第三十四話 モンスター・アタック
別視点だと話が長くなる悪癖が……
「――酸! 来ます!」
マナの切迫した叫びに、オレは技に入りかけた身体を、強引に横に逃がす。
強酸の塊はオレの脇をかすめて飛んでいき、オレは密かに肝を冷やした。
(今の、普通のアーツだったら絶対に避けられてなかったな)
これも、マニュアルアーツの強みの一つだ。
「アーツは天才を凡夫に変える」なんていう有名な諺もある通り、自動で放つアーツは途中で動きを中断出来ない。
だが、マニュアルアーツは天才を天才のままでアーツを使わせる。
いや、レクスほどになると「回避しながらアーツを使う」なんて神技をやってのけるので、それ以上だろうか。
(知れば知るほどとんでもねえ技術だな、これは!)
とはいえ、オレもせっかくの技を一回分潰された。
「くっ。……火焔斬!!」
仕方なく、火属性のアーツを発動させる。
本当は弱点である地属性の攻撃だけを撃っていきたいが、マニュアル発動であってもアーツの冷却時間だけは無視出来ない。
〈地烈断〉以外の地属性攻撃を持っていないオレとしては、別属性のスキルを回していくしかないのだ。
(このダンジョンを攻略したら、ぜってぇほかの技も覚えてやる!)
現実の戦いを通じて、今までぼんやりとしかイメージ出来なかった「アーツの数が戦士の力になる」という言葉がはっきりと実感出来た。
今なら前以上に真剣にアーツ習得に励める気がした。
「魔法行きます! 射線を!!」
後ろからかけられた声に従って、オレはスライムの前から飛び退った。
同時に、背後にいたニュークが杖を構え、叫ぶ。
「――頼むから壊れないでくださいよ、〈フレア・カノン〉!!」
放たれるのは、まるで太陽のごとき光を放つ、魔法の熱線!
オレが見た魔法の中でも最高級の威力を誇るその一撃が、青いスライムの身体を溶かす。
これは、ニュークがこれまでの修行によって習得した魔法……ではなく、彼が手にしている杖〈レッドフレアロッド〉に秘密がある。
レクスが依頼によって入手したあの装備は、本人の内在魔力「MP」を消費して「使用」することで火属性の超強力な魔法〈フレア・カノン〉が撃てるのだ。
ただし、あの魔力の高いニュークが筋力と魔力のエンチャント指輪をはめなければ扱えないというほどの装備制限を持ち、さらにその価格も驚きの五千万ウェン。
そして、「一回使用するごとに1%の確率で壊れる」という特性を持っている。
その事実を知らされた時のニュークの顔は、言っちゃ悪いが見ものだった。
ただ、一回五千万の逆宝くじを毎回引かされるだけあって、その威力は破格。
属性相性的によくはないはずなのに、弱点属性の〈地烈断〉以上のダメージをスライムに与えていた。
ニュークのMPとストレスを犠牲にした攻撃が終わり、今度はそのさらに遠くから矢が飛んでくる。
あっさりとスライムの表面を突き破り、その身体に突き刺さるその矢も、当然ながら尋常なものじゃない。
――あれは、レクス本人が手ずから錬金した「属性矢」だ。
属性の魔力を帯びた矢を作るのは、錬金術の初歩らしい。
ただ、その性能は錬金した人物の「魔力」の値によって決定される。
あのレクスが「九つのエンチャント装備」を身に着けて作ったという属性矢は、プラナでさえ息を呑むほどのすさまじい魔力がこめられていた。
渡されたその矢の束を、プラナは「大切に使う」と言って、抱きしめるように受け取った。
そして今、プラナはそのうちの「風」の力を帯びた矢を、惜しげもなく続けざまに放っている。
大切にとはなんだったか、と思わなくもないが、「必要な時に必要なだけ使う」というのが彼女流の「大切な扱い方」なんだろう。
その証拠に、彼女の手元から放たれた矢は全てがスライムの身体を穿ち、一本の外れもない。
そして、最後のもう一人、
「――酸、来ます! 気を付けて!」
マナは、主にスライムの動きを確認し、酸による攻撃を察知する観測手として働いてもらっている。
スライムの攻撃は、大別するとたった二種類。
全身から状態異常を誘発する煙を吐き出すか、身体を震わせてから酸を飛ばしてくるか。
煙はバリアリングがある限り無効化出来て、酸は予備動作が分かりやすく、兆候を見ていれば避けるのも難しくない。
だが、攻撃に夢中になっているとその兆候を見逃すこともありえるため、一番攻撃機会の少ないマナがその役を買って出てくれた、というわけだ。
「――ホーリーバレット!」
とはいえ、全く攻撃参加をしないということもなく、時たま、風の矢に紛れるように背後から魔法が飛んでくる。
それがマナの持っている唯一の攻撃魔法〈ホーリーバレット〉だ。
これは何の工夫も抜け道もない単なる初級魔法だが、とにかく光属性は強い。
適性のあるキャラこそ少ないが、火水地風の四属性に対して若干の優位が取れて、闇属性に強いまさに万能属性。
四属性全てに少しずつ弱く、光属性の足を引っ張ることだけしか考えていない闇とは正反対だ。
とはレクスの言だ。
オレたちは事前の対策で常に先手を取り、格上の〈ビッグブルースライム〉相手にほぼ何もさせずに戦闘を優位に進めている。
しかし……。
(――流石に、堅い!!)
これだけの備えをして、これだけの技を、魔法を叩き込んでなお、いまだに一匹のスライムを倒せないでいる。
熱気に額に汗がにじむ。
長い戦闘は神経をすり減らし、集中力が少しずつ失われていく。
何よりまずいのは、魔力の残量だ。
本来よりランクが上のアーツを使っているせいで、魔力の消費が厳しい。
(これが、基礎力の差って奴かよ)
魔法などで比較的簡単に体力は回復させられるが、失われた魔力は容易には補充出来ない。
時間経過で回復する量は微々たるものだし、MP回復の薬は全てが非売品。
念のためにと持たされてはいるが、そうやすやすとは使えない。
それに、回復薬は強力な反面、「短時間に連続で使用すると効果が落ちる」という制約がある。
魔力回復薬頼りの戦術は、もともとが成立しないのだ。
(体感だが、もう三割は持ってかれてるな、こりゃ)
このダンジョンに根付く数十匹のスライムのうちの、たった一匹。
その一匹を倒すために、三割だ。
だがそれでも、止まることは許されない。
このスライムは自己再生を持っているので長期戦は不利。
それに、長時間の戦闘は、別のスライムを呼び寄せる。
だからオレは、魔力消費を気にせずに全力でアーツを放ち続ける。
(あと少し! あと少しのはずなんだ!)
見ればビッグブルースライムの動きは最初に比べればさらに緩慢になり、その表面は隠しきれない傷で覆われている。
ここで押し切れば……。
「酸です! 避けてください!」
そんな邪念が出たせいだろうか。
オレはマナの警告の言葉に慌ててその場を離れようと焦り、
「……あ」
小さな段差に足を取られ、転んだ。
最悪のタイミング。
酸が身動き出来ないオレに向かって吐き出され、オレは咄嗟に左手で顔をかばった。
「ぐ、ぁああああ!」
オレの左手に飛び散った酸は鎧の隙間から入り込み、肌を焼く。
「ラッドくん!」
マナの悲鳴。
その中でオレは必死に痛みを噛み殺し、立ち上がった。
エンチャント指輪のうち一個を生命にしていたのが幸いしたか、思ったほどのダメージはない。
だが……。
「しまった! 障壁が……」
オレを今までずっと守ってくれていた〈バリアリング〉の効果は、すでに失われてしまっていた。
同時にスライムから、緑色の霧が勢いよく吹き付けられる!
「が、はっ!」
四方に吹き上げる煙から、身を守る術などあるはずもない。
肺から入り込む猛毒の煙が、内側から身体を燃やす。
「回復します! 下がって!」
だが、絶え間ない痛みの中で、オレは首を振った。
〈バリアリング〉の障壁は、一度割れたら戦闘中はもう張りなおせない。
だとしたら今は……。
――攻める!
オレは涙ににじむ視界の中で、剣を構える。
思考をかき回す痛みの中で、しかし染みついた動きは裏切らなかった。
「――〈地烈断〉!!」
会心のアーツが、スライムに突き刺さる。
その一撃は青い怪物の命脈を断ち、オレたちを長く苦しめたその青色の魔物は、ついにその生命活動を止めた。
それを見届けたオレは、必死に毒の霧の範囲から飛び出すと、急いで指の〈バリアリング〉を一度外してつけ直す。
レクスが言うには、「バリアは一度破壊されると十分間は再展開されないが、非戦闘時につけ外しを行うことですぐに障壁を張り直すことが出来る」らしい。
その言葉通りに障壁が復活したのを感じて、オレはほっと息をついた。
するとそこで、オレを心配した仲間たちが傍に駆け寄ってきた。
「まったく、心臓に悪い」
「無理、しすぎです!」
そんな二人に「悪い」と一言頭を下げてから、「でも……」と続ける。
後ろを振り向けば、命を失った魔物が光の粒へと変わり、それがオレたちの左手に向かって吸い込まれていく。
その光がオレたちの身体に収まったと思った瞬間に、心臓がドクン、と強く脈打った。
覚えのある感覚。
「――成長だ」
身体の底から力が湧きだし、同時にオレの身体をむしばんでいた毒が綺麗さっぱりと消えて、それどころか失われたはずの体力と魔力が満ちていくのを感じた。
成長が起こると、その余波で体力と魔力は全快になり、状態異常も治る。
これが「成長回復」と呼ばれる現象であり、そしてこれが、レクスがオレたちを「今」このダンジョンに送った、最大の理由だった。
レベルというのは最初のうちはサクサクと上がるが、十を越えると必要な経験が多くなり、そのペースは遅くなってしまうらしい。
だが逆に言えば、レベルが低く、「レベルアップ回復」を起こしやすい今であれば、補給なしで前に進み続けることが出来る。
「ラッド、大丈夫かい? 無理だというなら、一度戻っても……」
「いいや、行こう」
気遣わしそうにオレに問いかけるニュークに、オレは首を振った。
レクスは言った。
これはオレたちが「未熟だからこそ」出来る戦いで、オレたちが成長するための「最短経路」だと。
こんな最高のチャンスを逃すだなんて、冒険者じゃない。
まだまだ戦い足りないし、まだまだ成長し足りない。
一匹くらいじゃ満足しないし、一匹だって残しはしない。
「――このダンジョンのモンスターは全部、オレたちのもんだ!」





