第三十三話 ダンジョン・アタック
なんか妙なイメージが先行しているようですが、レクスのことを主人公扱いしてるのも英雄呼びしてるのも現時点ではラッドくんだけです
つまり……ラッドくんこそが真のヒロイン(♂)だったんだよ!!
ということでラッドくん回です
洞窟に一歩足を踏み入れると、それだけで周りの空気が変わった。
押し寄せる熱気と、肌をひりつかせるような魔力の震えが、オレの心を揺さぶっていく。
「は、ははっ!」
一ヶ月の訓練と冒険禁止の意味は分かってはいたが、それはそれ。
冒険者なのに冒険が出来ない日々に、もやもやとしたものが溜まってはいた。
(いよいよ始まるんだ! ここから、オレたちの冒険が!)
オレたちにとってこれはまだ二回目のダンジョン探索で、しかも潜るのは圧倒的に格上のダンジョン〈七色の溶岩洞〉。
本来であれば緊張と恐怖でガチガチになっていてもおかしくはないが、オレは不思議なほど落ち着いていた。
手足も、思考も、普段通りに。
むしろ、冒険と戦いの予感が、オレの意識をスッと研ぎ澄ませてくれる。
「…………」
「…………」
相棒のニュークと、無言で視線を合わせる。
それだけで、心が通じ合った気がした。
コンディションは最高。
このダンジョンの空気の中でも、オレたちは委縮せず、けれどほどよい緊張感を持って……。
「あ、あの! さっきレクスさんと二人で残っていた時、何を話してたんですか?」
「それは、私も気になる」
「特には。作戦の確認をしていただけです」
緊張感を……。
「で、でも、それにしてはなんだか妙に親密だったというか」
「レシリアはブラコンだから」
「不名誉な称号をつけないでください。私は兄さんには……」
「――だーっ! なんでお前らはダンジョンまで来て呑気にくっちゃべってんだよ!」
耐え切れずにオレが振り向いて叫ぶと、今までおしゃべりをしていたマナ、プラナ、レシリアの女性陣は何か珍獣を見るような目でオレを見て、それからプラナが「心底呆れた」と言わんばかりにため息をついた。
「……はぁ。ダンジョンで叫ぶとか、非常識」
「ぐっ」
お前らにだけは言われたくない、と返したかったが、実際ダンジョンで大きな声を出すのは危険行為だ。
ここの魔物はあまり耳がいい方ではないらしいが、褒められた行動じゃない。
「ま、まあ、誰だって失敗しちゃうことはありますから」
「仮にもリーダーなのに、しっかりしてほしい」
しかもなぜかそれを、注意しようとしていたはずのマナに慰められる始末。
何だか涙が出てきた。
ポン、と肩が叩かれる。
ニュークはオレを見て、あきらめよう、とばかりに首を振ると、それから少し真剣な目をして、前を指さした。
「早速のおでましみたいだ。僕らの修行の成果、ここで確かめよう」
誘い込まれるように、視線の先を追う。
そこにはオレたちに向かって鈍重な身体を動かす、巨大な青いスライムがいた。
「――これが、〈ビッグブルースライム〉」
敵の姿が見えると同時に、仲間たちの表情も、スッと引き締まる。
今まで和やかに話をしていたと思えないほどに機敏な動きで、素早く位置を整えると、武器を構えた。
ゴブリンに次いで最弱の代名詞とも言われるスライムだが、決して侮ってはいけない。
種類が少なくそのほとんどが弱いゴブリンとは違い、スライム種はその生息域によって大きくその強さを変える。
そして、レクスによれば、こいつのレベルは十五。
ドゥームデーモンは別格として、オレたちが戦った中では、間違いなく最強のモンスターだ。
(だけど、勝てない相手じゃない。そう、こいつは、確か……)
かつてない強敵を前に、オレはレクスの教えを思い出していた。
※ ※ ※
「――〈七色の溶岩洞〉は、中級ダンジョンだ。中級と呼ばれるようなダンジョンは、そこらの初心者がこもるような初級ダンジョンとは、物が全く違う。……何が違うか分かるか?」
「え、ええと……て、敵の強さ!」
オレが焦って答えをひねりだすと、レクスは皮肉っぽく笑った。
「百点満点の答えだ。……反面教師として、な」
「な、なんだよ! 実際強い敵が出てくるんじゃねーのかよ!」
オレが唇を尖らせると、レクスは諭すように話し始めた。
「いいか? 〈七色の溶岩洞〉は『二番目のチュートリアル』とまで呼ばれる冒険者にとっての一つの関門だ。ここは、お前みたいな『レベルを上げて物理で殴れば何とかなる』って思考の脳筋初心者をおびき寄せて凹ますために作られた、新しい要素がこれでもかと盛り込まれたダンジョンなんだ」
「新しい要素?」
オレが尋ねると、待ってましたとばかりにレクスがうなずく。
「ああ。単純な強さじゃ突破出来ない三つの関門、『状態異常』『属性』『地形ダメージ』。この三つの対策が出来てなけりゃ、いくら強くなったって泣いて帰ることになる」
自然と険しい顔になるオレたちに、しかしそこでレクスは、にやっと笑ってみせた。
「だがまあ、安心しろ。この〈七色の溶岩洞〉に関してだけ言えば、そのうちの『状態異常』と『地形ダメージ』についてはたった一つの装備で解決出来る」
そう言うと、彼はインベントリから、簡素なデザインの指輪を取り出し、オレたちの前にかざす。
「――これが〈七色の溶岩洞〉攻略の切り札、〈バリアリング〉だ」
※ ※ ※
無意識のうちに指にはまった〈バリアリング〉を確かめて、オレは前に出た。
「酸が来ます! 当たらないで!」
マナの声に片手だけを上げて応え、巨大スライムが吐き出した強酸の塊を、すんでのところで避ける。
(っぶねえ!)
オレの身体をかすめて飛んだ酸の塊が、地面に落ちてジュゥゥと音を立てたのを見て、オレは肝を冷やした。
事前に警告があったから何とかなったものの、乱戦の最中に撃たれたら避けられなかっただろう。
足をもつれさせながらも、何とかスライムの近くまで近づいた時、それは起こった。
スライムが身体を縮めたかと思うと、その全身から、煙が噴き出す。
それも、ただの煙じゃない。
緑色をした、有毒の煙だ。
「ぐっ!」
オレは反射的に、口を覆い、その場から一歩あとずさる。
しかし……。
(何とも、ない。ははっ! ほんとすげーじゃねえかよ、この指輪!)
猛毒の霧の中にいながら、オレは何の異常も、何の痛みも感じてはいなかった。
それがこの指輪、〈バリアリング〉の効果だ。
この指輪は「装備者の魔力を使ってバリアを張る」効果を持っている。
レクス流に言うと、「独自の装甲とHPを持った『身代わり』のようなもの」らしい。
レクスいわく、装備効果であるがゆえに魔封じ系の影響も受けず便利だが、ただし、肝心の防御効果はお守り程度。
しかも強度は魔力に依存するため、特にオレのような戦士系の冒険者がつけても、下手すればゴブリンに数度突かれただけでバリアが割れてしまうそうだ。
だが、この装備の真価は単なる防御力の向上にはない。
このバリアは、存在している間は全ての攻撃を代わりに受けてくれる。
当然そこには「状態異常攻撃」も含まれているのだが、無生物であるバリアは当然ながら毒や麻痺、沈黙などの「物理的な状態異常」の影響を受けない。
つまりこのバリアは、「敵から一度ダメージを受けるまで、全ての物理的状態異常を防ぐ」という最高の状態異常対策装備になりえるのだ!
ただ、混乱や魅了など精神に作用する効果はバリアでも防げないことに加え、「ダメージと同時に状態異常もかける」タイプの攻撃では、状態異常を防ぐ前にバリアが壊れてしまうので、あまり効果がない。
だが、ただ「状態異常だけ」をまき散らすこのスライムの煙のような攻撃に対しては、無敵の防御力を誇る。
(半信半疑だったけど、いや、実際使ってみると、すんげえな)
スライムが発生させる煙による状態異常は、「毒・麻痺・衰弱・沈黙」の四種類。
そのどれもが致命的で、対策なしには戦闘続行が不可能になりかねない。
だが、通常の耐性装備でその四つ全てに対応するには、あまりにも装備の数が足りな過ぎる。
(あいつは一体、こんなことどうやって思いついたんだ?)
そんな雑念が一瞬だけ走るが、すぐに首を振って追い出した。
もう一度右手の人差し指に一度だけ視線をやって、すぐに視線を前に戻す。
これで煙はもう怖くないが、守るだけでは勝てない。
オレはもう一度、スライムを観察する。
(このスライムは、青。だから、地属性の攻撃をぶつける必要がある)
このダンジョン、〈七色の溶岩洞〉の名前の由来は、七種類の属性を持つスライムだ。
属性についてはオレはうろ覚えだったが、ここに来る前の勉強会で徹底的に叩き込まれた。
――火は水に弱く、水は地に弱く、地は風に弱く、風は火に弱い。
例外的に相互に弱点になる光と闇なんてのもあるが、基本はこの四つの属性を覚えておけばいい、と言われた。
一種類だけ属性攻撃が全く効かず、物理が弱点の無色のスライムもいるが、それ以外の六種類のスライムには純粋な物理攻撃は一切効かない。
相手の属性とは違う属性の攻撃、特に有利な属性の攻撃を与えないと、ろくにダメージが通らないのだ。
(装備と訓練で能力だけを底上げしたって、オレたちはまだ未熟だ。現にオレは、地属性の攻撃が出来るアーツを、まだ一つも習得していない)
あらゆる意味での経験の不足。
それがオレたちの弱点だ。
「……すぅぅぅぅ」
敵を前にして呼吸を整え、しっかりと自分の剣を、レクスから受け継いだブレイブ・ソードを構える。
(オレはやっぱり、凡人だ)
一ヶ月近い間手ほどきを受けても、オレは「アーツの手動発動」って奴を最後までマスター出来なかった。
〈オーバーアーツ〉はもちろん、レクスのように自由自在な角度や速度でアーツを撃つなんて領域には、指先すら届かなかった。
ただ……。
練習通りに、一定の速度、一定の型に従って、オレは腕を動かす。
動く剣先は仮想の山を創造し、その山を……一刀のもとに、斬り捨てる。
「――地・烈・断!!」
剣から迸った「地」の魔力が、スライムの身体を捉える!
巨大なスライムが、まるで苦痛にのたうつように、その身体を波打たせた。
「どうだっ!」
会心の手応えに、思わず叫ぶ。
オレは技の重ねも、アーツの速度や位置の調節も、うまくはやれなかった。
だから、覚えることを絞ることにした。
技を重ねることも、技をアレンジすることも、求めない。
正面の、決まった角度と決まった速度での技の発動だけを、徹底的に訓練した。
それだけじゃない。
多彩な技、複雑な技を捨て、練習する技はたった四つに絞った。
「火・水・風・地」それぞれの属性を持つ四つの技だけを、オレは愚直に繰り返した。
その成長の遅さに、絶望したこともある。
自分の才能のなさを、恨んだこともある。
だけど……。
「――これが、オレの力だ!」
自分の技がスライムを打ち据えた瞬間、全てが報われた気がした。
(何をくよくよしてたんだ、オレは!)
目の前のスライムを見て、やっと実感した。
たとえ自由自在にとはいかなくても、「まだ習得していないアーツを扱える」というだけで、それは戦士にとってどんな財産にも代えがたい、とんでもない武器となる。
たかだか一ヶ月程度の修練で、ここまでのことが出来たんだ。
まだまだ自分を見限るのは早すぎる。
それより、そんな技術に触れる機会を得て、そんな技術を教えてもらった幸運に、オレはもっと感謝するべきだった。
オレは、もっともっと強くなる。
そのために……。
「――お前を、倒す!」
レクスのクソダサ一人称、はやくきてくれー!
好感度調整が間にあわなくなってもしらんぞー!!





