第五十一話 二刀流vs両手持ち
敵の姿が見えた瞬間に、地面を蹴る。
発見はおそらくほぼ同時。
ただ、隣のレシリアの方がわずかに踏み出しが早い。
これは、敏捷値の差というよりも、反応速度の差。
つまりは俺とレシリアの、人としてのスペックの差だろう。
(だが!)
最初の魔物に一撃を入れたのは同時だった。
それは、武器のリーチの差に起因する。
俺の持っている〈メタリック王の剣〉と比べ、レシリアが振るっている忍者刀はリーチが半分程度の長さしかない。
(ここから巻き返す!)
そうしてわずかに遅れを取り戻した俺は、一撃必殺とばかりに魔物を屠っていくが、
「三!」
「四です」
やはり撃破数では一歩及ばない。
(ちっ! これが素ステ五百台、評価ランクA+の力って奴かよ!)
俺が思わずレシリアを見ると、ちょうど視線をこちらに向けたレシリアと目が合った。
上機嫌な様子の彼女は、俺と視線が合うと微笑んだ。
「やはり私にはこちらの方がしっくりきます。思い切って戦闘スタイルを変えてよかったです」
「あ、ああ。よかった、な」
「はい。この力があれば、ガーゴイルにも後れは取りません。今度こそ兄さんを守れます」
俺の勧めによって、レシリアはメインウェポンを〈剣〉から〈忍者刀〉に変えた。
それは、彼女の得意ステータスに起因する。
剣士としてほかを寄せ付けない強さを持った彼女だが、その素質値で一番高いのは剣士にとって一番必要な「筋力」ではなく「敏捷」だった。
剣士として考えた場合、「敏捷」の値は二百を超えるとほとんど意味をなさなくなる。
明確な「外れステータス」とまで言ってもいいと個人的には思っている。
だがそれは、剣士として育成した場合、だ。
だからレシリアは選択した。
――「筋力」特化の剣士を捨て、「敏捷」特化のアサシン系職業を極めることを。
基本的に武器攻撃は「筋力」によって攻撃力補正を得るのだが、細かく見ていくと武器の種類によって参照する能力値が異なる。
極端な例だと、例えば弓であれば「筋力」が影響する量は全体の三割程度で、残りの七割は器用さ、つまり「集中」によって攻撃力が決定される。
もっともポピュラーな装備である〈剣〉も「筋力」補正は全体の八割程度で、残りは「集中」「敏捷」によって影響されていたり、近接職は単純に「筋力」だけを上げておけばいい、というものでもないのだ。
その傾向は武器の重量に比例する傾向にあり、斧や大剣といった重量のある武器は「筋力」のみで攻撃力が判定されるが、短剣までいくと補正は完全に逆転、「集中」と「敏捷」が四割ずつで八割、「筋力」補正はたったの二割になる。
その中にあって〈忍者刀〉はかなり特殊で「敏捷」から八割、「筋力」から二割の補正を得る。
ゆえに、速度上昇が早々に頭打ちになるため、不遇ステとされていた「敏捷」が、〈忍者刀〉を使うことで活かせるのだ。
俺はちらりと隣に立つレシリアの服装を見た。
「どうかしましたか、兄さん」
「いや」
今、レシリアはかつてのバネだらけの鎧を脱ぎ捨て、忍装束に身を包んでいる。
これは素質アップ装備を「筋力」から「敏捷」へと切り替えた証拠だ。
不遇ステと言う割に、「敏捷」は素質アップ装備がやたらと多い。
スタイルチェンジを決めたレシリアは今までの筋力補正装備を見直して防具四ヶ所全てを敏捷素質アップの装備に変え、さらにクラスを敏捷特化の〈ニンジャ〉にすることで、その戦闘力は飛躍的に上昇した。
〈ニンジャ〉はゲーム中、もっともクラスチェンジしやすい「ユニーククラス」の一つだ。
四次職業以降のクラスは今までの系統に囚われない「ユニーククラス」と呼ばれ、これらに転職するためには単にステータスを上げるだけでなく、特別な条件を満たす必要がある。
その条件は厳しいものが多いが、〈ニンジャ〉はその中では比較的条件を達成しやすい。
〈ニンジャ〉の転職条件は、剣士系四次職〈ソードマスター〉と盗賊系四次職〈マスターシーフ〉に転職し、そのスキルを全て覚えること。
剣士は筋力と敏捷特化、盗賊は敏捷と集中特化なので、どちらかの系統で育成しているともう片方の転職条件もすぐに満たせる。
その上で、神殿に隠されたニンジャの像を見つければ、晴れてクラスチェンジ完了、という訳だ。
もちろん、この条件は初めは伏せられているので初見プレイで転職するのはなかなか厳しいものがあるが、その辺りはゲーム知識による恩恵という奴だ。
〈ニンジャ〉は転職難易度が低いため、その能力成長値は十八とユニーククラスの中では弱い部類に入るが、このクラスを鍛えることで、近接戦闘をする上で壊れ性能とも言える超重要な技能を覚えられる。
――それが〈ニンジャ〉の代名詞とも言える技能〈両利き〉である。
〈両利き〉は「左右に同じ武器を装備した際、利き手ではない方の武器も利き手と同じように扱える」という一見地味な効果の技能だ。
しかし、実はその技能こそが「二刀流」を可能にする最重要パーツなのだ。
※ ※ ※
片手武器で戦う近接攻撃のスタイルは、大まかに言って三つに分類される。
一つは、片手に武器を、もう一方の手には盾を携えるバランス型。
攻守のバランスがもっとも優れた型であり、この中ではタンク役を兼ねるラッドがこれに当たる。
そして、残りの二つは攻撃に特化しているスタイル。
一つの武器を両手で持つ「両手持ち」と、右手と左手それぞれに武器を持つ「二刀流」だ。
ブレブレでは両手持ちは武器を両手で持つことにより装備制限を軽減しながら攻撃力を三割アップさせ、二刀流は同じ武器を両手にそれぞれ一本ずつ持つことにより手数を倍にする。
一・三倍と二倍なら二倍の方が強いだろ、と安易に思われがちだが、そう単純な話ではない。
例えば極端な話、素の攻撃力が百で相手の防御がゼロだった場合、ダメージは両手持ちが100*1.3=130、二刀流が100*2=200になって二刀流の方が強い。
だがもし相手の防御力が百あった場合、二刀流の攻撃力では何度斬っても0ダメージなので、当然両手持ちの方が強くなる。
また、アーツの問題もある。
利き手ではない方の手に武器を持った場合、アーツボタンを押しても出るのはアーツではなくガードかパリィだ。
いくら両手に武器を装備していても利き手でしかアーツを使えないなら、その攻撃力は武器と盾を装備した時と大差はない。
そのような理由から、少なくともNPCを攻撃特化にさせる場合、「二刀流は避けて両手持ちにしろ」というのがゲームにおけるセオリーだった。
だが……。
だが、それを差し引いてもなお、条件さえ整えれば絶対に二刀流は両手持ちよりも強い。
なぜなら、それは非常に単純な話。
両手持ちはダイナミックモーションZ(税別七千九百八十円)が一本あれば十分に戦えるが、二刀流を活かすにはダイナミックモーションZ(税別七千九百八十円)を二本買わないといけない!
そして、ここのゲームを開発した奴らはリアルマネーに弱いのだ!
――ゆえに、ダイナミックモーションZ(税別七千九百八十円)を二本購入済みという条件下でのみ、二刀流は両手持ちを圧倒的に凌駕する!!
その上で必要となるのが、ニンジャの〈両利き〉技能だ。
一見意味のなさそうな「利き手ではない方の武器も利き手と同じように扱える」という効果は、要するに「左手の武器でもアーツを出せるようになる」ということ。
この技能を習得し、二本のダイナミックモーションZ(合計税別一万五千九百六十円)を使うことで、両方の手で別々のアーツを発動することが出来るのだ。
さらに、戦士系最強職業の一つとも目される〈剣聖〉にまで至り、その技能である〈ツインアーツ〉を習得すれば二刀流の強さは飛躍的に上昇する。
その際の攻撃力は、当然ながら両手持ちが比肩出来るものではない。
いや、そこまでいかなくても、両手でアーツを使えるようになった時点で二刀流の優位は揺るがない。
それは、実際に目の前に起こっている出来事が証明していた。
「〈トライエッジ〉〈一閃〉!」
「くっ! 〈トライエッジ〉!」
レシリアが両手に握った武器で二つのアーツを繰り出していくのを必死に追いかけるが、手数が倍違うのでは、火力の差、殲滅力の差はいかんともしがたい。
(くっそ! こんなんもうチートだろ!)
ついでに言えばレシリアは〈剣聖〉にこそなってはいないが、〈ニンジャ〉に転職する過程で〈マスターシーフ〉の技能の一つである〈オーバーアーツ〉を習得した。
これにより、ついに俺の得意技であり最大のアドバンテージだったアーツの重ねまで出来るようになってしまった。
二本の武器で倍の威力のアーツを繰り出すのだから、そのダメージは二倍×二倍でざっと通常のアーツの四倍。
こんなのとダメージレースをして勝てる訳がない。
(ニンジャ自体は俺も転職してはいるが……)
俺は二刀流を採用しなかった。
いや、出来なかったのだ。
俺のメイン武器は〈メタリック王の剣〉だが、これは一本しかない。
二刀流でアーツを使うには「両手に同じ武器」を装備しなくてはいけないため、その場合は武器のグレードを落とす必要が出てくる。
俺のステータスでは弱い武器を二刀流にしてしまうと、一撃の威力が下がりすぎて火力が十分に出なくなってしまうのだ。
あらためて、特に特別な効果もない量産品の忍者刀ですさまじいダメージを叩き出すレシリアの異常性を感じずにはいられない。
(こんのステータスお化けめ!)
レシリアに向かって内心で悪態をつくが、本人はどこ吹く風。
むしろ上機嫌でこちらに歩み寄り、「こうやって兄さんと一緒に何かするというのも、案外悪くないものですね」などと邪気のなさそうな顔で言ってくる。
「そ、そうだな」
そう答えたものの、その笑みがひきつってしまうのは致し方のないところだった。
るんるんといつになく楽しげにダンジョンの奥に向かうレシリアの背中を見つめながら、俺は拳を握り締めた。
序盤最強のプライドと兄の威厳を守るためには、ここで負ける訳にはいかない。
俺は密かに決意を固めると、次なる獲物を探して、ダンジョン深くへと足を進めていった。
※ ※ ※
「来た!」
プラナの声に、やはりレシリアと同時に動き出す。
ここで接近戦に入ってしまえば、待っているのは今までと同じ展開。
だから、
(――〈投擲〉!)
一時的に剣を片手持ちに切り替え、左手でオリハルコン製のナイフ〈ゴブリンスローター〉を投げつける。
この〈ゴブリンスローター〉は優秀な能力値を持ちながら、「ゴブリンへのダメージが三倍に、それ以外の種族へのダメージが三分の一になる」という特殊効果と「一度装備すると外せない」という致命的な欠点のせいで使い道がほぼなかった。
だが実は、装備せずに〈投擲〉スキルによって投げつけることにより、この特殊効果が回避出来ることが分かっている。
これならゴブリン以外にも安定したダメージを出し、さらに装備を変えられなくなる悲劇も起こらない。
ついでにゴブリンへの弱体化効果は投擲にも乗るのでゴブリン絶許勢にも安心だ。
「〈駆け抜け三寸〉!」
そして投擲と同時に武器を両手持ちに戻し、いつも通りにスキルを放つ。
開幕の一撃は的確にゾンビを屠り、同時に〈ゴブリンスローター〉をその身に受けた奥のゾンビも倒れ込むのが見えた。
そこからは投擲する暇はなかったものの、最初のアドバンテージを守りきり、
「四だ!」
「三です。やりますね」
このダンジョンに入って初めて、レシリアに討伐数で勝つことに成功する。
(これが、〈二刀流〉にはない〈両手持ち〉の強みだ!)
両手に武器を装備する二刀流は、その特性上装備の変更やアイテムの使用に向かない。
その点で言えば両手持ちは手こそ塞がってはいるものの、一瞬だけ左手を離すことですぐに装備変更やアイテムによる補助が行えるため、自由度が高いのだ。
こうして初めての優勢を勝ち取った俺だったが、それだけで勝ち越せるほどレシリアは甘くはなかった。
投擲で敵を倒せるのは、最初の一匹だけ。
群れの数が少ない時はその優位で押し切れるが、敵の数が増えるとやはり軍配はレシリアに上がり、一進一退の攻防が続く。
俺は最初に稼がれた撃破数の差を縮められないまま、しかしペースだけは順調に奥へと進んでいき、もはやゴールも近いかというところで、待っていた瞬間が訪れた。
「〈トライエッジ〉〈一閃〉……え?」
今までハイペースで魔物を倒し続けていたレシリアの勢いが、不意に止まる。
(来た!)
それは、二刀流の最大の欠点。
――MP切れだ!
ただでさえ、レシリアのMP消費は近接職にしてはかなり高い。
〈オーバーアーツ〉は倍のMPを消費する技能であることに加え、マニュアルアーツで本来使えないはずの大技を使っているため、どかどかとMPを食っている。
そして、二刀流は左右の手を使い、通常の倍の数のアーツを扱う戦法。
当然ながらMP消費も通常の倍となる。
さらに言えば、アーツのクールタイム自体は共有のため、左右で別々の技を出し続けなければならない。
そうなると効率のいい技ばかりを使っていく訳にはいかなくなるので、その分MPの消費は増える。
今まではスポット参戦が多かったため目立たなかったが、「魔力」値の少ないレシリアが全力で戦い続ければ、こうなることは目に見えた結果だ。
「くっ!」
とはいえ、レシリアの能力はアーツを抜きにしても非常に高い。
今も冷静にアーツによる攻撃をあきらめると、通常攻撃で確実に魔物を倒している。
普通にやっていれば、今までの撃破数の差を埋めるほどの時間は稼げない。
だから、
(ここで、勝負をかける!!)
俺は〈ゴブリンスローター〉を左手に持つと、それを大きく頭上に掲げ、叫んだ。
「――〈ファイナルブレイク〉!!」
同時に頭上に掲げたナイフから真っ白な光が溢れ出し、魔物の周り中に広がっていく。
この〈ファイナルブレイク〉は武器を破壊する代わりに、周り中に武器の固定攻撃力に応じた超特大ダメージを与えるスキル。
オリハルコン価格にして五百万ウェンのナイフと引き換えに、敵対者だけを撃つ魔力の奔流が魔物を打ち、その身を消し飛ばしていく。
「……ふぅ」
俺の手の中で全ての力を失った〈ゴブリンスローター〉が崩れ去った時、その場にいた魔物も全て消え去っていた。
会心の笑みを浮かべ、俺はレシリアに向き直る。
「十四体撃破、だ。これでちょうど並んだな」
「油断しました。でも、次はありません」
レシリアもまた口の端に笑みを浮かべると、インベントリから魔力回復薬を取り出し、それを躊躇わずに飲み干した。
――ダンジョンの雰囲気からして、次の群れが最後。
決着は、そこで決まる。
※ ※ ※
もはや、二人とも止まってはいられなかった。
衝動に任せるように足を速め、最後の獲物を探し求める。
そしてついに、その時はやってきた。
「――!」
「――ッ!」
気付いたのは、ほぼ同時。
群れの数は、七体。
一体でも多く倒した方が、この戦いの勝者になる!
俺たちは完全にシンクロした動きで同時に地面を蹴り、武器を構えて、
「――〈ターンアンデッド〉!!」
直後に後ろから聞こえたマナの声と共に、全てが終わった。
「……え?」
ぽかんと立ち尽くす俺たちの前で、七体のゾンビはもがくように身体をよじり、やがて光となって消えていく。
「あ……」
気付いた時には、俺たちが倒すはずだった獲物は、もはや影も形もなくなっていた。
〈ターンアンデッド〉はその名の通り、アンデッドを消滅させるための魔法だ。
格上やボスには効かず、経験値も入らないという欠点はあるが、アンデッド系モンスターには絶大な効果を発揮する。
ここのアンデッドに確かにこの魔法は有効だが、こんな幕切れは流石にひどすぎるのではないだろうか。
俺たちはマナに抗議をしようと振り向いて、
「何を――」
「何をやってるんですか、二人とも!」
かつてないほどに激しい口調のマナに、口にしかけた言葉はかき消された。
めずらしく肩を怒らせた彼女が、一息にまくしたてる。
「そのナイフも魔力回復薬も、貴重なものなんですよね! どうしてこんなとこで使っちゃってるんですか!」
「あ、いや、その、ええと……」
そう言われてしまえば、返す言葉もない。
ちらりと横を見ると流石のレシリアもばつが悪いのか、気まずそうに俯いていた。
「もう! それに、二人ともわたしたちを置いてどんどんどんどん先に進んじゃって、二人だけでいちゃいちゃいちゃいちゃと! ここはデートスポットじゃないんですよ!」
「い、いや、別に、遊んでいたわけ、では……」
力なく弁明するが、マナの勢いは衰えそうにない。
(……これは、長くなりそうだ)
思わずレシリアに向かって視線を飛ばすと、
「聞いてますか、レクスさん! そういうところですよ!」
それをマナに見咎められ、俺は慌てて居住まいを正した。
こうして、俺とレシリアの長く不毛な戦いは終わり。
二人が死力を尽くして奪い合った「パーティ最強」の称号は、見事マナの頭上に輝いたのだった。
どう考えても一話にするには長すぎなんですが、前回タイトル予告した手前無理矢理押し込みました!
次はタイトル未定です!





