第三十六話 理想の未来
レクス一人称だああああああああああああ!!
ぶっこんでいくぜぇええええええ!!
「……はぁぁぁ。疲れた」
ラッドたちのダンジョン攻略は無事に終わった。
それについては大体予想通り、だが、その前にヴェルテランたちが出てきたりと、予想外なこともあった。
率直に言って、うまくさばけたとは思う。
戦いのあと、ヴェルテランもなんかよく分からんが謝り出して、ついでに依頼達成の証人にも出来てと、結果からすると万々歳だ。
だけどな。
一言だけ言いたい。
(――三人に勝てる訳ないだろ!!)
手数というのはそれだけで脅威だ。
レクスの能力値なんてヴェルテランたちに毛が生えた程度のもんだし、三人同時にかかってこられたら負けるに決まってる。
それぞれの相手に対してエンチャント指輪を付け替え、頑張って強キャラ感を演出することによって何とかしのぎ切ったが、もう二度とやりたくはない。
俺が開いたままの手帳に顔を埋め、「あー」と呻いていると、扉が開く音がして、呆れたような声が降ってきた。
「だらしがないですね。ほら、寝るならちゃんと立ってベッドまで行ってください」
そう言いながら俺の腕を取るのは、それこそ降って湧いたように出来た俺の妹、レシリアだ。
「お前は俺のオカンかよ」
「妹ですが」
平然と返して、なおも俺の腕を取ろうとする妹を、分かった分かったと言いながら振り払う。
「まだ寝ないから大丈夫だ。それよりラッドたちは大丈夫だったか?」
「大丈夫、とは?」
首を傾げるレシリアに、少しだけためらってから告げる。
「あー、ほら。ボス、自力じゃ倒せなかったんだろ。落ち込んでるんじゃないかって」
いざという時のためにレシリアをつけたのも、ラッドたちがボスに勝てなかったのも、想定通りと言えば想定通りだ。
ただ、人って奴はそう簡単に割り切れる訳じゃない。
あいつらが気落ちしているのではないかと、少し気になっていたのだが……。
「いえ。むしろ燃えていましたよ。『今回の冒険で、オレに足りないものが見えた! このまま戦士の道を極めて、いつかレクスに追いついてやる!』って息まいてました」
「はぁ? 何を言ってるんだ、あいつは」
あいつらは想像以上にポジティブだったばかりか、いまだに俺を過大評価しているらしい。
このペースならレベル二十くらいで俺はラッドに主要能力値で追い抜かされるだろうし、そこからさらに十レベルほど上がれば、能力の合計でもあっさりと上を行かれるだろう。
そもそも……。
「俺は、戦士になるつもりなんて……」
「そうなんですか?」
思わずつぶやいた言葉を、レシリアが拾い上げた。
しまった、と思ったが、一度吐いた言葉は呑み込めない。
仕方なく、レシリアにもある程度の事情を話すことにした。
「こう言うとお前は怒るかもしれないが、俺の、いや、『レクス』のステ振りはひどいもんだ」
「……でしょうね」
「気付いてたのか!?」
思わぬ返答に、俺の方が動揺してしまった。
こいつにステで負けそうだなんて絶対に言いたくないから、隠していたつもりだったんだが。
「兄さんは、顔に出やすいですから。それに、今日の戦い。ラッドたちは見とれていたようですが、『あなた』の技量であの装備なら、もっと強くないとおかしい、とは思っていました」
「そ、そうか……」
割と見透かされていたらしい。
どうやらラッドたちにはバレていないようなのがせめてもの救いか。
「まあ、正直に言えば、それで不貞腐れてた部分だってあったんだ」
俺には、ラッドのような安定性も、マナのような隠れた長所も、プラナのような特化した強さも、何もない。
ほぼ全ての能力値が最低で、つじつま合わせのせいで唯一高めの魔力だって、ニュークやマナに劣る。
でも、考え方を変えた。
俺にはその分だけ、ほかの人よりも可能性が……。
「――そう、『何もない』があるんだって!」
レシリアは俺の顔をじっと見て、言った。
「それ、その台詞が言いたかっただけじゃないですよね?」
「ち、ちげえよ!」
慌てて俺は手をバタバタと動かし、手元に持っていた手帳をビシ、とレシリアに突き付けた。
「これは、俺が備忘録としてゲーム時代の知識をまとめたものだ。あ、一応何も知らない人が読んでも分かるように解説をつけてあるから、もし俺が何かの理由でいなくなったらレシリアが――」
「冗談でも怒りますよ」
本気だったのだが、言葉の途中でレシリアから怒気が吹き付けてきて、俺は口をつぐんだ。
レシリアはその境遇からか、人の死に敏感なところがあるのかもしれない。
手帳について認知はしてくれたと思うので、それでよしとしよう。
「と、とにかく、だ。ここにもまとめたが、一個だけ、『能力を振り直しする』手段があるんだ」
それが、俺の可能性。
平均的な能力値を持っているレクスなら、「振り直し」でどんなステ振りにだって対応出来る。
剣士、盗賊、魔法使い、僧侶、なんだって、思うがままだ。
ただ、レクスの素質を生かすのであれば……。
「――俺は今までの『レクス』の戦い方を完全にぶち壊すつもりだ。振り直しが出来たら、俺は魔力特化の戦闘型、いわゆる『純魔スタイル』で行こうと思ってる」
俺の宣言に、レシリアは静かに目を見開いた。
「だから戦い方としちゃラッドの先輩と言うよりはニュークの先輩、いや、後輩になるかな」
俺が冗談めかして言ったが、その意味はたぶん、レシリアにとっては重い。
「万能の剣士」からもっともかけ離れたチョイス、彼女の兄のイメージを破壊するような選択に、迷いがない訳ではない。
ただ、だからと言って「自分」に妥協するようなことは出来なかった。
レシリアは少しの間、何も言わずにただ黙って、目を閉じて。
けれど、やがて目を開けると、小さく微笑んだ。
「――私は、とても兄さんらしいと思います」
その一言で、何だか少し救われたような、許されたような気分になった。
なった、のだが。
「あー、とはいえ、これは簡単じゃなくてな」
すっかり出来る気で話してしまったが、この「振り直し」には、数々の障害がある。
「この振り直しは『魂の試練』ってイベントを利用してやるんだが、そのチャンスは特定のタイミングの一回限り。その上、難易度がめちゃくちゃ高い」
「めちゃくちゃ、ですか」
「ああ」
迷いなくうなずく。
この「魂の試練」というイベントは、ストーリーを進める上では特にやる必要のないイベントだ。
これ自体は罠にはまった〈光の王子〉を助けるものだが、たとえ放置したとしても、彼は自力で罠を食い破ってくる。
そして、クリアする必要がなく、ストーリー上さして重要でもないイベントだからこそ、その難易度はどれだけ上げても構わない、という判断なのだろう。
「具体的に言うと、俺以外にたった一人しか連れていけないし、ひどい弱体化をくらった状態で、レベル五十のボスを倒さないといけない」
「レベル、五十……」
もちろん、〈七色の溶岩洞〉のボスなんかとは桁の違う、本物の強敵。
レベルこそ高いものの、レクスとのイベント演出のために強さを抑えられていたドゥームデーモンよりもおそらく格上。
「はっきり言って、俺はそのイベントでは大した戦力にはならないと思う。……だから、必要なんだ。命を懸けて、その強敵に一緒に挑んでくれる、強い仲間が」
高望みでは、あると思う。
まず、求められている強さのハードルが非常に高い。
仮にそれだけの強さを持っていたとしても、ゲーム知識のないこの世界の人間に、俺の言っていることは荒唐無稽に聞こえるはずだ。
――だからこそ、俺はラッドたちを鍛え始めた。
手ずからその強さを磨き上げ、その行動を恩で縛ることで、一緒に試練に挑ませるために。
それは身勝手で、一方的な押し付けだ。
この世界にやってきてもいまだにゲーム感覚で、人のことをゲームのデータのようにしか見ていない、と責められても仕方がない。
だが、俺の言葉に、レシリアはくすっと笑った。
「その話、ラッドさんたちにしてあげるといいと思います」
「え……?」
俺とはまるで真逆の結論を口にして、彼女はそっと踵を返す。
「私も、今日はここで失礼します。何だか、剣を振りたい気分になりましたので」
もう日暮れも迫っているというのに、レシリアはそんなことを言って、部屋のドアを開けた。
そして、
「あ、眠る時はちゃんと、ベッドで寝るように」
最後の最後までお節介を焼いて、彼女は部屋から出て行った。
その足音が階下へと消えていくのを、じっと待つ。
「……はぁ」
その気配を感じられなくなってから、やっと俺は息をついた。
ラッドたちが「いい奴」なのは分かってるし、俺も俺なりに、あいつらに情が湧いてきているのは自覚している。
だけど……。
「――そんな奴らだからこそ、迷うし、話せないんだよ」
静かに、そうつぶやく。
俺がレシリアに語ったことは嘘じゃないが、全てでもない。
合理的であり、誰かにとって最適解であることが、必ずしも万人にとっての最善とは限らない。
詳細を知ればレシリアは俺を止めるだろうし、ラッドたちにだって拒否される可能性は高い。
「さて、誰を選ぶか。あるいはきっぱり諦めるか」
ぼそっとつぶやいて、手帳に視線を落とす。
開かれたそのページには、ブレブレのとある小技についての走り書きがあった。
【魂の試練によるステータス振り直し技】
ゲーム開始から一定時間経過後に発生する「光の王子の失踪」イベントからの連続イベント「魂の試練」を利用することによって、疑似的な「ステータスの振り直し」をするというテクニック。
育成に失敗したキャラを正しく育て直せることが一番のメリットだが、必要な装備をそろえ、計画的に行うことで必ず能力値の総量を大幅に上げられるため、仮に最適な育成をしていた場合でも実行するメリットはある。
ゲームを通じて一回しか行うことが出来ず、その手順の複雑さからプレイヤー以外での実行は不可能なため、実質的にはプレイヤー専用の強化イベントと言っても間違いではないだろう。
しかし、その効果の大きさに比して達成の難易度も高い。
「魂の試練」イベント自体のクリアが非常に困難であり、パーティ人数たったの二人、しかも制限を受けた状態で、レベル五十を誇るボスを倒す必要がある。
通常の育成状況での達成は難しいため、狙うのであればゲーム開始直後からこのイベントを視野に入れ、プレイヤー自身の強化に加え、参加キャラクターの選定と育成を行うことが急務となるだろう。
ただし、最大の留意点として、試練に連れていく仲間は必ず「主力にするつもりのないキャラ」を選ぶこと。
理想を言えば、「一緒に戦えばギリギリ試練をクリア出来る程度に強いが、それ以上の伸びしろのないキャラクター」が望ましい。
なぜなら、この技はあくまでキャラクターの能力値を調整するテクニックであり、この方法でもってプレイヤーの能力値を上げた場合、連れて行った仲間の能力値は致命的に減少するからである。
――試練の難易度を鑑みて、どれだけ最適な「生贄」を選べるか。
それが、この試練の最大のポイントとなる。
と、さわやかな読後感を残しつつ、ここで第二部終わりです
第三部も構想は出来ているので、少しお休みをもらって二週間後に更新再開……とか言いたいんですが、今休むとパターン的にたぶん数ヶ月戻ってこないのでもうちょっと頑張ろうかなと思います
しかも今日でちょうど連載開始一ヶ月なんですよね
毎日更新よく続いたなーと思いますが、まあぶっちゃけ最近若干怪しい日も出てきてるので、なんかこううまいこと応援してもらえると嬉しいです





