一瞬、「まあ」とばかりに目を丸くしたが、「ありがとうございます」とすぐに上品な所作で頭を下げる。
「やっぱり、冒険者様は凄い方なんですね。一目でダンジョンに続く隠し扉を言い当てて、魔物もあっという間に倒してしまって……」
やがて顔を上げた彼女の瞳には、憧憬の光が灯っているように見えた。
「……そういう仕事だ」
俺としては、ただゲームで分かっている事実をさも推理したかのようにして開示しただけだ。
そこを評価されると、流石に居心地が悪い。
思わず目を逸らす俺の横で、
「そう、レクスはすごい」
なぜだかプラナが胸を張って、ロゼを「ふふ」と笑わせていた。
「でも、本当に驚きました。今まで普通に暮らしていた家の地下に、魔物が棲みつく場所があったなんて……」
「どうして隠し扉が作られていたのか、ロゼさんに心当たりはないんですか?」
好奇心旺盛なニュークが尋ねるが、ロゼはただ、首を横に振った。
「この館は、おじ様から譲り受けただけなんです。だから、詳しいことは……」
そう言って首を振るロゼには、嘘をついている様子は見られない。
ニュークは残念そうに「そうですか」と言って引き下がる。
「魔物がいたことには驚きましたけど、皆さんが訪ねてきてくれるようになって、私は嬉しいんです。……この館は、一人で過ごすには少し、広すぎますから」
「ロゼさん……」
寂しげにそう漏らすロゼに、マナが思わず言葉に詰まる。
そこでハッとしたようにロゼは笑顔を取り繕うと、努めて明るい声で提案した。
「せっかくなので、お茶を飲んでいかれませんか? 皆さんの冒険の話、私も聞かせていただきたいです」
どこか無理に作ったような笑みからこぼれたその言葉に、俺たちは一も二もなくうなずいたのだった。
※ ※ ※
その後、食卓を囲んで紅茶を飲んで、寂しげに俺たちを見送るロゼと別れた頃には、日はすっかり沈んでいた。
暗い夜道を、街灯の光を頼りに家路を急ぐ。
「それにしても、やっぱりオレたち強くなってるよな! あの包帯野郎だって、ちょっと前なら絶対手も足も出なかったぜ!」
「ニュークさんの補助魔法がよかったんだと思います! 属性付与って、あんなにすごいんですね!」
「ま、そのために覚えたからね。……誰かさんが油断せずにいたら、もうちょっと危なげなく勝てたんだけど」
「そ、それは悪かったって言ってるだろ!」
能天気な会話を続けるラッドたちに頬を緩めながら、俺はふと足を止めた。
街の明かりから目を背けるように、歩いてきた道を振り返る。
月夜にぼぅっと浮かび上がる〈薔薇の館〉は、光に溢れる家々とは裏腹に、深い闇に囚われているように見えた。
(……悪いな、ニューク)
本当はあの館がなんなのか、地下に何があるのかも、俺は全て知っている。
だけど、言えるはずない。
この館こそが、フリーレア崩壊の震源。
悪神に従い、世界を滅ぼす六体の〈魔王〉のうちの一人が眠っている、なんてことは……。
やっと第四部本編開始!
いやー魔王の設定出すのにここまでかかるとはね!
書籍版に合わせて特典SS三つも書かなきゃいけなくて結構やばいんですが
次回の更新予定は明日だと言うだけは言っておきます!





