第百六十六話 人気の理由
寒気もいよいよ厳しくなり、昨年の秋ごろからお姿を拝見していないエアコンのリモコンが恋しい季節となって参りましたが、皆さんいかがお過ごしでしょうか?
昨日一文字も書かなかったので当然書き溜めは全く増えませんでしたが、わたしは元気です!
マナが間違いなく「主人公」であることは、あの話し合いの翌日、すぐに証明されることになった。
「イベントが、イベントが、始まっている……!」
事前に俺やレシリアが訪ねても一切反応しなかったワールドイベントが、マナがやってきただけであっさりと開始されたのだ。
……まあ、ワールドイベントとは言っても、正確には進行次第でワールドイベントに派生する可能性のあるサブイベントの一つ。
しかもイベントフラグこそ折れてはいないものの、今やってるイベントの派生先は水の大精霊関連のもの。
大精霊を神にしてしまった以上、ぶっちゃけもうゲーム的にはほぼ不要なものなのだが、でも今はそんなことはどうでもいいんだ。
重要なことじゃない。
それよりも、マナが本当の「主人公」であり、その気になれば俺たちがどうやっても開始させられなかったほかのワールドイベントや、「勇者」もしくは「聖女」じゃないと発生させられない一般イベントを実際に始められる、という事実が大事なんだ。
(やっと……。やっと、ここまで来た)
どうやっても取得出来ないイベントフラグを眺め、おいしいイベントを知りながらも指をくわえて待つだけの日々はもう終わった。
ついに原作知識を悪用し、割のいいイベントだけを好きに食い散らかすボーナスタイムがやってきたのだ!
「ど、どうですか?」
俺が長い雌伏の時を思い出して目じりに浮かんだ涙をぬぐっていると、今日のMVPにして、俺たちの救世主である「聖女」様が戻ってきた。
「ああ、完璧だ!」
この時ばかりはレクスムーブも忘れて笑顔で親指を立ててみせると、マナも「え、えへへ」と照れ笑いしながら、胸元の辺りで控えめに小さなVサインを作って返してくれた。
いい子だ……。
(……しかし本当に、マナ様々だな)
これで、転生直後から俺を悩ませてきた、この世界の「攻略」における最大の懸念は解決した。
しかも、マナの協力がもたらしてくれたのは、これだけじゃないのだ。
それはこの世界を「攻略」するにあたって、絶対に必要になる武器。
あるいは「主人公フラグ」よりも、大きな価値を持つもの。
――リメイク版〈ブレイブ&ブレイド〉に関する「情報」だ。
※ ※ ※
実は、マナと協力することを決めたあとの方が、話は長くなった。
それは、マナが持っていた情報が俺が想像していた以上に多かったからだ。
言ってしまえば、マナはゲーム初心者。
それも、ブレブレをあまりやったことないだけでなく、ゲーム自体をほとんどやってこなかった、初心者の中の初心者だ。
正直、無印ブレブレとブレブレGPの違いなんて、全く把握してないと思っていたが……。
「それなら由佳……あ、由佳はわたしにブレブレを薦めてくれた友達で、ブレブレにもすっごい詳しいんですけど、その子が聞いてもないのにすごい語ってきたから、ちゃんと覚えてます!」
と、自信満々に言ってくれた。
……いや、うん。
俺の立場からするとファインプレーと言うしかないが、こんないい子にこんなこと言わせるって、その由佳って子はどんだけなんだよ。
ドヤ顔早口でブレブレ知識を語る脳内由佳ちゃん(妄想)にため息をつき、「そういうとこだぞオタクちゃん」と何目線か分からない苦言を呈してから、マナの話を聞いた。
「はい! 由佳が言うには、ブレブレがGPになって変わったところは五つあって……」
そうして、彼女が語ってくれたのは以下の五点だ。
1.女主人公
2.聖女モード
3.DLC全部入り
4.キャライベント調整
5.無印版のバグ修正
まず、1の女主人公については分かりやすい。
それぞれの「出自」に男女の選択が追加され、女性主人公を選ぶことが出来るようになった。
ただ、男女でキャラ性能やストーリーに大きな差はなく、ただ台詞が少し改変されるほか、ほんの一部だけ性別限定のイベントや、特定の性別じゃないと恋愛イベントが見れないキャラクターなどがいる程度の違いしかないらしい。
そして、言うまでもなく戦闘への影響が大きいのは2の「聖女モード」だ。
正確には「聖人・聖女モード」というらしく、「主人公」を〈光の勇者〉ではなく「勇者を選ぶ力を持つ聖人」とするモードで、男だった場合は〈聖人〉、女だった場合は〈聖女〉となる。
どうも説明を聞く限りでは、〈光の聖女〉はサポート寄りではあるが、能力自体の強さは「勇者モード」の「主人公」に迫るほど。
さらに誰か一人に〈光輝の剣〉をはじめとした勇者の力を与えることが出来るらしいというのだから、これはもう実質的に「主人公」が二人になるようなものだろう。
しかも、誰に勇者の力を与えるかは、その時その時で選ぶことが出来るらしいというのだから、至れり尽くせりだ。
「あ、でもその、相手と仲がいいほど勇者としての力も強くなるそうですし、最終的には誰か一人を勇者に選ばなきゃいけないみたいですけど」
という補足はあったものの、やはり難易度緩和を目的としたモードだけあって、「勇者モード」の時よりプレイヤー側の戦力が大きく充実するのは間違いないだろう。
ただ反面、このモードもストーリーへの影響は大きくないらしい。
主人公の性別と同様、台詞の一部と、一部のキャラクターのイベントにのみ影響して、メインストーリーに関しては「勇者」を選んでも「聖女」を選んでも大体同じ流れになるそうだ。
あとは、ゲームにおける「勇者」に関する伝説が「聖女と勇者」に関する伝説に置き換わるというのが大きな変更点だろうか。
3のDLC全部入りについてはそのままだ。
リメイクではよくあることだが、ブレブレGPには無印に入っていたり入る予定だった有料の追加コンテンツが、全て標準実装されて売られているらしい。
それは血涙が出そうなほど羨ましい事実だったが、そのせいであまりに簡単に手に入りすぎていたDLCアイテムの入手方法が一部調整されているそうだ。
(あぁ、だからDLC第四弾のセーフハウスが百億ウェンなんて値段設定になってたのか)
あのセーフハウスは、DLCを導入したらすぐに利用出来るものだったはず。
それが突然購入式になったのは、裏にそういう事情があったからと分かれば、納得は出来る。
(まあ、そりゃそうか。セーフハウスは序盤に手に入ったら明らかにゲームバランス壊れるしな)
ある意味で「追加コンテンツだから唐突に手に入ってもしょうがない」「お金を払ったんだからぶっ壊れ性能でももう許せるぞ」とお目こぼしされていたものが、標準実装になったことで免罪符を失った形だ。
無料になることが必ずしもいいことって訳じゃないんだな、と教訓を残して、次へ。
4のキャライベントの調整については、マナの話はちょっと曖昧だった。
「『〇〇に生存イベントが!』とか、『〇〇にエンディングが!』って由佳は興奮して一人で色々話してたんですけど、わたしはそもそも、既存のキャラもあんまり知らなかったので……」
マナが知っているのは、序盤の数時間で出会えたキャラと、プレイ前に読んだ設定資料集に載っているキャラだけ。
そりゃあそんなこと熱く語られても共感は出来ないだろう。
ただ、実装後のアンケートであまりにも不評だったため、「一人だけイベント調整の範疇を超えて、性別も性格も変えられて別人になったキャラがいる」という話はよく覚えているとマナは話してくれた。
(いや、それ、もしかしなくても……)
絶対に、リリーのことだろう。
マナはそのキャラとリリーを結びつけてはいないようだが、あの男の娘キャラだった「ゲームのリリー」の悪辣さとそれを見たプレイヤーたちの反応も、転生してから実際に会って話した「こっちの世界のリリー」が男じゃなかった驚きも、どちらも俺の記憶には焼きついている。
さらに言えば、こっちのリリーはゲームのリリーの姉に当たる設定なので、厳密には正しく別人だが、まあこの辺はいいだろう。
「あ、ちなみに由佳は、その性別が変わったキャラの元の状態も見てみたいからって、わざわざ無印のブレブレを買ってそっちもプレイしたみたいですよ」
とニコニコ顔で話してくれたが、由佳ちゃんが強者すぎる。
そして最後。
5のバグ修正についてだが、進行不能バグや、あまりにも有名になりすぎたバグ技を中心に修正が入ったという。
(やっぱり、〈不死なる者の迷い路〉の骸骨の無限稼ぎが不可能になったのはリメイクで修正が入ったからか)
ただ、ブレブレにはそれ以外にも数多くの抜け道や仕様の穴をつくテクニックがあったが、それらについてはあまり積極的に潰そうとはしなかったらしい。
それは何も人手が足りないとかめんどくさいとか、ゲーム完成前にプログラマーが逃げたとかいう話ではなく、「高い難易度の厳しい世界を、プレイヤーの創意工夫で生き抜くのがこのゲームの醍醐味」と開発が認識しているからだとか。
「……なるほど、なぁ」
全てを聞いた俺が思ったのは、このリメイクが「正統派なリメイク」でよかったな、ということ。
いくつかパワーアップしている面はあるものの、基本的には「無印ブレブレのよさを活かす」方向にリメイクしてくれたのは、俺にとってはベストだったと言える。
リメイクで急にゲームのジャンルが変わってしまっていたり、突然「新しい戦闘システムとしてバフカードを導入します!」とかなっていたら、俺は今以上に苦労していただろう。
それでも細かく振り返ってみれば変わっている部分も確かにあって、俺が「自分のゲーム知識と違う」と思ったところはほとんどが「リメイクによる変化」だったと分かる。
この細かい違いを「ゲームが現実化したからだろう」と思って無視せずに深く突き詰めていれば、ともつい考えてしまうが、今重要なのはこれからのことだ。
「つまり、無印のブレブレと、ブレブレGPには、難易度やストーリーに大きな違いはないってことだな」
「は、はい! 由佳が言うには『闇の御子』のストーリーだけやたらクリアが難しかったから難易度が調整されたらしいですけど、それ以外はほとんど無印と同じバランスだって言ってました!」
「あ、ああ、《捧げられた闇の御子》か」
それも、無印既プレイの身としては納得しかない。
期間が短い上に街の施設をほとんど使えない《捧げられた闇の御子》スタートは、二周目以降限定とはいえ、難易度が常軌を逸していた。
逆に言えば、開発が「難しい」と判断するのはそのレベルからだという事実に震えを覚えるが、まあそれは今さらだろう。
そして、今さらになって引っかかることがあった。
「……んー。だけど、よくストーリー据え置きでゴーサイン出したな」
コントローラーのことがあったとはいえ、全く売れなかったタイトルだ。
ストーリーにテコ入れをほとんどしなかったのは、ちょっと無謀にも思える。
ゲームの評価としては、少なくともブレブレ買った層の中でも賛否両論だったのに……とそこまで考えて、俺がプレイしていた時と、リメイク当時では、状況が変わっていたことを思い出した。
「ああ、いや。そういえば、ストーリーは再評価されたのか。きっかけは……実況動画だったか?」
「動画というか、実況アーカイブみたいですけど。とある有名実況者がブレブレの初見実況をやってて、それが人気になったっていうのは聞きました」
マナはそう話してくれたけど、やはりしっくりは来ない。
「よっぽど有名な実況者がブレブレをやったの、か。ただ、それだけでそんな話題になるもんか?」
「そ、それはどうなんでしょうか。ただ、ブレブレ実況の最終回は、その人の配信でも有数の神回って言われてるとか、由佳は言ってましたけど」
……正直、ますます分からない。
進め方にもよるが、堅実かつ順調に進めていればいるほど、ブレブレのラスボスは弱体化して盛り上がりはなくなり、しかもラスボスを倒してゲームをクリアしても、打ち切り漫画みたいな盛り上がりようのないエンディングしかなく、キャラの後日談すら流れない。
最終回で盛り下がるなら分かるが、神回と呼ばれるなんて、あまりにもブレブレのイメージとズレている。
マナと二人、うーんうーんと首をひねっていたが、「あ、でも……」と不意に何かを思いついた彼女は顔を上げ、
「――その人は配信で、当時誰も見つけてなかった『真エンド』っていうのを、発見したらしいですよ!」
なんてことないことを告げるように、そんな爆弾を落としたのだった。
思わぬ光明!
俺は、止まんねえからよ……
評価とか感想とかで応援、おねがいしま……





