第六十四話 新人ベテラン冒険者ラッドの英雄
多分これが一番早いと思います
――レクスが、試練を攻略する。
思いがけない提案に立ち上がったオレに対して、レクスは照れたように笑った。
「実は、午後からギルドの用事があるからもう時間がないんだ。だから、ぶっつけ本番の一発勝負になる」
その言葉に、オレはごくりと唾を飲んだ。
オレは三つ目の試練に到達するまで、一体何回失敗して、どれほどの時間をかけただろう。
しかしレクスは、それをたったの一回で終わらせてしまおう、と言っているのだ。
「そんな顔しなくても大丈夫だ。俺が今日になってここに来たのは、街に居づらかった以外にも理由があってな。実は、ここの試練は〈剣聖〉のスキルを覚えてると比較的楽にこなせるんだよ」
「ま、ちょっとズルいかもしれないけどな」と楽しそうに笑うと、中央の台座に手を伸ばし、真新しい勾玉を手にした。
そしてそのまま、武器すら持たずに【壱の試練】の方に歩いていく。
その姿はまるで近くに散歩に行く、というくらいの気軽さで、今から達成困難な試練に挑むようにはとても見えない。
(……いや。見えない、じゃない。たぶんレクスにとっては本当にそうなんだ)
オレがずっと苦戦し続けて、絶望したほどの試練。
でもそれも、この英雄にとっては鼻歌交じりにこなせる程度の難易度でしかないのだ。
……そう理解してしまって、オレの胸には誇らしい気持ちと一緒に、割り切れないもやもやがわだかまるのを感じた。
そんなオレの気持ちを知って知らずか、レクスはあくまでのんびりと試練の間に足を踏み入れると、まるで講義でもするかのようにしゃべり続ける。
「アクティブスキルとアーツってのは役割が結構似通ってるんだが、アーツはマニュアル発動なら技の動きがアレンジ出来るとか、本来習得していない技でも動きさえ覚えていれば使えるとか、色んな利点がある。ただ、一部のスキルは、アーツでは代用不可能な効果を持っていることもあってな」
ドドン、という音と共に、石像の騎士が正面に降り立ち、そしてレクス目掛けて走り出しても、それは変わらない。
レクスは表情一つ変えず、オレに向かってスキルの解説をし続け……。
「今から見せるスキルも、そんな有用スキルの一つだ。これは〈剣聖ニルヴァ〉の固有技〈瞬刃〉の亜種みたいな技能で、俺が知る限り一番使い勝手のいいカウンタースキル。その名も……」
ついに騎士がレクスの目前まで迫り、騎士のハルバードの一撃が、レクスに届いて、
「――〈瞬身〉!」
次の瞬間、レクスは騎士の背後にいた。
「え……?」
素早く回り込んだ、とか、そんなレベルの話じゃない。
騎士の攻撃が当たったと思った瞬間、レクスの姿はかき消え、騎士の背後に移動していた。
騎士はその一瞬、レクスの姿を完全に見失い、そして、背後のレクスが右腕を引いた、と思った直後、
「――〈飛閃掌破〉!」
金属が強い力で撃ち抜かれたような轟音が響き、騎士の身体が転がるように前に吹き飛ぶ。
それが背後に回ったレクスの掌打に押し出された結果だと気付いたのは、吹き飛んだ騎士が二メートルほども先の地面に倒れ込んでからだった。
「今、のは……」
かすれた声で尋ねると、レクスはあっさりと答えた。
「さっきのが〈剣聖〉の習得スキル〈瞬身〉。攻撃を食らった瞬間にその相手の背後に瞬間移動する技だな。使いどころは難しいが、強力だ。ついでにそのあと使った技は〈格闘家〉の習得スキル〈飛閃掌破〉。威力はいまいちだが攻撃発生速度とノックバック距離が優秀だ。この試練で使ったのは初めてだが、これなら採用してもよさそうだな」
レクスはあくまでも楽しげにそう言って笑う。
そこでオレは、さらなる異変に気付いた。
「あ、れ? 騎士が、起き上がって……こない?」
背後からレクスの攻撃スキルを食らい、吹き飛ばされた騎士が地面に倒れたまま動きを止めているのだ。
まさか今のが致命傷になったのか、と思うが、レクスもさっきのスキルは威力は大したことがないと言っていたし、それは違和感がある。
「ああ。そいつは試練の部屋の外に出されるとなぜか棒立ちになるらしくてな。ギリギリまで引き付けてから通路の外に押し出せば、その試練の間は無力化出来るんだよ」
「そんな、ことが……」
驚きの連続に、頭がついていかなかった。
どこからそんな情報を仕入れてきたのかという疑問すらも、何だか今さらに思えた。
レクスは地面に倒れて動かなくなった石像の騎士から目線を外すと、試練のゴールへと視線を戻す。
「もう一体も〈瞬身〉と〈飛閃掌破〉で処理出来るんだが、それじゃ芸がないよな」
レクスはそううそぶくと勾玉を左手に持ち替え、同時に初めてインベントリから武器を出し、右手に構える。
手にしたのは、最弱の武器のアイアンソード。
それで何をするのかと思えば、レクスは武器を構えたまま、姿勢を低くして、
「よく見ておけよ、ラッド。これが『別解』だ!」
そんな宣言と共に、剣を振りながら猛然と通路の奥へと突き進む。
(――速い!)
その速度に、オレはあらためて目を見張る。
能力値を見るなら、今の敏捷値はレクス二百に対して、オレが二百三十八。
若干オレの方が高いが、二ヶ月前のレクスの講義を信じれば、敏捷の差が行動速度に大きく影響するのは敏捷百まで。
さらに敏捷百五十までいけば行動速度はほぼ最大になるため、実質的には条件は同じと言っていいはず。
だが……。
「――〈疾風剣〉〈風神来〉〈冥加一心突き〉!」
レクスは移動補正のあるアーツをつないで、通常では考えられない、そして、オレには決して出せない速度で通路を駆け抜ける。
その速さは、ようやく動き出した奥の石像の反応を完全に置き去りにしていて……。
「これで、ゴールだ!」
もう一体の石像がドドン、と音を立てて地面に降り立った時には、左手に構えた勾玉を台座にかざしていたのだった。
※ ※ ※
「やっぱり兄さんのアーツは変態的ですね」
「お前はどうして素直に人を褒められないんだよ……」
「人をひねくれ者みたいに言わないでくれますか。私は兄さん以外にはこんなことは言いません」
中央の部屋に戻ってきて、レシリアと憎まれ口のようなじゃれ合いのようなやり取りをするレクスを前に、オレの顔は強張っていた。
あれほど自分が苦労した試練を簡単にクリアしてしまったレクスに対して、賞賛と嫉妬の思いが同時に湧きあがる。
「どうだった? 少しくらい参考になったか?」
「そ、れは……」
だから、笑顔で声をかけてきたレクスに、オレは思わず刺々しい言葉をかけてしまっていた。
「確かに、おっさんのあの技はすごかったけどよ! 【弐の試練】にはあんなの通用しねえぞ! どうするつもりなんだよ!」
つい喧嘩腰になってしまって、後悔をする。
気を悪くさせてしまったか、と思ったが、なぜか気まずそうに視線を外したのは、レクスの方だった。
「まあ、その。確かに次の試練は、さっきみたいなやり方で抜けるのは、不可能とは言わないものの、難しい……ん、だが」
妙に歯切れの悪い言葉に眉をひそめると、レクスはばつが悪そうにオレから目を逸らして、こう言ったのだ。
「実はこの試練には、もっと簡単な必勝法があるんだよ」
「……へ?」
※ ※ ※
どこか申し訳なさそうな顔で通路を進むレクスに、二体の石像の騎士の凶刃が迫る。
見るからに重量のあるハルバードの二連攻撃。
あんなものが当たったらただでは済まない。
そう、思うのに。
「……マジかよ」
二本の刃が当たっても、レクスは身じろぎすらしなかった。
表情だけは申し訳なさそうにしながら、まるで騎士たちの攻撃など何もなかったかのようにその場を歩き去る。
当然その背中にも騎士たちの追撃が炸裂したが、それも結果は同じだった。
その光景に、オレの脳裏にレクスの言葉がよみがえる。
「必勝法っていうのは、これだ」
そう言ってレクスが取り出したのは、忘れもしない。
オレたちがフリーレアでの鮮烈なデビュー戦を飾ったダンジョン、〈七色の溶岩洞〉。
その攻略に使った装備アイテム〈バリアリング〉だった。
「勾玉が壊れる条件は、あくまで勾玉を持っている人間がダメージ判定を受けること。だから、〈バリアリング〉のバリアがダメージを受けた場合は、勾玉は壊れない」
その理屈は理解出来た。
だが、そのバリアが必勝法になるというのはおかしい。
「だけど、そいつは耐久力に問題があるはずだろ? そんなバリアなんてすぐ壊れ……あ」
「気付いたみたいだな。普通の攻撃なら、このバリアは一発で壊れる。けど、あいつらの攻撃力は一しかないんだ。だから……」
「――『このリングを装備している限り、あいつらの攻撃は一生こっちに届くことはない』か」
レクスが口にした台詞を、口の中だけで復唱する。
【弐の試練】の部屋では、まさにレクスが言っていた通りのことが起こっていた。
四体の騎士は必死になってレクスを攻撃するが、その貧弱すぎる攻撃が、レクスのバリアを抜けることはない。
レクスはまるで無人の野を行くかのように悠々と、ただし顔だけは申し訳なさそうに試練の間を進み、あっさりと勾玉を台座にかざしてしまったのだった。
※ ※ ※
試練をクリアして戻ってきたレクスを見ても、今度は胸がざわめいたりはしなかった。
あまりにもあんまりな光景を見て、嫉妬の感情なんてどこかに飛んでいってしまったのだ。
「……ったく。ほんとおっさんは、どこまで行ってもおっさんだよなぁ」
「なんだよ、そりゃ」
ただ、いつもの調子で軽口を叩き合う。
今度こそオレは、自然に笑えていた。
(そういえば、そうだったよな。オレは、師匠のそういうところに惹かれたんだ)
相手の思惑や、常識なんてぶっ飛ばして、想像もつかないことをやってのける。
それが、オレの憧れた英雄の真骨頂だったと、ようやく思い出せた。
「でもまあ、これなら最後の試練も消化試合だよな」
確かに「龍の道」は面倒だが、あの騎士の妨害がなければ、ただ面倒なだけの障害に過ぎない。
時間はかかるだろうが、確実にクリア出来るだろう。
「……いや」
しかし、オレの言葉にレクスは首を横に振った。
「最後の試練にだけは、〈バリアリング〉は役に立たない」
「え? な、なんで……」
「〈看破〉してみれば分かるんだけどな。最後の試練に出てくるあいつだけは、ほかの石像とは違う。筋力が二百近くあるし、持ってる武器だって強力だ。あいつの攻撃をまともにくらったら、〈バリアリング〉程度のバリアなんて一瞬で破られる」
「じゃあ……どうするんだよ?」
突然の事実に戸惑うオレに、レクスは頼もしい笑みを浮かべた。
「大丈夫だって言っただろ。俺が何のために、最初の試練で技を試したと思ってるんだ」
「あ……」
考えてみれば、そうだ。
もし〈バリアリング〉だけで試練が越えられるなら、あそこでわざわざスキルを使う必要もなかった。
「ここからは瞬きなんてしてると終わっちまうからな。しっかり見といてくれよ」
そう言い残すとレクスは迷いなく【最後の試練】の扉の前に立って、右手に持った勾玉をかざした。
巨大な扉が少しずつ開いていき、その奥から最後の、そして最難関の試練が、その威容をさらけ出す。
「昔から、狭い道ってのは苦手なんだ。だから少し、ショートカットさせてもらうぞ」
そう言ってレクスが突き出した左手には〈デコイガン〉。
それを無造作に奥の台座に向け、引き金を引いた。
(囮で気を逸らすのか? でも、そんなのじゃ……)
オレの困惑を置き去りに、ゴールの台座のすぐ手前に、レクスを模したデコイが生成される。
そうして、その直後に、
――ドドン!
石が落下する鈍い音を立てて、石像の騎士が中央の足場に落下する。
(そうか!)
デコイを奥に作ったのは敵の注意を引くためではなく、騎士の出現条件を満たし、中央の足場に呼び込むため。
そうして、出現した騎士は、奥のデコイではなく、勾玉を持つレクスをターゲットとして、大きく槍を振りかぶる。
対するレクスは構えもせず、左手に持っていたデコイガンすらしまって、完全なる無手。
一見絶体絶命の状況に見える。
だが、騎士から投擲された槍が、レクスの身体を捉えたと見えたその瞬間に、
「――〈瞬身〉!」
レクスの影は、騎士の背後に飛ぶ。
これが、レクスの立てた作戦。
あえて騎士を呼び込み、投擲を誘発することによって、龍の道をその半ばまでもショートカットする。
そして、背後を取ったのならば、使うのはもちろん……。
「――〈飛閃掌破〉!」
直後に、閃光と轟音。
高い吹き飛ばし性能を備えた攻撃スキルが、石像の騎士の背中に炸裂する!
――確かに、この石像の騎士たちは無限の耐久力を持ち、普通の手段では倒すことは出来ない。
けれど、それは戦いの場が、単なる部屋であった場合の話。
いかに無限の耐久力を持っていたとしても、底も知れない奈落に叩き落とされれば、どうなる?
その答えが、今一人の英雄の意志でもって、示されようとしていた。
投擲直後の前のめりの状態で、無防備な背中を打たれた騎士は、なすすべもなく前に吹き飛ばされて、
「なっ!?」
思わず、驚きの声が出る。
最初の試練の通常の騎士であれば、どうあっても奈落の底に突き落とされていた状況。
だがこの騎士は、最後の最後で踏みとどまった。
ボスとしての意地を見せ、円形の足場の淵で足を突っ張る。
けれど、体勢は崩れ、身体の半分は奈落に身を乗り出している。
あと少し、ほんの一押しすれば、足場の外に押し出せるのは一目瞭然。
「行け、行ってくれ、師匠ぉ!!」
気付けばオレは、今までのわだかまりも、もやもやも全てを忘れて、レクスに向かって叫んでいた。
自分の実力不足も、八つ当たりのような気持ちも、今だけは放り捨てて。
オレに、ワクワクするような新しい景色を、誰も見たことのない光景を見せてくれと、そう叫ぶ。
そうして顔を上げたオレの目に、飛び込んできたのは……。
スキルの反動で完全にバランスを崩し、龍の道から転げ落ちそうになっているレクスの姿で。
「……へ?」
もちろんいくら歴戦の英雄であっても、一度宙に投げ出された身体を地上に戻す術はなく、
「う、うあああああああああああ!!」
オレとレシリアの見守る前で、レクスは手足をばたつかせながら奈落の底へと落ちていったのだった。
読者よ、これがレクスだ!!
次はラッド視点最終回!
ラッドくんが師匠の仇を討つために奮闘します!!
次回「主人公じゃない!」第六十四話 「新人ベテラン冒険者ラッドの覚醒」
明日更新予定です! お楽しみに!!





