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主人公じゃない!  作者: ウスバー
第三部 革命
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第五十六話 勝利のために


 俺が決闘を申し入れても、ニルヴァは微塵も動揺を見せなかった。


「は、ははは! 『魂の決闘』か。構わん。……が」


 そこでニルヴァはスゥッと指を動かし、プラナたちの方を指し示す。


「我が勝った時は、その女をもらい受けるぞ」

「なっ!」


 思わずうろたえる俺に、剣聖は嗜虐的な笑みを見せた。


「どうした? 貴様の可能性を証明するのではなかったのか? それとも、我に勝つというのはやはり口だけだったか?」

「それ、は……」


 言葉に、詰まる。


 ここでニルヴァに勝負を挑んだのは、百パーセント俺のエゴだ。

 そんなものに、プラナを巻き込む訳にはいかない。


 決闘を撤回しようと、俺が口を開きかけた時だった。


「レ、レクスさんは、あなたなんかに負けません!」


 後ろから、力強い言葉が届いた。


「マナ……」


 怯えてプラナの後ろに縮こまっていたマナが、その瞳に強い意志を宿してニルヴァをにらみつけていた。

 そして、それだけじゃない。


「私も。レクスなら必ず勝つと、信じている」


 プラナまでも、俺に信頼の眼差しを向けてそう言い放った。

 言い放ってしまった。


「……決まりだな」


 それを見て、ニルヴァは満足そうに笑う。


 これが狙いだったのか、とにらんでももう遅い。

 流石にこの期におよんで、決闘を撤回するという選択肢はなくなった。


「……分かった。だがその代わり、俺が勝ったら今後一切、彼女たちに手を出さないと誓え」

「いいだろう。だが、それだけでいいのか?」


 一瞬、何を言われているのか分からなかった。

 そんな俺の様子を楽しむように、ニルヴァは言葉を継ぐ。


「『我に勝つ』などという奇跡に挑むのに、その程度の報酬でいいのか、と聞いている」


 どこまでも自信にあふれた言動。

 それに対して俺は、歯を食いしばって首を横に振った。


「いいさ。俺が望むのは、お前に勝つこと。それだけだ」

「……ほう」


 本音を言えば、心惹かれる提案ではある。

 だが、今ここで余計な欲を出して勝負にノイズが混ざるのは嫌だった。


 純粋に、ただ、勝利を掴むために。

 俺はニルヴァの提案を蹴る。


 その俺の表情に、何を見たのか。

 ニルヴァは野生の獣のような笑みを浮かべると、そのまま俺たちに背を向けた。


「闘技場の手配はしておく。十分後に来い」


 そうしてそれだけを言い残すと、背後の俺たちなど何も気にしていないように、悠々と歩き去っていったのだった。



 ※ ※ ※



「レクス!」

「レクスさん!」


 プラナたちが、申し訳なさそうな顔で俺に駆け寄ってくる。


「すみません。わたし、余計な……」


 マナが何かを言おうとするが、俺は首を振った。

 こんななりゆきになったことについては俺の責任も大きい。

 だが、お互いに謝りあっていても状況は好転しない。


「今は時間がない。戦いの準備をしないと」


〈魂の決闘〉はレベル調整マッチだ。

 どんなにレベルが高い人間も、どんなにレベルが低い人間も関係なく、闘技場に登る者は全員がレベルを二十五に固定される。


 それだけじゃない。

 以前他人の素質値を見るのに利用したことからも分かる通り、〈魂の決闘〉での能力値は現在値に関係なく、本人の素質、正確には成長値を元にレベル0から再計算される。



 ――つまりそこでは、「疑似的な能力振り直し」が出来るのだ。



 実際、俺が自分レクスの能力の振り直しに使おうとしている〈魂の試練〉もおおよそ同じような仕組みだ。


 つまり、戦いの前にどんな職、どんな装備を選択し、決戦のリングに登るか。

 そこからすでに、勝負は始まっていると言える。


(とは言ったものの……)


 ブレブレでニルヴァと戦うには、世界一決定戦を最後まで勝ち抜くか、〈闇深き十二の遺跡〉を十一個クリアして最後の遺跡に挑むか、の二択しかない。


 比較的楽なのは大会の方だが、それだって世界中の猛者たちを全て倒さないといけない訳で、今の俺の実力では達成困難としか言いようがない。

 そして、その困難を乗り越えるほどの実力を持った主人公でさえ、ニルヴァを撃破するのは至難の業なのだ。


 ニルヴァはレベル七十、素質は最高で装備も最高級。

 とても序盤や中盤の能力で戦えるようなものじゃないが、闘技場内は完全な一対一で障害物もなく、さらにルールは「装備持ち込み可、インベントリ使用不可、HP半分で勝負終了」という実力がそのまま反映されやすいもの。

 搦め手の類がほとんど通用しない。


 頼みの綱は〈エルダーリッチ〉を倒したような状態異常だが、ニルヴァはその装備によって全ての状態異常を九十五パーセントの確率で無効化するという念の入りっぷりだ。


 ただ、ほかが全てダメならそこに縋るしかない。

 俺はそのたった五パーセントに賭けて、石化効果のある〈バジリスクのダガー〉と〈コカトリスのナイフ〉を二刀流して石化を狙うのが常だった。


 もちろん、石化武器でも必ず石化効果が発動する訳じゃない。

 運よく石化が発動した上でさらに九十五パーセントの耐性をすり抜けなければならない訳だから、気が遠くなるほどの試行回数が必要だった。

 しかも大会中はセーブが出来ないため、ニルヴァに負けたら大会の一回戦目まで戻ってやり直しになる賽の河原。


 まともな神経で出来ることじゃないが、ニルヴァという絶対者に勝つにはそれくらいしなければならなかったのだ。


(だが、今はそのやり方は使えない)


 石化武器はまだそろえていないし、あったとしてもそんな確率の低い賭けに身を投じる訳にはいかない。


 この世界ではセーブやロードは出来ないし、どうにか再戦しようにも、今の俺の実力じゃ大会を勝ち抜いてニルヴァとの決戦に辿り着くことは出来ないだろう。

 いや、そもそも負ければプラナが連れ去られるとなれば、ここで勝つ以外の道はない。


「負けられないんだ、絶対に」


 自分に言い聞かせるように、つぶやく。


 唯一俺に有利な点があるとすれば、〈魂の決闘〉を了承させたこと。

 これによって相手の強みはだいぶ削げたはず。


 それでも地力の差は覆しがたい。

 長期戦は不利だ。



(――俺に勝機があるとすれば、短期決戦)



 能力値も技量も装備も、全てが相手の方が上。

 まともに攻撃を当てられるなんて思わない方がいい。


 狙うなら、相手が本気になる前。

 最初の一撃に、全てを賭けるしかない。


 だとしたら……。


「プラナ、マナ。一足先に闘技場に向かっておいてくれ。……俺は〈神殿〉に行ってくる」



 ※ ※ ※



「月並みではあるが、逃げずによく来た、と言っておこうか」


 獰猛に笑いながら軽口を叩くニルヴァを無視して、俺は決戦の場へと足を踏み入れた。

 全身を隠すほどの大きなマントをなびかせながら、ニルヴァに問いかける。


「ルールは?」

「望み通りの〈魂の決闘〉だ。それ以外は大会と変わらん」


 予想通りだ。

 理想的なルールとは言えないが、大会に準拠したルールでなければニルヴァは自分の負けを認めたがらないかもしれない。

 なら、これでいい。


「準備は出来ているか?」


 俺が尋ねると、愚問だとばかりにニルヴァはリングに上がり、背中に十字に背負っていた二本の巨大な剣〈斬魔の大剣〉を留め金から外すと、両の手に一本ずつ握る。


 本来は両手でしか扱えないはずの大剣だが、〈バーサーカー〉のスキル〈剛力〉によって片手で持つことを可能にし、さらに〈ニンジャ〉のスキル〈両利き〉によってそれを二刀流に、そしてトドメとばかりに〈剣聖〉のスキル〈ツインアーツ〉によって、二刀アーツの威力を上げる。


 これが、ニルヴァの代名詞であり、二刀流の戦闘スタイルの一つの到達点〈ダブルブレード〉。

 だが……。


「……む?」


 剣聖はわずかに眉をひそめると、左手に持っていた剣を無造作に投げ捨てた。

 そして、右手の剣を両手に握り直す。


(よし! 思った通りだ)


 ニルヴァの持つ〈斬魔の大剣〉は、一本一本がとてつもない強さを持つ武器で、だからこそ、とんでもないレベルの装備制限が課せられている。

 それでも普段のニルヴァであれば片手でも余裕で扱えていたのだが、〈魂の決闘〉によってレベルが半分以下になったことで、装備制限に引っかかったのだ。


 それでもすぐさま対応し、両手持ちに切り替えて装備制限をクリアしたところは流石だが、これで向こうは二刀流ではなくなった。

 ニルヴァは数多くの強力な固有スキルを持っているが、そのほとんどが二刀流を前提としたもの。

 おそらく、基本技の〈瞬刃〉と自己回復の〈気炎〉以外の固有スキルはこれで発動不能になったはずだ。


「小賢しい。だが、それでこそ、と言うべきか」


 ニルヴァはそれでも余裕の態度を崩さない。

 だが、リング上に上がった俺が身体を隠していたマントを脱ぎ、その装備が露わになると、その目が大きく見開かれた。


 そして……。


「ふざ、けるな! 貴様は、そんな装備で我に挑むつもりか!」


 その戸惑いは、すぐに怒りに取って代わられた。

 だが、それもそうだろう。


 俺が身に着けていたのは、近接職用の鎧や兜ではなく、あからさまに防御力に劣る禍々しいサークレットや魔法戦士用の鎧。


 何より、装備制限によって二刀流から両手持ちに変わったニルヴァとは対照的に、俺は右手と左手、両方の手に一本ずつの魔法のロッド(・・・・・・)を手にしていたのだから。


「……ふざけてなんか、ないさ」


 だが、この〈魂の決闘〉では、それまでの成長に関係なく、現在の職や装備によってもう一度能力が計算される。

 だとしたら、馬鹿正直に剣士としてビルドを組む必要もない。




『――レクスなら、そんな装備もなんだかんだで使いこなしてとんでもねえことをしでかしちまうんだろうけどな!』




 ニルヴァが「下らない」と吐き捨てた弟子の言葉に背中を押され、俺は右手に握った〈クリムゾンインフェルノロッド〉をニルヴァに向けて突きつけ、宣言した。



「――俺はこいつで、お前を倒す!」



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― 新着の感想 ―
[一言] >「小賢しい。だが、それでこそ、と言うべきか」 ん? 二人は実は知り合いだった? いや、「弱者は」って意味かもしれないか。
[一言] てっきりその魂の試練を会場にしてイケニエにしてからボコるのかと思ったら意外と正攻法だったでござる
[一言] ニルヴァ、当たり前のように人を攫うくせに絶対的な強者って、始末が悪いな。
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