第四十七話 インフィニット
あきらめられず、絵柄をそろえないままで何度もレバーを引いてみたが、やはり魔物が現れることはなかった。
認めたくなかったが、もう疑う余地はない。
この世界では、罠による魔物の無限増殖は、出来ないのだ。
「で、でもこれで安心してギミックに挑戦出来るってことですから! 頑張って仕掛けのヒントを見つけて……」
ニュークの言葉を受け、俺は無言でレリーフを回転させると、絵柄を「ヘビ・ライオン・鳥・亀裂(破損していて見えないが太陽の模様)」に揃えてレバーを引いた。
扉は開いた。
「え、えぇ……」
ニュークの戸惑った声を聞き流しながら、俺はただ静かに今回の原因を考えていた。
なぜ、この世界では罠発動による無限稼ぎが出来なかったのか。
原因は分からない。
……が、想像することは出来る。
まず、〈ブレイブ&ブレイド〉自体のアプデでこの経験値稼ぎが潰されていた、という可能性はほとんどない。
前提として、この世界が「俺の持っていたゲーム」か、もしくは「俺の記憶」を元に作られたならそれ以上の要素が入っているのはおかしいというのが一つ。
だがそれより何より、ブレブレの開発会社は第五弾のDLCを予告してすぐに倒産してしまっている。
俺が遊んでいたのがブレブレの最新バージョンだった、というのはほぼ間違いない。
だとしたら考えられるのは、この世界がゲームから現実となる際に「神」によって仕様が変更された、という可能性だ。
壁登りのように、ブレブレのゲームではゲーム的な仕様から制限されていたものが、現実になったことで出来るようになった、という例はあった。
これはゲームが現実化したことによる恩恵だが、今回の件はその裏の面が出たということかもしれない。
要するに、「ゲームでは成り立っていたが、現実的に考えるとありえないこと」が、この世界では弾かれてしまう、という仮説だ。
あの罠はおそらく、「仕掛けで間違うと地中に隠れていた魔物が飛び出す」という仕掛けだろう。
だからゲームで起こっていた「罠を踏む度に無尽蔵に魔物が湧き出す」という現象は、現実的に考えると不自然極まりない。
それゆえにこの世界では「敵が湧くのは一度だけ」と修正されたとしたら、ある程度は説明がつく。
いや、思い返すと今までもだいぶ不自然なことはあったのだが、今回はその「許容されるライン」を踏み越えた、ということなのではないかと思う。
(どこまでがセーフで、どこからがアウトなのか。そのラインが分からないってのが怖いところだが……)
とはいえ、ここまで一ヶ月以上をこの世界で過ごしてきて、ゲームの仕様が通用しなかったのは今回だけ。
ゲーム知識を妄信するのは危険だが、あまり神経質にならずに検証していけばいいだろう。
「……そうだ、よな」
「兄さん?」
今ここで分かったのは、「この罠を利用した無限稼ぎ」が使えないというだけ。
まだあきらめるには早い。
俺は顔を上げると、戸惑うラッドたちに向かって宣言した。
「ここのダンジョンの探索は中止だ。次の場所に向かうぞ!」
こんなところでつまずいていられるか!
俺は今度こそ、無限稼ぎを成功させてやる!
※ ※ ※
「本当に、このダンジョンで合っているんですか?」
魔物を一刀の下に切り捨てたレシリアが、俺にそう問いかける。
俺たちが移動したのは〈別れの谷〉という、推奨レベル七のダンジョンだ。
本来なら初心者用ダンジョンをクリアした冒険者が次にやってくるようなところで、当然敵なんて一発で倒せるし、倒しても経験値にもなりはしない。
「ああ。今回俺たちが狙うのは、『隠しボス』だ」
「隠しボス?」
どうやら、隠しボスという概念は、この世界ではあまり広まっていないらしい。
「ダンジョンにそぐわない強さを持った、隠された強敵ってことだ」
言いながら、敵を薙ぎ払って進む。
後続の初心者のことを考えるとあまり魔物を倒さない方がいいが、ここには何度も通うことになるかもしれない。
心の中でスマンと謝りながら、容赦なく魔物を引き潰し、俺は脇道の行き止まりまで辿り着いた。
「これって……墓?」
そこにポツンと刺さっていたのは、花の冠がかぶせられた十字架だった。
何かの墓標のように、金属製の大きな十字架が地面に突き立てられている。
俺はためらわずにその十字架に近付くと、
「お、おっさん!?」
それを両手でしっかりと握り締め、回転させる。
左に一回転、右に二回転させると、カチ、という音がして、十字架の奥の地面が音を立てる。
「か、隠し階段……」
驚くラッドたちを尻目に、俺はずんずんと階段の奥に降りていく。
階段を下り切った先には円形の広い部屋があり、その中心には全身鎧に身を包んだ、一人の騎士が佇んでいた。
あれが、今回の俺のターゲットだ。
何も映していない空洞のような眼窩を見据え、俺は〈看破〉を使う。
―――――――
哀惜の騎士
LV 35
HP 2400 MP 0
物攻 300 魔攻 0
物防 300 魔防 0
筋力 255 生命 255
魔力 0 精神 0
敏捷 0 集中 0
―――――――
そのステータスに、自然と口角が上がる。
〈ドゥームデーモン〉以来の強敵が、そこにはいた。
※ ※ ※
階段を下りて、騎士と目があったラッドは、まるで金縛りにあったように身体を強張らせ、恐る恐る俺を見た。
「お、おっさん。オレにだって分かるぜ。あいつ、相当強いんじゃないか?」
「隠しボスだからな。ステータスで言ったら、さっきの〈不死なる者の迷い路〉のボスよりも数段上だ」
ごくり、とラッドがつばを飲み込む。
「心配するな。あいつは部屋に入らないと襲ってこないし、遠距離攻撃も持っていない。ここにいれば安全だ」
ここはあくまでも序盤のダンジョン。
偶然隠し通路を見つけたプレイヤーを問答無用で轢き殺すような設定にはなっていない。
あいつは近接攻撃しかしてこない上に、移動速度も遅い。
仮に間違って近付いてしまっても部屋から出れば戦闘状態が解除され、安全に逃げることが出来る。
「それは、何よりだけどよ……」
説明をしている間に指のリングを「生命」重視に切り替える。
攻撃をもらうつもりはないが、不慮の事故に備えて安全マージンは取っておいた方がいい。
「それに、お前たちがあいつと戦う必要はない」
「え……?」
「あいつは自分のHPが半分の時と、四分の一の時、レベル三十の〈嘆きの従騎士〉を呼び出すことで有名でな。それを倒してレベルを上げる、ってのが、今回の目的だ」
俺が言うと、今まで静観していたレシリアが噛みつくような勢いで口をはさんできた。
「一人でアレと戦うつもりですか!? そんなこと……」
「まさか。あいつとは戦わない。ただ、逃げ回るだけだ」
「え……?」
ぽかんとするレシリアの横を抜けて、俺は前に進む。
「ま、うまくいくかどうか見ててくれ。危険はないはずだが、もし危なくなったらその時に助けに来ても遅くはないだろ」
そう言い捨てて、俺は円形の部屋に足を踏み入れる。
すると、部屋の中央に立つ騎士の目が昏く光り、手にした剣をゆっくりと横に振った。
「臨戦態勢、って訳だ」
しばらくぶりの命のやり取りだ。
心地よい緊張に、心臓が鼓動を速めるのが分かる。
(一応、試しておくか)
インベントリから火炎瓶を取り出し、ひょいっと騎士に向かって放り投げる。
それは狙い過たず騎士を直撃し、その身体は炎に包まれるが……。
「……ま、そりゃそうだよな」
騎士は微動だにしない。
ただその目に昏い光を宿したまま、何事もなかったかのようにこちらに足を踏み出していく。
それもそのはず。
ゲームの設定通りなら、こいつに遠距離攻撃は効かない。
相手の土俵での、接近戦勝負。
死力を尽くして剣戟を交える戦いこそが、この騎士を降す唯一の道なのだ。
(そういうことなら……)
こっちも予定の通りに動くだけだ。
慌てずに距離を取り、相手が動くのを待つ。
騎士は、一歩一歩踏みしめるようにして近付いてくる。
ここでの動きの遅さに油断して相手の剣の範囲内に入ると、目が覚めるような斬撃をお見舞いされる。
だから俺は、決して侮らない。
用心深く騎士を監視して、向こうが一定距離まで近づいてきたところで、外周を回るようにして逃げる。
そうすると騎士がゆっくりと近付いてくるので、相手の剣が届く距離になる前に、また外周を回るようにして距離を取る。
そんなことを何度も何度も、何十回も何百回も繰り返し、そして……。
――そしてそのまま、一時間が過ぎた。
※ ※ ※
(……そろそろか?)
俺は方向を意識して動き、鎧騎士を奥に誘導する。
そうして俺が一番奥の壁についた直後に、それは起こった。
「オ、オオオオオオオ!」
騎士が怖気の走るような雄叫びと共に、剣を振り上げたのだ。
(――今だ!)
これが、騎士の唯一の隙。
俺は騎士の脇を走り抜けるようにして視線を切り、その背後に回る。
がら空きの背中に一撃を入れる誘惑に駆られるが、この「召喚モーション」中は騎士にダメージは入れられない。
俺は誘惑を振り切ってラッドたちのところまで戻ってから振り返ると、騎士はまだこちらに背中を向けて召喚モーションを続けていた。
これに気を取られてくれれば、と一応デコイガンを撃って、そこでやっと、ホッと息をつく。
これで、やっと会話の時間が取れる。
「い、一体何がどうなってるんだよ」
「見ろ」
尋ねるラッドに、俺は騎士の方を指さした。
そこでは今まさに、〈哀惜の騎士〉が地面に描き出した魔法陣から、〈嘆きの従騎士〉が召喚されるところだった。
「――増殖、成功だ!!」
これが、俺の考えた「無限稼ぎ」の秘策!
新しいモンスターが無限に地面から生える、というのが不自然だと弾かれるなら、もっと自然な方法で魔物を増やしてみればいい。
そう考えて思いついたのが、この方法だ。
〈哀惜の騎士〉はHPが減った時に従騎士を召喚するが、これはHPが半分の時と四分の一の時に一回ずつで、HPを回復しても重複して召喚することはない。
しかしもう一つ、〈哀惜の騎士〉が従騎士を召喚する条件がある。
――それは、「戦闘状態が一時間継続」した時。
騎士は逃げ続けるだけなら簡単なので、騎士に碌なダメージも与えられない初心者プレイヤーでも戦い続けることは出来る。
ただ、それでは無限に戦闘が終わらないので、おそらくそういうプレイヤーに引導を渡すため、一時間戦闘が長引くごとに従騎士が一体ずつ召喚される仕様となっているのだ。
HP条件と違ってこれには召喚数制限がないため、ただこうやって逃げ回るだけで敵はドンドン増え、何体だって倒すことが出来る!
「とりあえず、もう一時間待って様子を見て、その時にもう一度召喚されるようだったら完全に実験成功で……」
俺は満面の笑みで振り返ると、
「いやぁ、今日はなんだかんだ頑張ったよな。レベル上がったし」
「ええ。格上との戦いは、いい経験になりました」
「早くお風呂に入りたい」
ラッドたちは口々にそんなことをしゃべりながら、地上に戻っていくところだった。
「え、ちょっと、え……?」
俺が思わず最後に残ったラッドパーティの良心、マナに縋るような視線を送ると、彼女はビクッと身体を震わせ、俺とラッドたちを何度も見比べると、
「え、えっと、その……。か、帰ったら残念会、しましょう!」
と言うとペコリと頭を下げ、ラッドたちを追いかけて階段を登っていってしまった。
呆然とする俺の前に、レシリアがやってくる。
やはり、最後に頼りになるのは妹だ。
「よかった。レシリアも、あいつらのことを説得して……」
俺が呼びかけると、レシリアはそれに応えるようににっこりと笑って、
「――さ。帰りましょうね、兄さん」
俺の首の辺りをガッと掴んで、そのまま階段までズルズルと引きずっていく。
「ちょ、ま、待った! まだ敵が、無限増殖が……」
「バカなこと言わないでください。兄さんにはやることがたくさんあるんです。こんな場所で何時間も無駄な時間を使ったら、またギルドマスターに小言を言われますよ」
俺は手を振りほどこうとするが、指輪を耐久に振ったのが災いした。
かなり本気で抵抗しても、レシリアの手はぴくりとも動かない。
万力のような力で引きずられながら、あれよあれよという間に俺の身体は階段を登っていく。
やがて先を進んでいたラッドたちにも追いついて、
「おっさんは、その……。頭いいのに、たまにバカだよなぁ」
「む。ラッドは失礼。レクスはそこが可愛い」
ラッドたちから生あたたかい視線を送られながら、俺はそのままダンジョンから強制退去。
こうして、「第二回無限稼ぎ作戦」はあと一歩というところで計画の延期を余儀なくされたのだった。
失われていく主人公の威厳……





