第二話 主人公はどこだ
(何で、何が、どうなって……)
この封印の扉に「主人公」が、〈勇者〉の資質を持つ者が触れれば封印が解け、中の悪魔が飛び出すはず。
なのに、少年たちがはっきりと封印の扉に触れても、封印には何の変化も認められない。
(何か、勘違いしてるのか? だが……)
この少年たちは「冒険者に憧れる都会の少年」スタート時の、主人公の初期パーティの特徴と合致している。
「主人公」の初期パーティは「主人公」と男の魔導士、女の弓使いと僧侶という組み合わせで、だとするとさっき扉に手を触れた剣を持った少年こそがこの世界の「主人公」ということで間違いは……。
いや、その前提がおかしい、のか?
浮かび上がったのは、想定していなかった可能性。
もしか、して……。
――「主人公」は〈冒険者に憧れる都会の少年〉じゃ、ない!?
ブレブレでは、「主人公」の出自は、それぞれ特徴のある七つの選択肢の中から、プレイヤーが自由に選べる。
俺は、「レクス」の現在の状況が、「冒険者に憧れる都会の少年」スタートのイベントと合致しているから、この世界は「冒険者に憧れる都会の少年」が主人公の世界だと早合点してしまった。
だが、もしプレイヤーが「冒険者に憧れる都会の少年」を選ばなかったとしても、ゲームにレクスが登場しない訳じゃない。
むしろ、プレイヤーの見ていない場合でも、「冒険者に憧れる都会の少年」スタートと同じような行動を取っていると考えるのが自然。
この少年たちも、「主人公とは関係のないただの新人冒険者」として世界に存在していると考えると、つじつまは合う。
合う、のだが……。
(あー! だとすると、クッソ面倒なことになるぞ)
主人公の出自は残り六つあり、それは世界各地に散らばっている。
しかも、導入イベントが終わってしまえば「主人公」がどんな行動を取るかは全く想像出来ない。
世界中を回ってそれっぽい奴を探す以外に、有効な捜索手段がないことになる。
(いや、別に無理に「主人公」を探す理由はないんだが……)
誰が「主人公」なのか把握しないままでいるのは、なんとなく怖い気もする。
どうしたもんか、と俺が一人頭を抱えていると、俺を遠巻きに見ていた少年冒険者の一人が、前に出て俺に呼びかけてきた。
「おい、そこのおっさん!」
「お、おっさん!?」
思わず、声が裏返った。
(こ、こんのクソガキゃあ!)
日本で生きていた「俺」はともかく、「レクス」は目の肥えた日本のゲームプレイヤーたちも認めたイケメンで、年齢設定だって、確か二十五歳。
決しておっさんと呼ばれるような年では……いや、このくらいの年代にとっては二十代ってすでにおっさんなんだろうか。
しかし、俺が許しても全国に数百人かもしくは数十人かたぶん数人はいるはずのレクスファンは黙っていないはずだ!
俺が「取り消せよ! 今の言葉!」と叫びそうになったところで、
「し、失礼ですよ、ラッドくん!」
真っ赤な髪をしたその少年を遮るように出てきたのは、少年と同じパーティの少女だった。
後ろにいる少女は弓使いのようだから、メンバー構成からしてヒーラーだろう。
「あ、あの! レクス様! A級冒険者のレクス・トーレン様ですよね!」
「え、あ、ああ。そうだが、『様』はやめてくれ」
丁寧な子なのかもしれないが、流石に「様」づけで呼ばれるとむずがゆい。
俺が生返事を返すと、彼女はぐぐいっと距離を詰めてきた。
「ファ、ファンです! こうしてお目にかかれて光栄です! そ、その……握手してください!」
「え? か、構わない……が」
突然の申し出に、俺はレクスのキャラを崩さないように答えるのがやっとだった。
さらに距離を詰めてきたヒーラーの少女に、手を握り締められる。
「……なんだよ。単に長く冒険者やってるってだけだろ。A級だったらそんなに偉いのかよ」
ラッドと呼ばれた少年が面白くなさそうに口をとがらせるが、それはさらなる少女の暴走を呼び込んだだけだった。
「すごいに決まってるじゃないですか! いいですか? レクスさんは十五歳の時に冒険者登録してから千以上のクエストを達成していて、そのクエスト達成率は驚異の95%越え! しかも、その全てが単独、つまり、ソロでの依頼達成なんです! ソロでの依頼達成はパーティでの数倍は難しいと言われていて、何より総合力が求められます! つまり、レクスさんの全ての技能に長じているという性質があるからこその偉業と言えるんです! そしてついに! 昨年その功績が認められてA級冒険者に昇格! これは、この国の記録上では五十二年振り、三人目になるソロでのA級冒険者の誕生で、これは歴史的な快挙です。いえ、もしS級まで上りつめることになれば、この国始まって以来の……」
「わ、分かった! 分かったから!」
本人ですら知らない情報の波に、ラッドだけでなく、俺まで思わず言葉を失ってしまった。
……この子、間違いなくアレだ。
「冒険者オタク」とか、そういう奴だ。
(だけど、そうか……)
ゲームとして見ると、レクスはそれほど特別な存在じゃない。
特徴は「冒険者に憧れる都会の少年」が主人公だった場合のイベントがいくつかあることと、初期レベルが高いことくらい。
だが、ゲーム内の視点でレクスを見ると、話は違ってくるのかもしれない。
ゲーム後半になると主人公パーティが簡単に達成するので意識していなかったが、ゲーム開始時にはレベル五十以上のキャラなんて数えるほどしかいなかったし、A級冒険者というのも同様だ。
少なくとも、「冒険者に憧れる都会の少女」がスターを見る目で見るほどには、それはきっと特別な存在なのだ。
俺は「うわぁー、ほんものだぁ」とか言いながら俺の手をにぎにぎとする少女を持て余しながら頭をかく。
侮られるのも嫌だが、これはこれで対処に困る。
さっきのラッドとかいうクソガキとの落差で風邪を引きそうだ。
「……うちのパーティメンバーがすみません」
見かねてやってきたのは、もう一人の少年冒険者。
「初めまして、レクスさん……でいいんですよね。僕はニュークと言います」
「ああ」
ニュークと名乗ったその少年は、四人の中で一番物腰が柔らかく、青色の髪をふわりと仕上げたその姿は、冒険者というよりやり手の商人のようだった。
杖を持っているし、今もこちらを胡散臭そうに眺めているラッドはあからさまに剣士だから、このニュークが魔導士なんだろう。
「こっちが一緒にパーティを作った仲間で、剣士のラッド。今、レクスさんにご迷惑をおかけしているのがヒーラーのマナ。それから……」
ニュークの視線が、奥に佇み、俺を油断なく見つめているもう一人の少女に移る。
豪奢とすら言える金色の髪と、すらりと整った顔の間から覗くのは、尖った耳。
いわゆるトールキン以降の、ゲーム世代が想像する典型的なエルフだ。
「…………」
野生の動物のような尖った雰囲気を持つ彼女は、二人分の視線を集めても何も答えなかった。
ただ、その唇が「レクス……」と小さく動いたのを、俺は見た。
「え、ええと……。彼女はアーチャーのプラナです。その、少し気難しいところがありまして……」
困ったように笑うニュークに、大丈夫だ、とうなずいてみせる。
俺も、自己紹介をしておいた方がいいだろう。
「知っているようだが、俺は冒険者のレクス・トーレンだ。このダンジョンに封印されている魔物が解放されそうだという話を聞いて、調査にきた」
「な、なるほど、だから……」
これで、先の醜態も一応はフォロー出来ただろうか。
納得した様子のニュークにほっと胸をなでおろす。
よしよし、ここはレクスっぽい口調で警告でもしておこうか。
「今回は問題なかったようだが、あまりここには近づかない方がいい。初心者のうちは、特にな」
「は、はい! みんな! 急いでここから撤収しよう!」
俺の言葉を素直に受け止め、帰還の指示を出すニューク。
ただ、そこに水を差したのが、赤髪の少年だった。
「けっ! そんな弱そうなおっさんがほんとにA級冒険者なのかよ! ベテランのフリしてオレたちを騙そうとしてんじゃねーか?」
「ラッド!!」
ニュークのいさめる言葉にもラッドはどこ吹く風だ。
剣を肩に担ぎながら、俺を挑戦的に見ている。
「……弱い犬ほど、よく吠える」
そこにさらなる混乱を追加したのは、今まで口を開いていなかったエルフの少女だった。
「プラナ! てめえ今なんつった!?」
「……野良犬がやかましい、と言った」
ラッドの矛先はすぐにプラナに向かい、二人は俺をそっちのけでにらみ合いを始めてしまった。
にらみ合う二人と、それからこんなことになってもいまだに俺の手を握って離さないマナを見ながら、俺は内心ため息をつく。
(こいつら、こんなにまとまりなかったのかよ)
そんな中、一人残された常識人のニュークと目が合うと、彼は「なんかすみません」と謝ってきた。
そんな彼に、俺は、
「……お前も、苦労するな」
そんな言葉をかけるくらいしか、出来ることはなかったのだった。
※ ※ ※
何とか場を収め、新人パーティの四人と帰路につく。
「すみません。護衛をしてもらって……」
申し訳なさそうなニュークに対して、首を振る。
「どうせ帰り道は同じだ。構わん」
鷹揚にそう答えるが、実際打算がない訳でもない。
剣士のラッド、魔導士のニューク、僧侶のマナ、アーチャーのプラナ。
性格はともかく、バランスは取れているパーティだろう。
ついでに言うと、彼らはイベントキャラクターだ。
ブレブレではゲームに登場する一般冒険者は名前も能力も容姿も全てランダムに決定されるが、彼らについては職業と能力傾向が固定。
さらに、素質値はランダムに決定するものの、平均よりは高くなるようにテコ入れがされている。
今は強いものの、これからの伸びに全く期待出来ないレクスとはまるで真逆。
彼らの将来が有望なのは間違いなく、これからもこの世界で生き抜くのであれば、縁を作っておくに越したことはない。
「……チッ!」
後ろで舌打ちしているラッドはどうかとは思うが、まあ一回りも違うガキのワガママと思えばそう腹も立たない。
「こっちだ」
新人たちを先導しながら、来た道を戻っていく。
大抵のダンジョンでは、一度奥にまで行くとショートカットが開通し、簡単に奥まで行けるようになる。
ただ、〈試しの洞窟〉は何度も来るような場所ではないせいか、例外的に奥までのショートカットがない。
行きで倒した敵が復活する訳ではないので、問題はないのだが……。
「討ち漏らしがいたか」
もうすぐ出口が見えるか、という辺りで、行く手に三つの影が見えた。
洞窟にやってきた直後にも出会った最弱のモンスター、ゴブリンだ。
「三匹かよ! ニューク! 魔法を……」
「いや、ここは俺がやろう」
剣を構えながら前に出ようとするラッドを制して、入れ替わるように前に出る。
そうして……。
(やれる、か?)
意識して眼に意識を集中。
スカウトの技能〈看破〉を使う。
―――――――
ゴブリン
LV 3
HP 61 MP 13
物攻 36 魔攻 0
物防 27 魔防 8
筋力 32 生命 24
魔力 0 精神 8
敏捷 16 集中 8
―――――――
(……こりゃ、何とも)
現実の世界にステータス画面が浮かんでいるのはシュールだが、ゲームと同じように技能が使えるのは朗報だ。
初戦闘ではパニックになって戦い方を試すどころじゃなかった。
ここらで一つ、自分のスペックを把握しておきたい。
それに、ガキ相手に大人げない、とは思うものの、ここで少し実力を示しておくのも悪くはないだろう。
「お、おい、おっさん無理すんなよ! 相手は三匹いるんだぞ!」
「問題ない。そこで見てろ」
なんだかんだで根がいい奴なんだろう。
焦ったようなラッドの言葉を流し、俺は敵の態勢が整う前にこちらから駆け寄り、感覚の教えるままに剣に魔力を流し込む。
「――Vスラッシュ!!」
その瞬間、剣にまとっていた魔力の質が、変化する。
腕が、そして剣が、まるで独立した生き物のように俺の制御を離れて動き出し、鮮やかなVの字を描く!
「ガ、アアッ!」
袈裟懸けに斬り下ろした一撃は先頭のゴブリンのこん棒を両断、返す刃で跳ね上げられた斬撃が、ゴブリンを絶命させる。
(よし。アーツは問題なく使えるな)
アーツというのはMP……マジックパワーを消費して使うことが出来る、物理系職業の必殺技だ。
ゲームでは右トリガーボタンを押し込んで武器に魔力をまとわせながらセットした技を入力することで発動出来たが、こっちでは割と感覚で発動させられるらしい。
「ガァアアアア!」
しかし、感慨に耽っている暇はない。
近くにいた一匹が斃れるゴブリンの脇を抜け、俺に向かってこん棒を振り下ろしてくる。
――んな雑な攻撃、通すかよ!
今度は、左手の小盾に魔力を通す。
盾も分類上は武器だが、利き手でない方の手に持った武器では、魔力を流してもアーツは使えない。
その代わりに……。
――パリィ!!
魔力のこもった盾を薙ぎ払うようにして、こん棒を弾く。
タイミングこそシビアだが、魔力をまとった盾で攻撃を払われた相手は、一定時間体勢を崩す。
「ガ、アァ!?」
ゴブリンの身体が、無防備に泳ぐ。
俺はがら空きになった頭に剣を叩き込んだ。
「……グ、ァ」
急所に一撃を受けたゴブリンは一瞬で絶命。
その場に崩れ落ちる。
これで、残りは一匹。
最後に残ったのは、こん棒の代わりにショートソードと盾を持ったゴブリンだった。
生意気にも盾を持ち上げるように構え、にらみ合いのかたちになる。
(さて、どうするか)
ゴブリンも警戒しているのか、盾を構えたまま、すぐには襲ってこない。
じりじりと俺の周りを回るように動くゴブリンを見ながら、俺は静かに唇を湿らす。
(強引に行っても、倒せる、が)
看破で見たゴブリンのステータスは低レベル帯相応のもの。
今の「レクス」の攻撃力なら盾ごとゴブリンを葬ることすら可能だろう。
だが、ここは可能な限り新しいことを試しておく場面か。
「ふっ!」
小さく息を吐いて少し身体を沈ませると、次の瞬間、俺は身体を大きく右に倒した。
(――これは、どうだ?)
もう一度、右手の剣に魔力を注ぐ。
使うのは先ほどと同じ、剣技アーツ〈Vスラッシュ〉。
ただ、今回は身体を右に傾け、脳裏に焼き付いた軌跡をなぞるように、自らの意志で剣を動かす。
放った一撃は構えた盾の下を抜け、鮮やかな斬線を描いてゴブリンの胴を横に薙ぐ。
「――Vスラッシュ!!」
もちろん、それだけでは終わらない。
掛け声と共に返す刀で跳ね上がった剣が、正中線を上に抜けて魔物の身体を切り裂いた。
「……ふぅ」
どうやら、うまくいったようだ。
身体の真ん中にでっかい線を入れられ、為すすべなく倒れるゴブリンを前に、俺は息を吐く。
「レクスさん、今のは?」
と、俺の後ろで戦いを見ていたニュークが驚きを露わに声をかけてきた。
「……今の?」
聞き返してから、ああ、と気付いた。
俺がさっき試したのは、アーツの「マニュアル発動」だ。
アーツは技を入力すれば正面に向かってオートで使ってくれるが、必殺技ボタンを押しながら自分でアーツの軌跡を正確になぞることでも発動する、というか、それが本来の仕様だ。
そもそもブレブレの売りは、モーションコントローラーを使った、まるで自分が武器を振っているかのようなリアルな剣戟バトル。
それなのに肝心の必殺技がボタンを押したらあとは見ているだけ、では片手落ちというものだろう。
実際、マニュアル発動の方が色々と応用が利くし、正確に軌跡をなぞることで威力や射程にボーナスもかかる。
そういう事情からプレイヤーが使う分にはマニュアルがいいのだが、NPCやモンスターがアーツをマニュアルで使っているのは見たことがなかった。
ちらりと後ろを見ると、俺をおっさんおっさんと言っていたラッドが、口を半開きにしてびっくりした目で俺を見ていた。
借り物の力でイキるのもどうかと思うが、正直に言ってしまうと気持ちいい。
「……そういう技術がある、ってことさ」
俺は必死でにやけ顔を隠し、気取った言い方で追及を逃れる。
顔を見られないように足を速め、だがそんな余裕が持てたのも、外からの光が見えるまでだった。
「赤、い?」
夕焼け、にしては時間が早すぎるような。
思ったよりも洞窟で時間を過ごしすぎたのだろうか。
なんとなく不吉な予感に駆られた俺たちは、誰ともなく走り出して出口を目指す。
そして……。
「――え?」
洞窟を出た俺たちは、思わず声を失った。
ここからでも、はっきりと分かる。
――西の空、アースの街が、燃えていた。
まだ続きます





