第七十五話 剣の頂
いえ、違うんですよ!
今日は余裕で更新間に合うなーと思ってたらちょうどコミカライズ三話のネームが送られてきてですね!
サーキュラさんのエロ衣装を眺めつつ台詞の修正案とか考えてたらいつの間にか二時間が経っていたという不可抗力的なその、その……そのコミカライズは12月26日発売コンプエース2月号より連載開始予定です(唐突な宣伝芸)
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レクス
LV 50
HP 530
MP 265
筋力 201(C+)
生命 200(C+)
魔力 200(C+)
精神 200(C+)
敏捷 200(C+)
集中 200(C+)
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(……ほんと、やってらんねえよなぁ)
俺はあらためて自分のステータスを眺めながら、重い重いため息をつく。
ブレブレでは、自分よりレベルの低い敵を倒しても経験値がほとんど入らない。
そして、俺の初期レベルは五十。
つまり、レベル三十時点のラッドたちにも劣るステータスで、レベル五十以上の相手を倒さないとろくに経験値も稼げないということになる。
実際、この三ヶ月で俺が倒した同格以上の相手と言えば、最初に倒したレベル六十のドゥームデーモンと、闘技場で戦ったレベル七十の〈剣聖ニルヴァ〉だけ。
ニルヴァ戦では当然経験値は入らなかったので、経験値を稼げたのは実質ドゥームデーモンだけということになる。
そして、ドゥームデーモンは俺よりレベルが上だが、このゲームの仕様上、格下を倒したことによるマイナスの経験値補正はあっても、格上を倒したことによるプラスの経験値補正なんてものはない。
あいつもボス級のモンスターだったとは思うが、一匹ではレベル五十一になるほどの経験値を稼ぐことは出来なかった、という訳だ。
……ただ、レベルアップによる強化が期待出来なくても、もう一つだけ、能力を上げる方法がある。
それが「能力向上訓練」だ。
筋力なら素振り、魔力なら瞑想、というように、対応する訓練を行うことでレベルアップに依らずに能力値を上昇させることが出来る。
かつて、この訓練でラッドたちが一ヶ月で平均三十程度も能力値を上げていたのは記憶に新しい。
しかし、それにも落とし穴がある。
これは、「上げたい能力の素質が高い」ほど、そして、「上げたい能力の現在値が低い」ほど効果が上がるのだ。
実際、ずっと素振りだけを繰り返していた筋力54のラッドは筋力値を22も上げたが、同じように訓練していた筋力126のレシリアはたった4しか上昇させられなかった。
なら、レシリア以上に筋力の素質がなく、筋力の現在値が200の俺がどうなるか、なんて言うまでもないだろう。
だからそもそも、俺は訓練による能力向上は諦め、たまにラッドたちに付き合う程度にしかやってこなかった。
(それでも、マニュアルアーツの指導で素振りだけはやってたからなぁ。何とか一だけは上がったんだが……)
三ヶ月でたったの一じゃ話にならない。
少なくとも、この手段で能力値を上げていくのはコスパが悪すぎて現実的ではない、という結論は覆らなかった。
(ほんと、ハードモード過ぎだぜ、レクス)
意味がないと知りながら、鏡の中の仏頂面に愚痴をこぼす。
「おっさん。そんな鏡なんか眺めてどうしたんだ? さっさと先に進もうぜ」
そこで、背後から上機嫌な様子のラッドに声をかけられて、俺は仕方なく現実逃避をやめた。
筋力アップの指輪をはめ直し、ラッドに向き直る。
「分かってる。それより、慎重にな。ここの敵は格上だってことを忘れるな」
「おうよ! どんな敵が出てもマナが魔法を使うまでの時間はきっちり稼いでやるさ!」
いまいち分かってるとは思えない返答にため息をつきそうになるが、自分が敵を倒すと言い出さないだけ、ラッドも成長しているのだろう。
鏡の前を離れると、先へと足を進める。
ひんやりとした地下の空気が、否が応にも気持ちを張りつめさせる。
「……次は、この部屋でしょうか」
石造りの廊下を少し進むと、ボロボロの扉に行き当たった。
幸い、老朽化して崩れかけのその扉は俺たちが何かをする前に少し開いている。
鍵や罠を警戒しなくていいのは助かる。
俺はニュークの言葉にうなずくと、その部屋に足を踏み入れた。
無機質な石壁に、がらんとした空間。
壁に朽ちた木材が立てかけられているほかは家具や装飾品の類はなく、ただ部屋の中央に木製の棺が静かに鎮座していた。
(この、部屋は……)
脳内の朧げな記憶をたどるため、俺が思わず足を止めた時、
「……なんだ、外れかよ」
気の抜けたような声でラッドが俺の脇を抜け、無造作に部屋に踏み込んでいく。
(――ダメだ!)
頭の片隅で、かすかな記憶が警鐘を鳴らす!
「ラッド!!」
その瞬間だった。
棺が内側から弾け飛び、中から黒い奔流が溢れ出す。
天井にぶつかるほどの勢いで飛び散った黒い「ナニカ」。
一塊に見えたそれは、よく見ると群体。
天井で左右に分かれて広がって、赤い目でこちらを見定める「奴ら」の正体は……。
「――〈ブラックブラッドバット〉! 吸血コウモリだ!!」
叫びながらラッドの身体を引き戻し、代わりに前に出る。
このコウモリは、能力値が低い代わりに数が多く、動きが不規則で捉えにくいモンスターだ。
ゲームでは大した苦戦もしなかったため、すぐには思い出せなかったが、
(まずいぞ! 相性が悪い!)
能力値で劣っている場合は、こういう素早くて数が多い相手の方がやばいのだ。
適正な能力で戦うなら被弾を無視してゴリ押すなり火力で焼き払うなりで簡単に処理出来るのだが、今のラッドたちではこいつらの攻撃も致命傷になり得る。
それに、今まで戦ってきた奴らとは違って、こいつらはアンデッドじゃない。
今のパーティのメイン火力である、マナの光魔法がこいつ相手じゃ切り札にはなり得ない!
「おっさん!? ダメだ! この数相手じゃ……」
それでも焦って前に出ようとするラッドを手で制し、俺は意識してあえて自信たっぷりに気を吐いた。
「あんまり舐めてくれるなよ。せっかくの機会だ。お前らに、『成長』した俺の力を見せてやるよ!」
※ ※ ※
バサバサと部屋を飛び回るコウモリの群れ。
数えている暇はないが、十匹ちょっとはいるだろうか。
こいつらに一斉にとびかかって来られたらこっちも危うい。
「まずはこいつだ!」
掛け声と共に、俺は挨拶代わりに〈ゴブリンスローター〉を投擲する。
放たれた短剣のうち、二本はコウモリに命中したのだが……。
「……はは。そりゃそうか」
投擲を受けたコウモリは、一瞬だけ体勢を崩したものの、すぐに何事もなかったかのように飛行を続ける。
(ゲーム知識によって手に入れたアドバンテージに、敵の強さが追いついてきた、ってことか)
この〈ゴブリンスローター〉はカジノで入手した強力な装備品だ。
特殊効果として「ゴブリンに強い代わりにゴブリン以外に弱い」という謎の特性がついているが、それは装備せずに〈投擲〉スキルによって投げつけることによって回避出来ている。
つまり、このレベル帯の敵に対しては、あれだけ苦労して手に入れた〈ゴブリンスローター〉も大して強い武器ではないってことだ。
(……だが、それならそれで、やりようはある)
俺は左手にもう一度〈ゴブリンスローター〉を取り出すと、右手の〈メタリック王の剣〉を突き出すようにしてコウモリたちに向かって構える。
(はぁ、まったく。今回は、俺が戦うつもりはなかったってのに)
緊張に、汗がにじむ。
横に構えた左手の短剣を、リズムを取るようにゆらりゆらりと揺らす。
(……大事なのは、タイミングだ)
コウモリの厄介なところは、的が小さく、動きが不規則なことだ。
本来なら範囲魔法か遠距離狙撃か何かで仕留められれば楽なのだが、そうやって一掃するにはこちらの火力が足りないし、この狭い部屋に押し込められた以上その選択肢は取れない。
――来る!
痺れを切らしたように迫ってくる一匹のコウモリ。
それを迎撃するように剣を振るう。
……だが!
ぬるり、と擬音でもつけたくなるような軌道で、その小さな黒い悪魔は剣を避けるように離れていく。
これが、コウモリの最大の強み。
この動きがあるからこそ、直線的で攻撃の軌跡を途中で変えられないアーツでは、こいつらを捉え切れない。
「ああっ!」
背後から絶望するような声がする。
だが、そんな声を漏らすのは早計というもの。
振りかけた斬撃を、止める。
そして、そのまま足を踏み出し、
「甘いんだよ!」
逃げるコウモリに突きを繰り出してその身を捉える。
メタリック王の剣に貫かれたコウモリは、一度だけ逃げるようにもがき、
「……まずは、一匹」
すぐに光の粒子となって宙に帰る。
その隙を突き、回り込むような軌道で迫ってきたコウモリを返す刀で切り付け、二匹目。
「どうした? こんなもんか?」
挑発が効いた訳でもないだろうが、そこから堰を切ったようにコウモリが押し寄せる。
それでも、変わらない。
今の俺は、アーツに頼らなきゃ剣の振り方も分からないただのゲーマーじゃない。
俺の中には「レクス」の剣技が眠っている。
「四匹、五匹、六匹……」
地に落ちるコウモリが半分を越えたところで、剣をさらに加速させる。
右に左に、上に下に。
コウモリの不規則な動きを時に先読みし、時に追いかけ、剣速とリーチの差でねじ伏せていく。
「……す、ごい」
後ろからそんな声が聞こえた時には、もう残ったコウモリは部屋の中央で所在なさげに飛び回る二匹だけになっていた。
(長期戦は不利。だから、ここで決める!)
左手の短剣で拍を取り、二匹のコウモリの身体が一直線に並んだ時、俺は一気に足を踏み出した。
「っふ!」
二メートルほどの距離を、刹那の間に縮める。
そして、
「終わり、だ!」
接近の勢いそのままに、右手の剣で最後に残った二匹のコウモリをまとめて切り伏せた。
(……なんとか、なったか)
消えていくコウモリを見て、俺が思わず安堵の息を漏らしかけた、その時、
「レクスさん!」
マナの悲鳴。
瞬間、首だけで振り返ると、そこには立てかけられた木材を吹き飛ばし、こちらにカギ爪を振りかぶる魔物の姿。
――待ち伏せ!
部屋に入った瞬間に覚えた嫌な予感はこちらの方だったか、と後悔するも、もう遅い。
迫るは速度に優れた人狼〈ムーンウェアウルフ〉。
その凶刃は一息に喉元へと迫り、もはや回避のいとまはない。
俺はせめての抵抗とばかりに必死で腕を引き戻しながら、避けられない衝突のタイミングを待って、
――〈瞬身〉!
次の瞬間には、俺はウェアウルフの背後に「跳んで」いた。
剣聖の習得スキル〈瞬身〉。
「自身に攻撃が命中した瞬間に、攻撃相手の背後に瞬間移動する」という理不尽極まりないスキルの力を借り、俺は無防備な背中に剣を振りかぶる。
「……悪いな」
俺の姿を見失ったその魔物に、背後からの攻撃が避けられる道理もなく、
「――〈無尽〉」
俺の会心の一刀を浴びた哀れな魔物は一呼吸のうちに上半身と下半身を生き別れにされ、そのまま息絶えたのだった。
久しぶりにかっこいい方のレクス!
レクスの強さの秘密は次回!
た、たぶん今日のうちに更新!





