第六十三話 新人ベテラン冒険者ラッドの躍進
こういう話を書き始めると脳内の猫耳猫スタッフが暴れ出してしまう!
くっ! 静まれ、静まれ!(厨二病)
簡単に言うと、【弐の試練】は【壱の試練】をそのまま写し取って、襲ってくる石像だけを倍にしたような試練だった。
【壱の試練】では最初は一体だけしか動かない石像が二体同時に動き、さらに奥に進むと追加で二体の石像が動き出し、合計で四体を相手にすることになる。
二体の石像が同時に迫ってきたのを見た時は絶望しか感じなかったが、攻略法としては一応前とほぼ同じ方法が通用した。
最初に出てくる二体の石像は、どちらか片方に寄ってから攻撃をパリィ。
硬直した方の石像の脇を抜けるようにすれば、立ち位置と攻撃によってはもう一体の騎士の攻撃はパリィされた騎士に阻まれて届かず、何とか切り抜けられる……こともある。
あとはその幸運が二回連続で起こることを祈るだけの作業だった。
(……あんまり、こういう運頼みのやり方は好きじゃねえんだけど)
とはいえ、ほかに何かいいアイデアがあるワケでもない。
弐の試練で失敗すると壱の試練からやり直しになるのがつらかったものの、失敗回数が両手の指からあふれる頃には何とか成功のパターンを引き、疲労困憊になりながらも勾玉にもう一つの火を灯すことが出来た。
(……これで、残る試練は一つ、か)
少しだけくすぶるような気持ちを抱えながらも、二つの火を灯して本来の姿を取り戻した勾玉を手に、中央の部屋へと舞い戻る。
「まさか、最後の試練は石像が三倍になってる、なんてことはねえよな」
少しだけそんなことを疑いながら道を戻ったが、どうやらその心配はなさそうだった。
最後の試練のある場所は、【壱の試練】【弐の試練】と同じように、中央の部屋から向かうことが出来る。
ただほかと異なる点は、その試練に向かう道が大きな扉によって閉ざされていたこと。
それから……。
【最終試練】
龍の道の先で待つ
勇を示し、我に完全な鍵を捧げよ
最後の試練に続く巨大な扉。
その扉の真下の床には、力強い筆致でそんな文言が掘られていた。
「……龍の道、か」
それがどんなものかは想像出来なかったが、今度の試練が今までの二つと全く違うものになるだろうということだけは予想出来た。
どことなく不吉な予感に駆られながらも、レクスの指示に従って勾玉を扉にかざすと、両開きの巨大な扉が低い音を立てて開いていく。
「なっ!」
そこにあったのは、前二つの試練とは全く違う部屋。
どこまでも底の見えない奈落と、その上を通る幅たった十センチほどの、蛇のように曲がりくねった道だった。
「……なるほど、これが龍の道、って奴かよ」
これは確かに「龍」……空を駆ける蛇の名にふさわしい道だ。
動揺を抑え、冒険者らしくきちんとした観察をする。
その幅十センチほどのその道は、蛇行しながらも部屋の一番奥へと続いている。
そして一番奥の壁面には、龍をかたどったと思われる彫刻が施されていて、その真下には見覚えのある形をした台座があった。
これまでの試練を考えると、あそこに勾玉を置くのがこの最終試練のゴールだろう。
「龍の道」以外に足場になるようなものはなく、その道は基本的に最初の幅から細くなることも太くなることもなくずっと続いているが、唯一の例外として、ちょうど部屋の中央に当たる部分だけは直径一メートルほどのきちんとした足場になっている。
そこがおそらく道の中間点で、同時に休憩場所でもあるんだろう。
下を覗き込むとその先は果てしなく続く暗闇で、命の危険はないと言われていても、本能的な恐怖を覚える。
「『勇を示せ』だったか。これは確かに、勇気が要るよな」
死なないにしても、これは絶対に落ちたくねえな、と危機感を募らせる一方で……。
(意外といけそう……だな)
今までとは毛色の違う試練に、オレは手ごたえを感じてもいた。
確かに道は狭く、足を滑らせれば終わり、というのは過酷だが、バランス感覚には自信があるし、田舎育ちで木登りなんかもよくしていたせいか、高いところは苦手じゃない。
おそらくは、今までがトレジャーハンターに必要な戦闘力を見る試練だったとすると、この最終試練は秘境を探索する身軽さや判断力を見る試練なんだろう。
だが、そっちの方が好都合だ。
(一発でクリアしてやる!)
ここで失敗すれば、また壱の試練からやり直し。
あの超難易度を誇る弐の試練をもう一度クリアしないといけないということになる。
それに、何より……。
――もう、レシリアに睨まれたくはないからな!
レシリアと、そしてオレの心の平穏のため、オレは「バン!」と平手でほおを叩いて気合を入れると、龍の道に最初の一歩を踏み出した!
※ ※ ※
「……とりあえず、これで半分、か」
つぶやいて、汗をぬぐう。
細く、蛇行する道を進むのは、想像していたよりも気力を使う作業だった。
下を、どこまでも続く奈落を見てしまった時はめまいがしたし、道の半ばで突然壁から矢が飛んできた時は、終わったかと思った。
だが、音を聞いて反射的に身をすくませたのが功を奏したのだろう。
トラップの矢は間一髪、オレの少し先を通り過ぎ、オレは九死に一生を得た。
そこから何回か矢のトラップがあったが、いくらなんでも見えている罠にハマったりはしない。
時間と注意力をガリガリと削られたものの、オレは何とか龍の道の中間地点、円形の足場に辿り着けた。
(油断は、しない)
足場から壁を見回して、後半の矢のトラップがありそうな場所も把握した。
龍の道自体にも、見た限りでは何も仕掛けられていないように見える。
(あと少し、あと少しだ……)
オレはまるで仇でも見るような目で、近くて遠い台座を見つめる。
今までの試練と比べても無骨でシンプルなデザインのそれが、かえって神聖なものに見えてくる。
ゴールが見えたことで、気が急いているのは自覚していた。
幸い、この試練に時間制限なんてない。
オレは意識してゆっくりと確実に、数歩分の距離を数十秒もかけて進んで……。
その時、だった。
――ドドン!
背後から、音が聞こえた。
今日一日であまりに聞き慣れた、けれども今だけは絶対に聞こえてはいけない音。
まるで、人間大の石の塊が地面に降り立ったような、そんな音が。
「じょうだん、だよな……」
声が、震える。
汗が額を滑り落ちる。
「こんなのウソだ! こんなことがあるはずがない!」と叫ぶ心と、「あぁ、やっぱり来たか」というあきらめに似た感情が、頭の中でごちゃごちゃにぶつかり混ざり合っていた。
ゆっくりと、振り返る。
オレが、さっきまで休み、もう少しでクリア出来そうだと安心したその場所。
龍の道の中間地点に、膝を折った石像の騎士がいた。
(一体、どこから……!)
と頭上を見ると、そこにはいかにも何かを吐き出しました、と言わんばかりに活性化している赤い魔法陣が宙に浮いていた。
(そんなの、ありかよ!)
思わず悪態をつきそうになって、その瞬間。
石像の騎士の首から先だけが動き、ギロリとこちらを見据える。
「ひっ!」
戦おう、なんて考えは、わずかたりとも浮かばなかった。
最初の試練の時でさえ、石像の騎士とはまともに戦えなかったのだ。
なのに今こちらを睨みつけた石像の騎士は、明らかにボス格。
過去の試練に出た騎士よりも一回り大きく、右手に巨大な槍を、左手に無骨な剣を握るその佇まいには、達人の風格すら漂っている。
さらに最悪なことに、今こちらは身動きもろくに出来ない狭い足場の上にいて、相手だけは万全の円形の足場にいる。
勝てる要素がまるでない。
「く、そぉっ!」
もがくように足を動かし、少しでも騎士から遠ざかろうとする。
――だって、あともう少しなのだ。
直線距離にして、あとほんの数メートル。
どうにかこいつを振り切ってあの台座に辿り着きさえすれば、それだけで、今までの苦労が全て報われて……。
「……あ」
だが、オレは見た。
背後に立った石像の偉丈夫が、右手に持った大きな槍を肩にかつぐように振りかぶるのを。
「やめ――」
反応することすら、出来なかった。
轟音を上げて飛来した巨大な槍はオレの身体を押し出し、勾玉をあっさりと砕いて……。
「う、うあああああああああああ!!」
バランスを崩したオレの身体は龍の背から落ち、深い深い奈落の底へと落ちていった。
※ ※ ※
落ちていたのは、どのくらいの時間だっただろうか。
たぶん、長くても十秒。
実際には、数秒程度だったんだろう。
気付けばオレは、魔法の力によって転送され、中央の部屋の台座の前に大の字になって横たわっていた。
あれほどの攻撃を受けて、あんな高さから落下したというのに、傷一つない。
だけどオレは、その場から起き上がることが出来なかった。
「……あんなの、卑怯じゃねえか」
思わずそんな悪態が口からこぼれる。
だが、その言葉が単なる負け惜しみに過ぎないのだと、誰でもない自分が一番よく分かっていた。
(く、そっ!)
思い返せば、オレは最初からあの試練の術中にハマっていた。
最初の二つの試練には苦戦したが、最後の試練は順調だった。
だからオレはその瞬間、試練の、ここを作った奴の思惑の上を行っていると、そう思っていた。
だけどそれこそが、この試練の狙いだったんだ。
【弐の試練】を抜けて警戒している挑戦者に、あえて時間はかかるけれども突破は難しくないような障害を見せて……。
壁から飛んでくる矢のトラップ、なんていう「初見でもギリギリクリア出来そうな罠」を回避させて、この試練はトラップがメインで戦闘はないんだと、挑戦者に誤解させて……。
最後の仕上げに中間地点で休ませて、もしかするとゴール出来るかもしれない、なんて、そんな風に希望を持たせて……。
(一番緊張が緩んだ、もっとも効果的な瞬間を狙って、最大の爆弾を投げ込んできやがったんだ!!)
希望が見えた瞬間こそ、人は折れやすい。
それに、あそこに至るまでに長い時間をかけ、苦労を重ねていれば重ねているほどに「失敗出来ない」という思いが強くなる。
少し足を踏み外せば落下して全てが終わりという状況で、萎縮せずに普段通りの実力が出せるはずもない。
(踊らされてたんだ、オレは!!)
ガン、と地面を殴る。
手玉に取られたことは理解出来ているし、悔しいという思いもある。
……だけど、それでも。
もう一度あの試練に挑んでやろうという気概も、あの試練を乗り越えるビジョンも、どうしても湧きあがってはこなかった。
(ちき、しょう……!)
地面を叩いた姿勢のまま、床に大の字になって、天井を見つめる。
そんなオレの顔に、影が差した。
「こっぴどくやられたな、ラッド」
レクスだった。
「……うるせぇ」
片腕で顔を隠して、ぶっきらぼうに返事をする。
こんな自分を、師匠には、レクスにだけは、見られたくなかった。
「今、作戦を考えてるとこなんだよ。ジャマ、すんなよな」
ウソだった。
胸を満たすのは敗北感だけで、頭の中は空っぽだ。
それでもレクスにだけは、情けない奴だと思われたくはなかった。
「そう、か。……なら一回だけ、交代させてもらってもいいか?」
「え……?」
思わぬ言葉に、反射的に顔を覆っていた腕をどける。
視線を上げると、そこには不敵な笑みを浮かべたレクスがいて、
「――お前の参考になるかどうかは、分からないけどな。俺流の試練の突破法を、お前に見せてやるよ」
オレが憧れた英雄の顔で、閉ざされた扉の先を見据えていたのだった。
この展開……
さてはラッドくん、やっぱりヒロインなのでは?





