第四十話 甘い見通し
一時の混乱が収まると、メイジーの中では興奮が勝ったらしい。
「それにしてもすごいよ、レクス様! もちろん他人の強さが分かるのもそうだけど、まさか、決闘をこんな風に使うなんて……」
どうやら様呼び以外の敬語は諦めたらしいメイジーが、しきりにそう言って俺を誉めそやしてくる。
〈魂の決闘〉をキャラビルドの試運転に使うのはゲームでもよくやっていたことだ。
これで素質値を調べるのもそこまで突飛な発想とは思わないが、「闘技場は戦う場所」という意識しかない現地の冒険者にとっては意外な発想ではあるのかもしれない。
(あるいは、この世界の住人がゲームにないような行動を起こすには、何か外的な刺激が必要、ってことは考えられるな)
興味深いところではあるが、その検証は後回しだ。
これから神殿に移動して、と思ったところで、メイジーが「あっ」と声を上げ、深刻そうな表情で俺に尋ねてきた。
「あ、あの、レクス様。同じパーティの仲間にも、アタシが才能を見てもらったこと、話しちゃってもいいかな? も、もちろん秘密は守るように言うから、だから……」
深刻そうに言うから何かと思ったが、それは当然問題ない。
反射的に「いいぞ」と言いかけて、少し考えた。
「……いや。どうせなら、ここに連れてこい」
「え?」
「そいつらもついでに見てやる、と言ったんだ。もちろん、無理にとは……」
俺が言いかけると、メイジーは跳び上がった。
「つ、連れてくる! 連れてくるよ! 首に縄をかけてでも引きずってくるから、ちょっとだけ待ってて! ……ください!」
言うなり、もう外に飛び出していた。
あの様子では、本当に全員連れてきそうだ。
「……もしかして、早まったか?」
これは確実に忙しくなる、と確信した俺は、ここまでついてきていたラッドたちに、一人で出来る訓練メニューの説明を始めたのだった。
※ ※ ※
そして、日が開けて11月12日。
俺とレシリアはのんびりとギルドに向かって歩いていた。
「今日こそは、ラッドたちのことをきちんと見てやらないとな」
結局あれから、メイジーはたったの二十分ほどでパーティメンバー全員を集めて戻ってきた。
意外だったのは彼らの反応で、中には明らかに部屋着そのままだったような奴もいたが、誰一人文句を言わないどころか、むしろ俺に対して恐縮している様子だった。
予想外ではあったが、しかし集められてしまったものはしょうがない。
とりあえず集めた全員をもう一度外に送り出し、適当な装備と〈ノービス〉に転職させたあと、〈魂の決闘〉を使って全員の素質値を調べ上げ、ついでに神殿に行って職業に関するアドバイスなんぞをしていたら、すっかり一日が終わってしまった。
まあその間、ラッドたちは自主訓練に励んでいたので時間的なロスはないが、流石に罪悪感はあった。
「だから、断った方がいいと言ったんです」
レシリアがこぼすが、俺は首を振った。
「いや、あれはあれでいい経験だった。かなりの収穫があったしな」
他人の素質値を見る方法がしっかりと確立出来たし、〈看破〉でステータスを見れることの有用性がはっきりと分かった。
ゲーム感覚でいると忘れがちだが、素質を割り出せることに加えて、意外にも「正確なステータスが数値で分かる」ことの利点が大きい。
それが特に顕著だったのは、クラスチェンジだ。
どうもこの世界の人間は、「ファイターで頑張ってればいつかソードマンになれる」くらいのふわっとした知識しか持っておらず、必要能力値がどうとか、そういう計算を全くしない。
そんな中、能力値を数値化して示し、さらに次の職業へのクラスチェンジ条件を教えた時の反応は、こっちがビビるほど大きかった。
「ラッドたちの時にも分かってたことだが、俺のゲーム知識はこの世界でも通用するって確信出来た。だから俺は『素質と現在の能力の数値化』と『クラスチェンジ条件』については積極的に広めていこうと思うんだ」
正確に言うと、ギルドを通じて正式な仕事として、希望者のステータスや素質の判定をする。
仕組みについてはまだ試行錯誤中だが、ギルドへはもう話を通してある。
「そんなことをして、平気なんですか?」
「もちろん、俺たちの優位性は少し薄れるし、新しい概念を入れるんだから、一筋縄じゃいかないだろうな」
自分の素質や能力値がこんなに低いはずがないと暴れる人間がいるかもしれないし、素質や能力がはっきりと見えることで差別やいじめのようなものにつながるかもしれない。
「それについては、ギルドと連携を取って調節していくつもりだ。ま、ちょうどでかいパイプも出来たしな」
面倒事は増えるかもしれないが、多少の軋轢は覚悟の上だ。
ただ、それを補ってあまりあるほどのメリットが、俺にはある。
それは……。
「……冒険者の情報、ですか?」
「ご名答」
少なくとも現状、「ステータスの数値化」は俺にしか出来ない。
ということは、世界中の冒険者が、俺にステータスを見せに来る、ということだ。
「まだ見ぬすごい素質を持った冒険者を発掘出来るかもしれないし、ゲームで有名だったキャラをイベント前に発見出来るかもしれないし、それに……『主人公』を見つけられるかもしれない」
だから俺は、昨日「こんなすごいことを教えてもらっても、返すものがない」と恐縮するメイジーたちに、報酬の代わりとしてちょっとした「頼みごと」をしたのだ。
――実はこれから、この素質判定で商売をしようと思ってるんだ。
――だから、自分の出来る範囲で、俺が今日やったことを広めてくれないか、と。
名付けて、草の根宣伝作戦。
もともとが悪評持ちの俺だ。
ここで無理に自分から宣伝しても、誰も来てくれない可能性は高い。
だから実際に冒険者の人に体験してもらって、少しずつ認知させていく。
迂遠だが確実な、我ながらなかなかの計画だと思ったのだが、
「ほ、本当に、そんなことを言ってしまったんですか?」
レシリアは信じられないと目を見開いていた。
まあ、この辺りの機微は、まだ若いレシリアには分からなくても仕方がない。
「確かに報酬をもらうことは出来たかもしれないが、あいつらだってレベル十一だからな。無理して少額の報酬をもらうよりも、今後の布石にしようと思ったんだよ」
「い、いえ、それは、そうですけど……」
まだ納得しきれない態度のレシリアを、俺はとつとつと諭す。
「大丈夫だ。ステータスが数字で見れるなんて確かに地味だが、分かる人には有用性は分かる。それに、口コミの効果って意外とバカにならないもんなんだぞ。そりゃまあ、効果が出るには時間がかかるとは思うが、こうやって地道な活動を繰り返すことで……ん?」
話に夢中になっていると、いつのまにかギルドの前に着いていた。
いつものようにドアを開けたが、何だかメインホールの人数が少ないように思える。
(何か、大口の依頼でもあったのか?)
首を傾げるが、答えは出るはずもない。
まあいいか、と思いながら、訓練場へと向かった。
「兄さん! 待って下さい、兄さん!」
妙に焦った様子のレシリアと一緒に、訓練場に出る。
するとそこには、大きな人だかりが出来ていた。
そして、俺が訓練場に入った瞬間、
――ギョロリ。
その全ての視線が、俺に向けられる。
「な、え……?」
人違いであることを祈ったが、次の瞬間、その全員が雪崩を打ったように俺に殺到したことで、儚い希望は潰えた。
何を思ったか、彼らは我先にと俺に向かって走り寄ってくると……。
「レクスさん! お、俺の! 俺の才能も教えてくれ!」
「ちょっと! 横入りしないで! わたしは今朝の三時から並んでたんだから!」
「なぁ! オレは〈インペリアルソード〉になりたいんだけど、どうやったら……」
「ず、ずっとファンでした! あ、握手してください!」
「いくら? いくら払えばいいの!? お金なら出すから、ステータスを……」
獲物に群がる獣のように、俺を右から左から引っ張って、何とか俺の気を引こうとしてくる。
この街にこんなに冒険者いたのか、というくらいの数の冒険者が俺を取り囲み、口々に何かを言うが、反応する余裕もない。
「いや、ちょっ、まっ、おちつ……」
押し寄せる人の波にもみくちゃにされ、身動きすら取れない中で、
「……だから言ったのに」
というレシリアの呆れ声だけが、妙にはっきりと鼓膜を揺らしたのだった。





