第百七十話 神の力
(日付上は)本日二回目の更新なので注意!
速筆すぎて毎日更新を超えてしまった!!
――水神に何をもらうかは、そこで表示される三択の選択肢で決まる。
そこで「強くなりたい」を選ぶと、パーティ全員の〈精神〉の値が二十上がり、「装備が欲しい」を選ぶと〈水龍の衣〉というほどほどに強力な防具をもらえる。
問題は、三つ目の選択肢。
一番下にある「(無言で武器を構える)」を選ぶと「不遜な人間め。その傲慢を正してくれよう!」という水神の台詞と共に戦闘が始まるのだが、この水神が驚異的な強さ。
レベル七十もあればクリア出来るゲームなのに、相手のレベルは五百超。
しかもシステム上先制攻撃や事前のバフなども出来ず、状態異常も一切効かない相手ということもあって、撃破は不可能だと思われていた。
だが、ブレブレの攻略掲示板には一度だけ、〈水神〉の撃破報告があった。
俺も偶然居合わせたのだが、ある日ブレブレの掲示板に、こんな書き込みがされたのだ。
「水神倒しまくってドロ厳選してたらめっちゃ強い装備出たわwww」
ちなみにその当時はまだノーマルエンドのクリア報告すらほとんどなく、DLCも一つも出ていないような時代。
それに対して神の強さは初期から変わってない訳で、普通に考えて勝てるはずがない。
当然スレも「ウソつくな」だの「はいはい構ってちゃん乙」だのというレスが並んだが、当の本人は、
「まっおれアクション上手いんでww」
と自信満々。
さらに「証拠見せろ」とのレスに対して「ええで」と即レスを返し、次の書き込みで本当に画像を貼ってきた。
貼られた画像は二枚。
水神を撃破した時のスクリーンショットと、それから、
「……〈水神の衣〉?」
礼としてもらえる〈水龍の衣〉と似たデザインの、しかし明らかに豪華な装飾がついた〈水神の衣〉という装備を写した画像だった。
もちろん、そんな装備はブレブレの攻略掲示板でも全く報告がないものだ。
その時点ですでに驚いていたが、その〈水神の衣〉の性能欄に視線を移した瞬間に、俺は大きく目を見開いていた。
「……は?」
当時の俺が知っていた一番強い鎧、店売り最強の防具の三倍近い防御力を誇り、さらに水耐性に水魔法強化の特殊能力付き。
それだけでなく、さらにトドメとばかりに最後に目に飛び込んできたのは、衝撃的な数字。
「――筋力、プラス255?」
脳が理解を拒むほどの、圧倒的なステータスアップ。
(なんだよ、そりゃ)
当時の俺はまだまだ一周目の半ばで、「主人公」のレベルもまだ二十そこそこ。
ステータスの中で一番高かった筋力の値も、まだ二百を超えたばかりだった。
いや、今となっては低めに思えるが、当時はこれでもかなり苦労して試行錯誤をした結果だったし、「やっとレクスの筋力値を超えた」と無邪気に喜んでいたのだ。
それが……。
(これ一つつけるだけで、俺が頑張って育ててきたキャラを超えちまうのかよ!)
ふざけるな、とか、羨ましい、という思いと同時に、俺も絶対に手に入れてやる、と決意を新たにしたのは言うまでもない。
……まあその後、スクリーンショットの端に映っていたステータスの数値が通常プレイじゃありえないことから、アクション上手いさんのチート使用が発覚。
ほかのスレ住人と口論になって、最終的に「こんなクソゲー頼まれてももうやらんわ!じゃあの!!」という絵に描いたような捨て台詞を残して去っていった、というしょっぱい顛末があったりするのだが、まあそれはこの際どうでもいい。
重要なのは、アクション上手いさんがチートでいじっていたのはおそらく能力値だけだということ。
つまり、〈水の神〉がシステム上は撃破可能なことも、倒せばその装備が手に入る可能性があることも、事実だという訳だ。
……ただ、「神」の壁は高かった。
一周目の途中でクリアを断念したデータでは、〈神の座〉に辿り着くことすら出来ずに終了。
色んな知識を貯めてやり直した二周目では〈神の座〉に行くことは出来たが、水神に挑んだ直後に瞬殺。
もう一度挑もうと思う気が出ないほどに一瞬で蹴散らされた。
そうして、俺の夢は露と消えた訳だが……。
(ゲームが現実になった「今」なら……!)
グッと、拳を握りしめる。
ゲームで神に対して手も足も出なかったのは、搦め手の類が一切使えなかったというのも大きい。
少しでも敵対行動を取ろうとすると、「お前たちに〈神の座〉に立ち入る資格はないようだ」と言われて追い返され、二度と入れなくなってしまうのだ(N敗)。
しかもその判定が異様に厳しく、武器を振ることはもちろん、魔法やアイテムも全て禁止。
いや、回復アイテムくらいいいだろ、と思ったが、その辺の融通は一切利かなかった。
(だが、ここは現実。実害のなさそうな行動なら、見逃してもらえる可能性はあるはず!)
活路は、そこにある。
あとはミズツバメの巣で手に入れたアイテムを使えば……。
「――行こう」
気負う必要はない。
当たり前のことを当たり前にやれば、きっと結果はついてくる。
俺は一度だけ仲間たちを振り返ると、〈神の座〉への入口である水の扉に手を伸ばした。
※ ※ ※
その空間に入った瞬間に、凄まじい圧力が俺を襲った。
「……うっ!」
隣から、吐くのを無理矢理堪えたような、押し殺した声が漏れる。
「これは、〈真闇の迷宮〉と同じ。いえ、それ以上の……」
あのレシリアまでが、青い顔をしてよろめいている。
だが、俺にそれを気にする余裕もなかった。
「……ぐ。これ、が」
〈真闇の迷宮〉や〈闇の像〉を前にしても感じなかった凄まじい圧力に、俺もその場に立っているのがやっとだった。
――これが、神の力。
おそらく、これは神が意図的に出している力という訳じゃない。
ただその存在から漏れ出るだけの魔力が、ただの人である俺たちにとっては凄まじい圧力に感じられるという、それだけの話。
(……甘く、見ていた)
確かにゲームでは、戦った直後に瞬殺され、格の違いを思い知らされた。
それでもその時は「神」もただのデータで、「強い」なんていうのは数字だけの話だった。
だが、「この世界」ではそうじゃない。
――お前と自分では、存在のステージが違う。
言葉なき言葉で、圧倒的な存在感で、それを直接心に叩きつけられる。
ただその場に立っているだけで体力が、気力が削られ、その場に膝をつきそうになる。
だが……。
「――関係、ねえ!」
それでも俺は、一歩を踏み出した。
たとえ〈水神〉がどれだけ強大で恐ろしい存在であろうが、そんなもの関係ない。
それが俺の目的を、俺の歩みを阻む理由になんてならない。
「……付き合わせちまって、悪かったな」
ただ、それにみんなを巻き込むかどうかは、また別の話だ。
俺は前を向いたまま、告げる。
「お前たちは広場で待っていてくれ。万が一の時、死ぬのは俺一人で……」
だが、言いかけた俺の手に、冷たい手が重ねられた。
「……何を、言ってるんですか、兄さん」
レシリアだった。
血の気の引いた顔で、それでも今生の妹は、不敵に笑ってみせる。
「もう、前みたいに止めはしません。行く先が地獄の果てでも天国でも、絶対について行きますから」
「レシ、リア……」
だが、驚くのはまだ早かった。
「へっ! 神様にケンカ売ろうってんだろ? 上等じゃねえか!」
「わたしも……! レクスさんへの恩、返し切れて、ないですから!」
ラッドが、マナが、おぼつかない足取りで、けれど確かに前に進み、俺の隣に並び立つ。
見れば、この場にいた誰一人として、後ろに下がろうとはしていなかった。
「……全く、お前らは大した奴らだよ」
そんな覚悟を前にして、俺は帰れとは言えなかった。
ただ、短く、
「……行くぞ」
とだけ告げて、前を向く。
もう振り向きはしない。
ただ、後ろに仲間がいるというその事実が、無形の後押しとなって神に立ち向かう力をくれた。
一歩ずつ強くなる圧をかき分けるように、ただ前へ。
右手に握ったアイテム、あのミズツバメの巣で手に入れた「切り札」をお守り代わりに握りしめて、無言で歩を進める。
「〈水神ウィーナ〉……」
そして、ついに……。
神へと進化した水龍、その正面に立つ。
《――小さき客人よ。汝の望みを言うがよい》
巨大な水の龍が口にするのは、ゲームと同じで、しかしまるで重みの違う文言。
提示されたのはやはり、二つの選択肢。
しかし、俺は迷わない。
「俺の願いは、そのどちらでもない。俺が望むのは、一つだけ――」
選ぶのは、三つ目の選択肢。
そこにいるだけで発される凄まじい圧力にも、人を超えた威容にも、俺は一歩も引かない。
ただ、強く握っていた右手を開き、そこに置かれた可愛い猫の模様が描かれた〈黒猫の祝福コイン〉を差し出すように掲げ、フランクに頼んだ。
「――ちょっとここで、ミミック狩りしてってもいい?」
……と。
そして、十分後。
本来はレベル五百超えの「神」だけしかいないはずの空間に、大量のミミックを持ち込んで黒猫の祝福状態で倒した結果。
「スティールメイス、筋力値プラス188。……アイアングリーブ、敏捷値プラス203。……スティールアーマー、精神値プラス127。……綺麗な指輪、魔力値、プラス255! ……ふ、ふふ、あははははははははぁ!!」
俺たちは目がくらむほどの数の、神の力が宿った装備を手に入れたのだった。
夢の装備、ゲットだぜ!!
次回で「主人公じゃない!」の連続更新は一段落の予定
あとは永久機関の可能性にご期待ください





