第百七十四話 パーティリーダー
エイプリルフールでは久々に人死にとか書けてちょっと新鮮でした
ミリしらも最初の不良戦辺りまではサツバツ感出そうと頑張ってたんですけど、結果的にはこっちよりもずっとほのぼのした感じに落ち着いちゃいましたし……
エイプリルフールの話を消すと通知とかぐちゃぐちゃになるので、しばらく残してほとぼり冷めた辺りで消しておくことにします
あ、あと感想欄で指摘があったので「暗殺教団」→「暗殺者ギルド」に修正しました
運のいいことに、王都行きの次の船は、報告を聞いた一時間後にはもう出航の予定だった。
「あー。また船旅かぁ。船だとやれることないんだよなぁ」
「ラッドはまだいいでしょ。僕は船酔いがひどかったから、今から憂鬱だよ」
ぼやきながらも楽しそうなラッドたちのあとについて、船へのタラップに足をかける。
だが、俺はどうしても、その先に足を進めることが出来なかった。
「……兄さん?」
異変を感じたレシリアが振り返る。
俺は彼女に対して「なんでもない」と言おうとして、結局言えなかった。
……分かってる。
今考えている心配が、杞憂に過ぎないなんてことは。
船に乗っている十日の間にレリックがさらわれてしまう可能性は低いし、仮にさらわれたとしても今のアインやフィンならいくらでも対処は可能だ。
それでも……。
「――悪い。やっぱり俺は、こいつには乗れない」
俺の胸に巣食う不安が、俺にそんな言葉を口にさせた。
「の、乗れないって……」
「どうしても、王都のことが気になるんだ。俺は一人で帰るよ」
そう俺が口にすると、みんなは驚きをあらわにした。
「でも馬車よりも船の方が早……って、まさか!」
「王都まで、走っていくつもりなんですか!?」
陸路より、海路の方が早い。
それは正しくはあるが、あくまでゲーム通りの交通手段を使った場合のこと。
俺やレシリアのような〈マニュアルアーツ〉の熟練者がアーツ全開で走れば、船よりもずっと早く目的地に着くことが出来る。
「無茶ですよ、兄さん! 道中にはモンスターだって出るんです! いくら兄さんだって、あれだけの距離は……」
レシリアが必死に引き留めてくるが、俺の心は決まっていた。
「自分でも馬鹿なことを言ってるとは思うさ。だけど、ここで全力を出さずに間に合わなかったら、きっと後悔すると思うんだよ」
「兄さん……」
それに、俺も全くの考えなしに行動しようとしている訳じゃない。
「奴らの予想よりも早くレリックを保護出来れば、こっちから暗殺者ギルドに一泡吹かせられるかもしれないしな」
イベントに対して、ゲームでは後手後手に対応することが多かった。
けれど暗殺者ギルドが全く予想もしてない間にレリックを助けられれば、今度はこっちが仕掛けることだって出来るかもしれないのだ。
「だからって……」
ラッドは何かを言いかけるが、それをレシリアが遮った。
「……兄さんの意志は、分かりました」
「レシリア!?」
抗議するようにラッドが声をあげるが、レシリアは俺をまっすぐに見て言った。
「でも、本当にいいんですか? 王都行きの船は今日を逃したら三日後まで出ません。あとで後悔しても……」
「大丈夫だ」
短い俺の返答に、何を読み取ったのか。
レシリアは、小さくため息をついた。
「――そこまでの覚悟があるなら、もう止めません。でも、私も勝手にさせていただきますよ」
そう言うなりさっさと船に渡って、そのまま振り返りもせずに船内に入っていってしまったのだった。
※ ※ ※
「……行った、か」
少しずつ遠くなっていく船影を見送って、俺は息をついた。
あれからラッドたちには引き留められたけれど、結局は説得して、全員を船に乗せることが出来た。
(……怒らせちまったかな)
気になるのは、やはり一人で船内に入ってしまったレシリアのこと。
ただ、今回は隠密性が一番大事になる。
だからこれでよかったんだ、と自分に言い聞かせた。
(……っと、それよりも)
あまり時間を無駄にする訳にもいかない。
「俺も、出発の準備をしないとな」
「ええ、そうですね。急ぎましょう」
その瞬間、隣から聞こえた声に、俺はギギギと音がしそうなほどにぎこちなく振り返る。
そこには案の定、先ほどの船に乗っていたはずのレシリアがいて、
「――勝手にさせていただきます、って言ったじゃないですか、兄さん」
してやったりという風に、不敵な笑顔を見せたのだった。
※ ※ ※
正直に言えば、レシリアが妙に物分かりが良すぎるとは思ったし、彼女が俺についてこようとすること自体は不思議じゃない。
問題は、その方法だ。
「ど、どうやってここに? 船には乗ってなかったのか?」
「乗りましたよ。むしろ、乗った『から』こそ、ここにいるんです」
意味が分からない。
俺が疑問符を浮かべていると、察しが悪いですね、とばかりにレシリアはこれみよがしにため息をついた。
「船が動いたことで、私と兄さんとの距離が『百メートル以上』離れたんですよ」
「百メートル……まさか!」
そこで俺はようやく、一つのアイテムの存在を思い出した。
それは、マナの「主人公」権限を利用して、この数ヶ月の間に見つけたマジックアイテムの一つ。
「――お前、〈パーティリード〉を使ったのか!」
俺の言葉に、レシリアは「正解」とばかりにうなずいた。
――〈パーティリード〉というのは、〈レベルストッパー〉と同様、ユーザーからの不満を解消するために作られたDLCの無料追加アイテムの一つだ。
ブレブレはNPCとリアルタイムで一緒に冒険が出来るアクションゲームだが、ゲームのNPCというのは地形に嵌まったり、ルート検索がバグって訳の分からない遠回りをしたり、とにかくプレイヤーの思う通りに動かず、はぐれてしまうことも多い。
そんな気ままなNPCをパーティのリーダーとして文字通りに牽引出来るのが、この〈パーティリード〉だ。
効果は実にシンプル。
このアイテムを使われた相手が、〈パーティリード〉の持ち主から百メートル以上離れると、強制的に持ち主の付近にワープされるのだ。
イベントの都合上、効果が発揮されない場所が多かったり、三人までしか対象に出来なかったりと欠点もあるが、これで仲間の迷子問題はずいぶんと緩和された。
俺もずっと狙っていたアイテムだから、マナの正体が分かった時点で早速獲得しにいった。
確かにこの効果を使ったなら、船に乗ったレシリアが俺の傍にいるのも分からなくはない。
ただ、それでもおかしなことがある。
「い、いや待った! 確かこれ、本人の同意なく使うことは出来なかったはずだぞ!」
敵対的なNPCやら護衛対象NPCやらに使えてしまったら、イベントがぶっ壊れてしまう。
だから、「本人の許可なく使えない」という体で使用対象に制限をかけていた。
ゲームではフレーバーだったものでも、この世界では立派なルールになる。
だから、こいつを気付かれずに俺に使うのは、いくらレシリアでも不可能なはず。
しかし、レシリアは余裕の態度で俺を見た。
「私が兄さんに使ったならそうですね。ですが、思い出してください。私はこのアイテムの効果で『兄さんの方へ』飛んできたんですよ」
「まさか……」
レシリアが俺に〈パーティリード〉を使ったのなら、「俺がレシリアの方へ」ワープしないとおかしい。
と、いうことは……。
俺の言葉に、レシリアはにっこりと笑った。
「――はい。兄さんが寝ている間に、『兄さんにアイテムを使ってもらった』んです。許可がいるのはあくまで『アイテムを使われる側』ですから」
な、なんて奴だ……。
こっそりと「相手が自分から離れないようにする」ならまだ分かる。
ちょっとストーカーっぽいけどまあ理解出来る範疇だ。
しかし、こっそり「自分が相手から離れられないようにする」ってのはなんだ?
そんなことを思いつく発想と実行力がなんかもう怖い。
そして一番怖いのは、もう数ヶ月以上この〈パーティリード〉の効果が効いていたはずなのに、俺が全くそれに気付かなかったこと。
(――レシリアの奴、これまでの数ヶ月で一度も俺から百メートル以上離れなかったってことかよ!)
この妹、レクスのことが好きすぎる!!
俺がレシリアの恐怖に震えていると、当のレシリアは特に変わったことはしていないと言わんばかりの平静な顔で口を開いた。
「よく考えてください、兄さん。〈パーティリード〉で結ばれた私がいることは、大きなメリットになるはずですよ」
「メリット?」
食いついた俺に、レシリアは大きくうなずいた。
「ここから王都まで移動する時、兄さん一人なら自分の足で全ての行程を進み続けなければいけません。でも、お互いに〈パーティリード〉を使い合えば……」
「あ、そうか」
先に進む方が〈パーティリード〉をもう一人の方に使えば、一人が進むだけで残りの一人も同じだけ移動することが出来る。
(車を交代で運転するようなもんか)
百メートルごとに自分の身体が勝手にワープするのは目が回りそうだが、体力的な面を考えるとそれは有用なように思われた。
「……分かった、分かったよ」
レシリアの説得に折れた訳じゃないが、どのみち船はもう行ってしまった。
ここでレシリアを放っておくという選択肢は俺にはなかった。
「ただその代わり、レシリアにもきちんと働いてもらうぞ」
「当然です」
釘を刺したつもりの俺の言葉に、なぜか嬉しそうに答えるレシリアに、もう一度ため息をつく。
まあ、こうなったらとことんまでこき使ってやるだけだ。
「レシリア。ここから王都まで、全力で走ったらどのくらいで着くと思う」
「……そうですね。トラブルがなければ海路の半分、五日ほどで辿り着けるのではないかと」
レシリアの言葉に、俺もうなずいた。
大体、俺の見立てと同じだ。
「なら、最低でも五日分の食料、いや、余裕を見て七日分くらいの食料と水は欲しいな。それから……」
こうして、頼もしくも恐ろしい相棒と一緒に、俺は帰還の準備を始めたのだった。
※ ※ ※
そして、ラッドたちと別れてから、きっかり五日後。
「……この門を見るのも、数ヶ月ぶりだなぁ」
俺とレシリアは無事に王都の正門の前に立っていた。
(ここまで、大変だったなぁ)
様々な苦労と計算外の要素があったが、それでもレシリアと力を合わせ、どうにか予定通りにここまで来られた。
俺が柄にもない感慨に浸っていると、
「――レクスさん!!」
俺の名前を呼ぶ大きな声がして、俺は顔を上げる。
「リリー!」
そこにいたのは、男性の理想を具現化したかのような、控えめな美人。
突然響いた大声と本人の美貌に注目が集まるが、それも不思議だとは思えないほどの魅力的な姿。
(……ん?)
だが、どうも様子がおかしい。
切羽詰まったような表情をした彼女は、一目散に俺に駆けてきて、
「レクスさん!!」
もう一度俺の名前を呼んで、飛びつくようにして俺の胸に飛び込んできたのだ。
(え、えぇっ!?)
完全な不意打ちに、俺は成す術もなく彼女の身体を受け止めるほかなかった。
予想外の事態と身体の前面に押しつけられた柔らかさに俺は目を白黒させるが、横から突き刺さる冷たい視線に、かろうじて我に返る。
「ど、どうした?」
動揺を押し隠しながら俺が何とか返答を絞り出すと、
「……た、大変、なんです」
ハッとした彼女は俺を見上げ、そして深刻そうな顔でこう叫んだ。
「――アイン王子の弟が、仮面を被った男にさらわれました!!」
消えた弟!
次回更新は明日!





