第六十一話 トレジャーハンターへの道
辿り着いた〈神殿〉の内部。
ものめずらしそうに辺りを見回すレシリアとラッドを微笑ましく思いながら、俺は昔読んだこの建物の「設定」を思い出していた。
「ここは、伝説のトレジャーハンターと呼ばれた男が後世の冒険者に力を残すため、神様と協力して作った場所だ。だから正確に言えばここはダンジョンじゃない。フリーレアにもある〈転職の神殿〉と同じ、神殿だ」
「ここが……神殿」
どこか荘厳な雰囲気の漂う壁を眺めながら、続ける。
「ダンジョンじゃないからここに魔物は出ないし、ここで得られるのは〈トレジャーハンター〉の職業だけだ。経験値も手に入らなければ隠された財宝なんてものもない。ただしその分、〈トレジャーハンター〉のクラスは探索に有用で、便利なスキルを数多く覚える」
ダメージのない衝撃波を放って敵を呼び寄せるデコイを生み出す〈虚報の呼子〉。
採取可能な距離が増えて、同時に複数箇所からの採取が可能になる〈採取の達人〉。
一度に複数取れる採取物の採取量を三割上昇させる〈採取の鉄人〉。
デコイガンの亜種のような〈虚報の呼子〉は敵を遠ざけるにも集めるにも便利だし、採取系の技能は収入アップに直結する。
どれも必須とまでは言わないものの、覚えているとダンジョン探索が格段に快適になるのは間違いない。
パーティに一人は欲しいクラスだと言える。
「な、なあ! 探索もいいんだけど、オレは戦士を目指してて……」
「その点は心配要らない。トレジャーハンターの技能は探索系が多いが、中身は鍵開けや謎解きよりも戦うことが得意な武闘派だったらしくてな。気合の入った重武装でダンジョンに突撃しては、自慢の槍と剣を振り回していくつもの罠やギミックを腕力でねじ伏せたって逸話がある。最初に言った通り、成長補正自体は〈ブレイブレオ〉より戦闘寄りだ」
「そ、それはそれでどうなんだよ……」
俺も最初聞いた時はどうかと思ったが、実際そんな設定なんだから仕方ない。
「ともかく、だ。そんな訳で、ここには『魔物』は出てこないし、命を落とす危険もない。つまりは、こんなものはアトラクションだ」
「アトラクション?」
聞き慣れない言葉だったのか、不思議そうに聞き返すラッドに笑みを返す。
「『遊び道具』ってことだ。だから、精一杯楽しんでやろうぜ」
言いながら、神殿の中央部に歩み寄る。
そこには大きな台座があり、台座のプレートには、文字が彫り込まれていた。
――我が力と意志を継がんとする者よ
――力を得んと欲するならば、火のない鍵を取り、三つの試練を乗り越えよ
俺が手をかざすと台座が淡い光を発し、俺の手の中には紐のついた小さな勾玉がふわりと落ちてきた。
「それが『火のない鍵』ですか?」
興味深そうに手を覗き込むレシリアに、首肯する。
「ああ。二つの試練をこなしてこいつを『完全な鍵』にするのがとりあえずの目標だが……」
そんな細かいことは、今はいいだろう。
「――まあ、見ておけ。俺が、ここの『遊び方』を教えてやる」
そう言って、俺は最初の試練へと足を踏み出した。
※ ※ ※
【壱の試練】
我が騎士の刃をかい潜り、鍵に最初の火を灯せ
分かれ道の手前の床には、そんな風に書かれたプレートがあった。
「我が騎士」なんて思わせぶりなことが書いてあるが、その正体は実に分かりやすい。
三メートルほどの幅の広さの通路の両側に、これみよがしに騎士の石像が並んでいる。
(懐かしいな。ゲーム時代は結構ここにも通ったっけな)
初見であれば、あの中のどの石像が動くのか、と戦々恐々とするところだが、生憎と〈看破〉を使わずとも言い当てられるほど、俺はここに通い詰めていた。
そうしてさらに視線を奥に滑らせると、石像の並んだその一番奥には、先程の部屋の中央にあったのとそっくりな台座があり、そこから赤い光が漏れている。
一目で分かるゴール、という訳だ。
「さて……」
俺は両手に初期装備の剣、アイアンソードを構えると、ゴールに向かって一歩を踏み出す。
すると、待ち構えていたかのように手前から三番目の石像が動き出し、ドン、と重い音を立てて床に降り立った。
動く鎧、という意味では前に無限稼ぎに使った〈哀惜の騎士〉と似ているが、あちらはあくまでも金属鎧だったのに対して、こちらは騎士を模した石像だ。
やはり重量が違う。
鈍重そうな見た目のその石の騎士は、筋力一とは思えない勢いで、手にしたハルバードを振ってみせた。
―――――――
試練の鎧騎士
LV 45
HP --- MP ---
物攻 1 魔攻 0
物防 999 魔防 999
筋力 1 生命 999
魔力 0 精神 999
敏捷 100 集中 100
―――――――
あらためてステータスを見ると、本当に極端だ。
防御ばかりが高くて、攻撃力が低い。
筋力と攻撃力に至っては、ブレブレ最弱のモンスターゴブリン以下だ。
数値だけを考えれば無害にも思えるが、当然、そんなはずもない。
――この試練では、挑戦者がダメージを受けることはない。
なぜなら挑戦者にダメージ判定が発生した瞬間、「鍵」である勾玉がそのダメージを肩代わりして、砕け散るからだ。
つまり逆に言えば、「この試練ではどんなに弱い攻撃だろうが、一度も受けてはいけない」ということ。
この条件は、割とシビアだ。
避けるのはいいが、ガードではいけない。
ガードはダメージを軽減するもので、無効化するものではないからだ。
かといって、武器で払いのけてもいけない。
敵の攻撃は全てがアーツやスキルによるもののため、通常攻撃で迎撃すればダメージが発生する。
だから、正解は……。
「――〈Vスラッシュ〉!!」
石像の騎士が繰り出した槍のアーツを、こちらもアーツで迎え撃つ。
アーツとアーツがぶつかった場合は相殺され、弱い方が弾かれる。
そして、この敵の物理攻撃力は一のため、アーツをぶつければ確実にこちらのアーツが押し勝てる!
騎士が武器を弾かれてよろめく。
だが、深追いはしない。
相手の防御は999。
生半可な攻撃をこいつの身体に当ててしまえば、硬直するのはこちらだ。
「〈稲妻斬り〉! 〈一閃〉!」
攻撃の軌道を読みながら、その先をアーツで潰していく。
そして、三回目の弾きのあと、騎士の槍が赤く光る。
(だけど悪いな。それも知ってる!)
待ち構えていた俺は、そこで一歩前に出る。
そして、
「……〈尖衝波〉!」
吹き飛ばし効果のついた槍スキルが、石像の騎士を一歩奥へとよろめかせる。
三回弾いたあとに放たれる赤いアーツは相殺不可能。
だからその前に、本体をノックバックさせてアーツの発動自体を潰す。
そこからはまた、単調な作業。
「〈トライエッジ〉! 〈燕返し〉!」
詰将棋のようにアーツを当てて、相手を通路の奥へと押しやっていく。
何度目の、いや、何十度目のスキルだったろうか。
「〈Vスラッシュ〉! 〈颶風来〉!」
赤い兆候を先んじて風圧で押しつぶし、石像の騎士を通路の半分ほどのところまで押しやった時だった。
――ドドン!
腹の底にまで響くような音を立てて、もう一体の石像が地面に降り立ったのだ。
「ま、ここからが本番だな」
油断なくハルバードを構えながら近づいてくるもう一体の騎士を見ながら、俺は唇を吊り上げたのだった。
※ ※ ※
神殿に、武器と武器がぶつかる音だけが響く。
通路に左右に並んだ二体の石像が、まるで呼吸を合わせるように俺にハルバードを突き込んでくる。
だが、それでも俺は崩れない。
相手が二体でも、こちらも両手に武器が一本ずつ。
「つまり実質、一対一だろうが!」
左右の手で別々に繰り出したアーツが、左右の騎士の武器を同時に弾き飛ばす。
赤く光る左手の騎士に剣を突き入れつつ、振りかぶられた右手の騎士のハルバードを払いのける。
深く振りかぶる左手の騎士にこちらも牽制のアーツを揺らめかせつつ、奥から赤い光を見せる右手の騎士を吹き飛ばす。
左右の手を独立した生き物のように動かし、しかし左右で共通のリソースを管理をする。
アーツのリキャストを読み違えれば不発で負けるし、敵の攻撃の軌道を見極め損ねればやっぱり終わる。
――弾いて弾いて弾いて押す。
――押して弾いて弾いて弾く。
めまぐるしく変わる戦況と技の応酬に、脳が焼き切れそうになる。
しかし、
「ははっ! ははははっ!」
俺は知らず知らずのうちに笑っていた。
思考速度が加速して、脳内麻薬がドバドバ出ているのが分かる。
自分の持てる技を振り絞って、強敵と斬り合う、なんて、子供の時からずっと憧れていたシチュエーションだ。
おまけにこれは負けても命が取られる訳ではない、言ってみれば単なるお遊び。
「そんなもん、楽しくない訳ないよなぁ!」
俺は笑いながらに剣を振る。
押して弾いて払って飛ばしてまた弾いて……。
「あ、りゃ?」
と、そこで、止まることなく続いていた剣の流れが、よどむ。
剣の先が、横に並んでいたダミーの石像の一つに、引っかかっていた。
「しまっ……!」
停滞は、一瞬。
けれどこの戦いにおいて、その一瞬の代価はあまりにも大きく、
――カシャン!
石像のハルバードの一撃を受けた俺の胸で、勾玉が音を立てて砕け散ったのだった。
※ ※ ※
「なんつうか、ドライだよな、こいつら」
勾玉が砕け散った瞬間、石像は俺から興味を失い、のっそりとした動きで自分たちが元いた台座まで戻っていった。
せっかくなので嫌がらせの一つでもしてやりたい気持ちはあったが、何をしてもダメージは入らないし、どうせ次のチャレンジの時には通路は初期状態に戻される。
ここで動く意味はないだろう。
俺はため息をついて両手の剣を収納すると、ラッドとレシリアのいる中央の部屋に戻る。
「お疲れ様、兄さん」
どうやら生真面目なことに、二人ともずっと俺のことを見ていたらしい。
そろって出迎えてくる二人になんとなく照れ臭い気持ちになって、俺はコホンと咳ばらいをして、弁解するように口を開いた。
「ま、こんな風に、ここの敵はアーツの実戦練習にピッタリなんだ。実際に攻撃を当てた方がクラスの熟練度も上げやすいしな」
ただ、俺の言葉に、しばらく二人は反応してくれなかった。
長い沈黙のあとで、ラッドは真剣な目で口を開いた。
「……今のを見て、あらためて思った。その、おっさん。やっぱりおっさんの剣は、すげえよ」
「そ、そうか?」
いつも素直じゃないラッドにそんな風に言われると、俺としても反応に困る。
ラッドはしばらく俯いていたが、しかしすぐに顔を上げると、いつもの負けん気の強さで宣言する。
「だけど! オレだっていつか絶対追いついて、いや、追い抜いてみせる!」
どこまでもまっすぐなその瞳と、視線がぶつかる。
……今までの俺だったら、ここで「そうか。頑張れよ」と大人ぶって、それで終わりだっただろう。
だけど、今は……。
「……悪いが」
こちらをまっすぐに見つめるラッドを正面から見返して、俺もはっきりと宣言する。
「――悪いが、負けるつもりはない。俺も、『最強の剣士』を目指してるんでな」
この世界で、ほどほどに生きれたらいいと思ってたのは、嘘じゃない。
だけど、ずっと諦めていた〈剣聖〉を手に入れた時に、欲が出た。
別に、「主人公」でも何でもない。
ただちょっとゲームの知識があるだけで、天才でも、秀才ですらないような俺でも。
それでももしかすると「最強」を夢見てもいいんじゃないか、なんていう、そんな欲が。
俺の言葉が意外だったのか、ラッドはしばらく、目を丸くして俺を見ていたが……。
「な、なんだよ。今のおっさん、いつもにも増して、カッコ……」
そこでブンブンと首を振ると、生来の反骨心を帯びた瞳で宣戦布告を返す。
「オレだって、絶対に負けねえ!」
メラメラとした目で、見つめ合う。
こんなの柄じゃないと思いながらも、どこか楽しく思っている自分もいた。
「次は、オレの番だ。絶対に追いついてやる!」
ラッドは迷いなく、台座に手を差し出した。
試練の挑戦権である勾玉を握り締めると、試練へと向かっていく。
そして、その熱の伝播はそこまでで終わらなかった。
「私も、仲間外れにしてもらっては困ります」
「レシリア……」
ラッドがいなくなった台座の前で、レシリアが静かに告げる。
「私は別に、最強なんて興味はありません。ただ……」
あいかわらずの、飄々とした態度。
だが、その目だけは違った。
「――兄さんを守るのは、私です。そのために、私は誰よりも……兄さんよりも、強くなってみせます」
彼女はラッドに負けないほどの熱量で、俺をはっきりと見据えてそう言い放ったのだった。
「……それは、それとして」
「ん?」
宣戦布告が終わっても俺の前から動こうとしないレシリアに首を傾げていると、
「終わるまで時間がかかりそうですし、ラッドが戻ってくるまでの間、私にアーツを教えてくれませんか?」
「ここで?」
俺が訊き返すと、彼女は微妙に目線を逸らしながら、早口で続ける。
「お互い手空きな時間を有効活用しないのもおかしいですし、最近はラッドと三人で訓練することはあっても、一対一で、という機会はなかなかありませんでしたし、せっかくですから」
「でも、ライバルに技を教わるのはいいのか?」
「それは……。強くなるなら、敵や味方になんてこだわっていられませんから」
澄ましているようで、どこか必死な様子に、思わず小さな笑いが漏れた。
「もちろん、兄さんが嫌というのなら、無理には……」
「いや、いいさ。やろう」
正直に言えば、グングンと実力を伸ばしてくるレシリアやラッドに対して、危機感はある。
それでも俺は、全力で周りを強くして、それ以上に自分が強くなると、そう決めたから。
「その代わり、妥協はなしでいくぞ」
「もちろん! 望むところです!」
こうして俺たちは、久しぶりの二人っきりの特訓を始めて――
「クッソー! 一瞬で負けちまっ……ぁ、え、あ、あの……。な、なんでオレこんなに睨まれてんの?」
――初撃であっさりやられて開始十秒で戻ってきたラッドは、レシリアに不倶戴天の敵を見るような目で睨まれ続けたのだった。





