第百六十五話 スタートライン
癖になってんだ、23時59分に投稿するの
「……そういう、こと、だったのか」
そうして、マナの長い長い話は、終わった。
やっぱりマナが俺の助けようとした女の子だったこと。
俺をこの世界に「転生」させてくれたのがマナだったこと。
色々と見えてきたものはあるし、考えなくてはいけないことも多いが、とにかくまず、思うことは……。
(早く言ってくれよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!)
マナはもう俺が育成講座を始めた頃には俺の正体に気付いていたみたいだし、もしその時に自分が「主人公だ」と名乗り出てくれたら、これまでの日々は劇的に楽になっていただろう。
少なくとも、俺がいつまで経っても見つからない「主人公」に対して、胃の痛い日々を過ごすことはなくなっていたはずだ。
でもまあ、うん。
(……それについては、お互い様か)
俺がラッドたちに素直に自分の境遇を伝えたり、「主人公」を捜していることを打ち明けていれば、その時点で終わっていた話だ。
(まさか、俺の完全で無欠なレクスムーブがこんな害を生んでしまうなんて、な)
初めはあんなクールなキャラの真似なんて出来るだろうかと不安に思っていたが、蓋を開けてみればゲーム時代のレクスのファンだったというマナでさえ一片の疑いを持たせずに騙し切ってしまったのだから、自分の才能が怖い。
……ただ、気になったのは能力値だ。
いくら俺やマナがすれ違いを演じていたとしても、能力値は嘘をつかない。
もしや「聖女」だと「勇者」よりも能力が低かったりするのか、と思ったところで、マナが妙なことを言っていたことを思い出した。
「そういえば、俺が教えた素質値が間違ってたってのは……」
「あ、はい。わたしの素質、レクスさんが教えてくれたのとちょっと違うはずなんです」
由佳と話しながら決めて印象に残ってるから、たぶん記憶違いとかじゃないと思います、と語ったマナの目には確かな自信があるように見える。
そして、そう言われて思い起こしてみると、そういえば違和感はあった。
算出された素質値から考えると、マナの能力値は妙に魔法系に寄っているように感じたのだ。
「わ、悪い。ちょっと計算させてくれ」
言いながら、インベントリの中から手帳を取り出す。
ラッドたちの能力値の変動については、メモとして残してある。
手元のメモを横目に、計測した通りの素質値と職業でマナがレベルアップしたらどんな能力値になるか、試しに計算をし直してみると、
(た、確かに、この能力値はおかしい……!)
俺が算出した素質値の通りに成長計算すると、こんな風に育つはずがない。
具体的に言えば、魔法関連の値が異様に高く、近接関連の値が想定よりも低い。
レベルアップ以外でも成長はするし、マナは精神の訓練になる「祈り」をずっとやっていたからそこまで気にしていなかったが、よくよく考えれば訓練だけで精神がここまで伸びるのはおかしい。
――だが、より決定的なのは、筋力の数値が計算よりも「低い」こと。
どんな訓練をどれだけしたとしても、能力値が本来の能力値よりも「下がる」ことはない。
だから、この筋力値は本来ありえない値なのだ。
そこで俺は、やっと自分がやらかしていた最大の見落としに気付いた。
(……ああ、そうか! 初期職業!!)
俺はマナの素質を算出しようとした時点では、女性が「主人公」である可能性なんて考慮してなかった。
だからマナの職業は「主人公」の仲間の回復キャラに割り当てられる、精神を中心に補正が六入る基本職業〈プリースト〉だと決めつけて計算を行い、その素質値は「二十一」だと結論付けた。
だが、本当のマナの初期職業が《冒険者に憧れる都会の少年》と同じ、補正値が二しかない〈ヤングレオ〉だったとしたら?
六の補正があると思っていたのが実際には二しかなかった訳だから、補正抜きの素質値は俺の想定よりも「四」高くなる。
つまりはマナの本当の素質値は「二十一」よりも四つ高い「二十五」になる訳で、つまり……。
(――ブレブレ主人公の条件、そのまんまじゃねえか!!)
自分で自分にツッコんで、ズーンと落ち込む。
(や、やっちまったあああああああ!!)
あの時に手間を惜しまず、ちゃんと一人ずつしっかりとレベルアップさせて実際の能力の推移を確かめていれば、なんて今さらな後悔が押し寄せる。
「あ、あの、大丈夫ですか、レクスさん」
俺の落ち込みようがあまりにひどかったせいか、マナにそんな言葉をかけられ、俺はかろうじて立ち直った。
「あ、ああ。問題ない」
いや、問題だらけなんだが、一応大人として、そしてマナの憧れのキャラに転生した身の上として、こんな姿は見せられない。
……それに。
あまりの驚きにかまけて、俺は一番大事なことを伝え忘れていたことに、今さらながらに気付いたのだ。
「あー、その、なんだ」
こういうのは、どうしたって照れくさい。
ただ、避ける訳にはいかないと、俺は居住まいを正すと、意識して真剣な表情を作る。
「マナ。……いや、真名」
「は、はい!」
俺は、今の自分で出来る限りの誠実さで、彼女に正面から向き合って、
「――俺を、この世界に連れてきてくれて、ありがとう」
ただ、大きく頭を下げた。
「え……?」
「さっきは『自分の巻き添えで転生させちゃって申し訳ない』みたいなことを言ってたけどな。あのままじゃ俺はただ死んでただけだったし、なんだかんだ言って、俺はこの世界をめちゃくちゃ気に入ってるんだ」
というか、むしろちゃんと助けてあげられてなくて俺の方こそ申し訳ない。
いやー、いいことしたなーみたいな気分でいたんだけど、まさか助けられていなかったとは。
「だから、ありがとう。俺は、君のおかげで救われたよ」
少しでもまっすぐ気持ちが届くように、「レクス」ではない、「俺」としての言葉を紡ぐ。
そんな俺に対して、彼女はどこまでも謙虚に、焦った様子で手を振って、
「そ、そんな……。わたしの方こそ、たすけ、られて、ばっかり、で……あ、あれ?」
不意に彼女の頬を、つぅっと光るものが伝った。
「え? あ、あれ?」
まるで堰を切ったようにポロポロと溢れ落ちていく涙の雫に、本人である彼女が一番混乱していた。
「おかしい、な? わ、わたし、ただ、レクスさんに伝えなきゃって、別に、こんな……あれ?」
自分がなぜ泣いているのかも分からず、戸惑った表情のマナ。
だが、考えてみれば当然だ。
今までただの高校生だった彼女が、突然別の世界に放り込まれ、自分のことを誰にも打ち明けられないまま、ずっと気を張って生きてきたんだ。
だから、俺は、俺が一番かけてほしい言葉を、彼女に贈った。
「今まで、一人でよく頑張ったな。……もう、大丈夫だ」
その言葉を聞いた瞬間、彼女の顔が、くしゃっと崩れる。
抑えた指からこぼれるように涙が一気に溢れ出し、そして、
「――う、ぁ、うぁああああああああああ!!」
迷子になった幼子のように俺に縋りつき、子供に帰ったかのように泣きじゃくる彼女を、俺は優しく受け止めたのだった。
※ ※ ※
(さぁて、と……)
俺の胸ですすり泣くマナの背中をぎこちない手つきでぽんぽんと叩きながら、さっきからずっと目を逸らしてきた「一番重要な問題」に思いを巡らせる。
つまり……。
(――え、俺、この子に悪神討伐押しつけるの!? マジで!?)
という問題である。
いや、なんというか、最初に思いついた時、「主人公」というのは俺にとっては見知らぬ誰かであり、はっきりと言えばゲームの登場人物という感覚だった。
それが知り合いの、しかも俺を頼って泣いている年下の女の子だと分かってから自分の計画を見直すと、「あれ? もしかして結構鬼畜なのでは」と思ってしまうのだ。
(というか、この子に任せたら絶対、途中で死んじゃうよな!?)
彼女はゲーム知識の豊富な転生者でも、才能と気力に満ち溢れた勇者でもなかった。
俺と同じ、思いがけず数奇な運命に巻き込まれた「一般人」。
それが、俺の探し求めていた「主人公」の正体だったのだ。
(……はぁ)
マナには気付かれないように、こっそりとため息をつく。
そうして、ようやく落ち着いた様子のマナに、そっと語りかけた。
「マナ。何も分からずにこっちの世界に来た君には、酷なことを言うかもしれない。だけど、この世界には『主人公』の力が必要なんだ。だから……」
俺の言葉に、どこか怯えたような表情を見せる彼女に、それでも俺は言った。
「――俺と一緒に、世界を救ってくれないか?」
……と。
(ああ、クソ! 「主人公」さえ見つかったら、万事解決! ……そう、思ってたのになぁ!)
ただ、今さらマナやラッドたちを置いて、世界のこともほっぽりだして、「あとは任せた」なんて、出来るはずがない。
きょとん、とした表情のマナに、俺は言葉を重ねる。
「マナの『主人公』としての力だけでも、俺の知識だけでも、この先はやっていけない。だから、力を合わせたいんだ。……ダメ、か?」
呆然と俺を見上げていたマナの瞳に、少しずつ意志の輝きが戻ってくる。
彼女はそっと、名残惜しそうに俺の胸から離れると、しっかりと自分の足で立って、俺と向かい合う。
「『あなた』がどう思っていても、やっぱりわたしにとって、『あなた』は一番の、そして最高の恩人で、だからわたしは、『あなた』のためなら、何でも出来るし、何でもします! だからこちらこそ、お願いします。わたしはまだ、半人前の『聖女』ですけど……」
そうして彼女は、煌めくような、俺の思い描く「聖女」そのもののような笑顔を浮かべ、
「――どうかわたしを、導いてください!」
彼女の小さな、でも力強い手が、まっすぐに伸ばされた。
その意図が察せないほど、俺も鈍感じゃあない。
「ああ、喜んで!」
俺は力強くうなずき、彼女の手に向かって自らの手を伸ばす。
そして、
「……へ?」
彼女の右手に、「ドン!」と分厚い紙の束を乗せた。
「……あ、あの。これ、は?」
「こんなこともあろうかと書き溜めておいた、『主人公』の行動表だ! これからやるべきこと、立てた方がいいフラグやアイテムなんかを全部まとめておいた!」
いやぁ、備えあれば憂いなしとは本当だな。
ストレス発散も兼ね、いつか「主人公」と会った時のためにこうやって書き続けていたものが日の目を見るのは、やっぱり感慨深いものがある。
(うん。引退は出来なかったけど、これだって別に悪くないよな!)
やっぱり、ものは考えようだ。
流石にマナに一人でイベントをやらせるようなことは出来ないが、それは考え方を変えれば、俺の好きなように「主人公」のフラグを管理出来るということ!
つまりそれは、自由に使える「完全イベント発生チケット」をもらったに等しい!!
「え、いや、え? な、なんかこれ、思ってたのと、ちが……」
これからのことを思ってか武者震いをしているマナの肩を捕まえて、俺は心の底からの笑顔を浮かべた。
ここからが、本当のスタート!
俺の思い描いていたあれやこれやを、実現させる時だ!
俺はようやく見つけた希望の星と共に、高らかに世界に宣戦布告する。
「――さぁ! 世界の攻略を始めよう!」
「主人公じゃない!」 完
というのはまあもちろん冗談ですが、これで第六部終わり、です!
実は連続投稿はもうちょっと続く……んですが、投稿時間見ると分かる通り思ってたより色々ギリギリなので、明日一日だけ休みます!!
次回から現状の整理とちょっとしたオマケに入ります!
7日の投稿をお楽しみに!





