第三十七話 変化
第三部開始です!
ダンジョンアタックから一夜明けた、11月11日。
俺とレシリアはのんびりとギルドに向かって歩いていた。
「兄さん。今日は何をするつもりなんですか?」
「んー。今日はあいつらのステータスを見て、それから新しい訓練メニューの開示かな」
昨日、無事にダンジョン攻略を終えたラッドたちだったが、依頼達成報告やらなにやらで、ステータスの成長を確認する暇もなかった。
本人たちのやる気を出させる上でも、自分たちがダンジョンでどのくらい成長したか、数値で教えてやるのも大事だろう。
「新しい訓練、ですか?」
「ああ。次のダンジョンに潜る前に、今度は〈クラス〉、つまりは職業に関する訓練をさせようかと思ってる。いや、本当ならこの訓練を先にやった方がスライムを倒すのは簡単だっただろうが……」
しかし、ここで苦戦をさせることに意味がある。
基本的にゲーム知識頼り、ゲーム感覚で世界を見ている俺だが、現実における「戦闘経験」や「モチベーション」などの言ってみれば「目に見えないパラメータ」が存在していることを、俺は軽視しない。
そう思うようになったきっかけは、ラッドたちの訓練にある。
振り返って思えば、あの能力値の伸びは異常だ。
俺も訓練での能力値アップの値まで正確に把握している訳じゃないが、「主人公」補正でパーティ内の訓練効果がアップしているはずのゲーム内での成長を、ラッドたちは軽く上回っていたように思う。
これはおそらくだが、訓練の「質」が関係しているのではないか、という仮説を俺は立てた。
ゲームにおける訓練というのは機械的で一律なものだ。
同じ能力値、同じ素質値の人間が行えば、必ず同じ結果が出る。
ただ、この世界はゲームであると同時に現実でもある。
ゲームにおける訓練が、「ごく標準的な熱意でごく標準的な訓練を行った」結果だとすれば、それ以上の熱意や練度で訓練を行った場合、ゲーム以上の効率が出るというのは考えられない話じゃない。
つまりあの訓練による成長は「ゲームにおける効率」というデジタル的なものと、「本人のやる気や技術」というアナログ的なものが合わさった結果ではないか、というのが俺の推論な訳だ。
「やっぱり自分に何が足りないのか分かってて訓練するのと、ただ言われるがままに訓練するのじゃ、モチベも違うだろうからな」
先の溶岩洞の攻略の時、レシリアに最初から戦闘参加させなかったのも、これが理由だ。
はっきり言うが、レシリアは強い。
レベル一の時点で第三次職……つまりは通常のレベル二十水準の能力値を持つため、溶岩洞でも見劣りしない。
そして重要なのは、それだけの水準の能力値を持てば、ラッドのように防御などにエンチャントを割かずに装備を攻撃に一点振り出来るということだ。
厳選された筋力エンチャのついた指輪二個と小盾を装備することによってその筋力値は三百を超え、ブレイブソードよりも数段格上の現状最強武器、カジノで手に入れた〈メタリック王の剣〉を扱うことが可能になった。
オマケに手動で使えるスキルの数もラッドよりも多いため、下手すれば溶岩洞をソロで攻略出来るほどに彼女は強い。
当然ながら、レシリアが最初から参加していれば、もっとずっと楽にスライム狩りが出来ただろう。
レシリア自身のレベルも低いため、パーティ参加しても経験値にマイナス補正がかかることもないし、ゲーム的な効率で言えばそれが最適解だ。
ただ、安全に苦戦が出来る機会ってのは、そうそうない。
まあゲームだけでまともな戦闘の経験なんて碌にない俺が言うのもなんだが、互角の相手と打ち合う感覚や、ピンチになった時の判断なんてのは、実際に経験しないと身につかないものだろう。
最後の戦闘、ボスの時だけはレシリアも手を出したようだが、こればかりは仕方ない。
溶岩洞に限らず、ブレブレのボスはやたら強い。
レシリアが五発もかかった相手なら、おそらくは疲弊したラッドたちだけでは勝てなかっただろう。
「ま、おかげで本人たちも燃えてるみたいだし、結果オーライだ。これでクラス技能も覚えれば、溶岩洞のボスくらい押し切れるようになるだろ、きっと」
なんてことをつらつらと話しながら歩いていくと、ギルドの前に着いていた。
ラッドたちはいつものようにギルドの訓練場で待っているはずだ。
俺は特に躊躇することもなく、ギルドの扉を開いた。
「……お」
ギルドの扉を開くと、俺たちに注目が集まるのが分かった。
いつものことと言えばいつものことだが、今日の視線は昨日までとは違う。
(それだけラッドたちの依頼達成が話題になってる、ってことか)
この辺りのことは、昨日ラッドたちを待っている間に、ヴェルテランたちから聞いていた。
「救世の女神による神託」以前は、やはり魔物の湧きが鈍い上に冒険者の成長も遅く、新人が〈七色の溶岩洞〉を攻略出来るような冒険者に育つまで、数年かかることもめずらしくなかったらしい。
溶岩洞から出てきて俺に報告をするラッドたちを見て、ヴェルテランはしきりに「時代が変わった、ってことか」とつぶやいていたのが印象的だった。
ラッドたちがボスの撃破依頼を達成したことは、ギルドでも信頼のあるヴェルテランが保証したことだ。
もちろん頭ごなしに否定する奴らはいなかったが、どうやら俺に突き刺さる視線の質を見る限り、ラッドたちが本当に溶岩洞を攻略したかどうかは半信半疑、というところなのだろう。
(ま、信じようが信じまいが、別にどっちだっていいけどな)
レベルアップ成長によるブーストは使い切ったが、その分ラッドたちのレベルは十分に上がったはずだ。
ラッドたちの実力はやがて明らかになっていくだろうし、所詮はそれが少し早いか遅いかの違いでしかない。
ラッドたちブレイブ・ブレイドのパーティの中でも、特に心優しいマナなんかは俺の悪評を心配しているようだが……。
(むしろ逆なんだよなぁ……)
少なくともこの件に関しては正しいのは俺で、しかもここはゲーム世界だからか、街の奴らはモブまで含めて大体がいい奴ばかり。
もはや未来の手の平返しは約束されていると言ってもいい。
どれだけ陰口を叩かれても正直優越感しか覚えないし、勝手に勘違いして勝手に謝ってきたヴェルテランのように、真実を知って後ろめたくなった奴らに精神的に恩を売れると考えると「もっと言えー! もっと言えー!」としか思えない。
(ま、その辺は俺が性格悪いからなんだろうが)
そこだけは、マナもラッドやプラナ辺りを見習ってくれればいいのに、と思う。
俺が何言われててもあいつらなら眉一つ動かさないぞ、きっと。
ともあれ、俺のやることは変わらない。
遠巻きに俺を見る視線を感じながらも訓練場へと抜け、ラッドたちの元へ。
「……ん?」
ただ、訓練場に入った時、すぐに異変に気付いた。
ラッドたちの傍に、見慣れない人影がある。
(もしかすると、昨日の件でいちゃもんでもつけられてるのか?)
そう思って近づいてみるが、何やら様子がおかしい。
ラッドたちと話しているのは、ラッドたちより少し年上の若い冒険者の女性だ。
装備の質からすると、レベルは十前後、といったところだろうか。
ビキニアーマー、というほどではないが、見ようによっては割と扇情的なレザー系装備で身を固めた、いかにも「ファンタジーの女戦士」というような服装。
強気そうな見た目だし、先輩風ビュービューで威圧していてもおかしくはない……のだが、遠目に見ている感じではどうもそんな雰囲気じゃない。
いや、むしろ……。
「あ……」
俺を見かけたマナが顔を向けたことで、ラッドたちに絡んでいた女性も、俺に気付いたようだ。
わずかなためらいを見せたのちに、駆け寄ってきた。
「ア、アンタがラッドの言ってたレクス……あ、いや、あなた様がA級冒険者のレクス様ですか?」
「確かに、レクスは俺だが……」
あからさまに慣れていない敬語だが、敬意というか必死さは伝わってくる。
俺が対処に困っていると、彼女は人前であることも気にせず、身体を折り曲げるようにして大きく頭を下げた。
「――お願いします! アタシにも、自分の才能が何なのか教えてください!」
あ、先に言っておくと別にこの子ヒロインとかではないです





