第百六十話 本当の勇者
・これまでのあらすじ
ついに探し求めていた「主人公」の正体が、レクスがこの世界に来て初めて会った初心者パーティの一人、マナだと判明!
物語が大きく動き出す中で、しかし、レクスですら止められない悲劇もまた、密かにその牙を研いでいた!
なんと、いよいよ真相が語られようというまさにその時、何の前触れもなく作者が失踪してしまったのであった……
ということで連載再開です!!
――人生は、想定外の連続だ。
いきなり車に轢かれてゲームの世界に飛ばされたことから始まって、なぜか俺が転生したのが序盤の救済キャラのレクス・トーレンだったこと。
どうしてか世界を救ってくれるはずの「主人公」が全く出てこなかったこと。
ほどほどでフェードアウトするつもりがなし崩しで〈魔王〉と戦っていたり、いつの間にか英雄として祭り上げられていたり……。
と、ここまででもう一生分以上の想定外を味わってきた気がする。
――そしてそれは、この水の都にやってきてからも同じだった。
石碑に残されたスタッフロールから、この世界が俺の知っているゲーム〈ブレイブ&ブレイド〉ではなく、そのリメイク作品である〈ブレイブ&ブレイド ガールズプラス〉を基にした世界だということが発覚したのを皮切りに、今度は俺のいない間に〈水の巫女ハアト〉への襲撃イベントが発生。
その際にプラナが負傷して、怒ったラッドたち新人パーティの面々が〈参の魔王〉を追いかけて地下水道に向かってしまったのに気付いた時は、目の前が真っ暗になるような気持ちがした。
何しろ、〈参の魔王〉は卓越した戦闘能力と、それ以上に強力な特殊能力を持ついわゆるギミックボスだ。
何の知識もなく、しかもプラナが不在の状況で、彼らが勝てる見込みは万に一つもなかった。
今さらラッドたちを追いかけても絶対に間に合わないが、それでもやれることをやるしかない。
そうして俺が必死にラッドたちを救うために動いていた時、それは起こった。
「――な、なにこれ!? 身体が、熱いよ!!」
俺の隣で怪訝そうな顔をしていた幼女巫女ハアトの身体から青色の魔力が溢れ出し、突如、自分の身体を押さえるように身悶え始めたのだ。
「ハアト様!」
巫女の変調に驚きの声をあげる神官服の女性を、俺は静かに制した。
「心配ない。彼女の『力』が目覚めただけだ」
「な、何を……」
神官服の女性がこちらを問い詰めるように声をあげるが、俺はもう、そちらを見ていない。
――あれは、間違いなく「巫女の覚醒」。
奉じている神が力を取り戻した時に、その巫女の力が増幅されるというイベントだ。
つまり……。
「レシリア、広場に戻るぞ!」
俺は返事も聞かずに窓枠を蹴って、建物の外に飛び出す。
アーツも駆使しながら最高速で噴水広場の方へ向かっていると、やがて「それ」が見えた。
「……水の、龍」
一瞬の遅滞もなく俺に追走してきていたレシリアが、その時ばかりは呆然と、そんなことをつぶやく。
噴水があった広場の上を席巻する、巨大な水の龍。
あれこそがハアトたちが奉じる水の大精霊……いや、〈水の神〉だ
「間に合った!」
到着した広場は、異様な雰囲気に包まれていた。
家族や恋人の憩いの場所だったそこには、今や遠巻きに水の神を崇める者たちが集まって、ただただ神の威容に慄いている。
《我は〈博愛の水神〉ウィーナ。恩には恩で、仇には仇で報いよう》
その中で……。
龍は、神は、悠然と、傲然と、人々を見下ろす。
《我が信徒よ。慈しむべき我が水脈よ。この街には尽きせぬ水を、水からの庇護を与えよう》
かつては決まった時間にだけ噴き上げられていた噴水は、如何なる仕組みか常に最大量の水を噴き上げ、同時に集まった人々の歓声が響く。
ゲームでは何度も見た、この翠柱都市が水中都市とならずに生存することを確定させるイベントだ。
《そして――》
だが、今回に限ってはそれで終わらない。
巨大な龍が、身をよじる。
その視線が向かった先は……。
《――お前が、我に名を与えた者か》
俺、だった。
一言すらかけていないのに、その視線が、正確に俺を射抜いている。
「あ……」
蛇に睨まれた蛙のように、言葉が咄嗟に出てこない。
しかし、何とか口を開こうとした時には、すでに龍が動いていた。
「これ、は……」
唐突に、ドチャリと地面に何かが落ちる。
突然現れた禍々しい気配を放つ装備品に群衆がざわめくが、俺だけはその正体が一瞬で分かった。
《お前に渡そう。我には不要なモノだ》
あれは、〈参の魔王〉のドロップアイテム。
この〈水の神〉に同化しようとして逆に消滅させられたスライムの魔王の、忘れ形見だ。
そうして、
《――我はこれより、〈神の座〉に戻る。『礼』を受け取る気があるならば、地下の三人と訪ねてくるがよい》
巨大な水の龍は好き勝手をやって場を乱すだけ乱すと、その巨体をとぐろを巻くようにうごめかせ、虚空へと消えていったのだった。
※ ※ ※
水の龍が消え、〈神の座〉への入口だけが残された噴水広場で、俺はゆっくりと息を吐き出した。
「……はぁぁ。迫力やっばかったぁ」
やはり、女神フィーナレスのようなポンコツなんちゃって神様とは迫力が違う。
あ、いや、あれでもフィーナレスは腐っても〈救世の女神〉だし、実際にはすごいのは分かってる。
ただ、力を取り戻した「本物の神」というのはやはり格が違った。
理屈ではなく本能で、「あ、こいつには勝てない」と思い知らされた。
まさに「レベルが違う」って奴だ。
(……まあ、最終的には昔のあいつを倒した悪神をやっつけないと世界が終わるんだが)
先のことを考えると何だか不安になってくるが、とはいえ、だ。
(いやぁ、ぶっつけ本番だったけど、想像以上にうまくいったなぁ!)
想定通り、いや、想定以上に上手く事態が転がったことに、思わず笑みを浮かべてしまう。
水の神はちゃんと復活したし、「地下の三人と」って言ってたからラッドたちが無事なのも確定したし、魔王のドロップアイテムまでもらえたし、ハアトも頑張ってたし、そりゃ上機嫌にもなるというレベルの最高の結果なのではないだろうか。
(ここの〈魔王〉は行動と目的がはっきりしている分、こちらとしちゃあやりやすい相手ではあるんだよな)
今回の敵である〈参の魔王〉の目的は、〈水の大精霊〉を支配、もしくは暴走させること。
敵は〈スライムの魔王〉とかいう厄介な相手で、スライムの特性を活かして大精霊と同化されてしまっては攻撃は意味をなさず、同化を何とかしようにも通常の状態異常回復手段も効果がない。
だが、これに対しては実に簡単な解決法があった。
――〈水の大精霊〉に自身の真の名を教え、〈水の神〉に変えてやればいい。
スライムによる同化は本来治す手段がないが、神様になったらあら不思議。
神様パワーなのかなんなのか、本来の名を取り戻した〈水神ウィーナ〉は自分の身体に入り込んだ〈魔王〉をあっという間に追い出し、消滅させてしまうのだ。
(裏道っぽい解決法だけど、ぶっちゃけこれが最適解というか、RTA的な正解なんだよな)
もちろん正規のストーリーラインというか、地道にイベントをこなして〈参の魔王〉が大精霊と接触する前に倒すルートもゲームには存在する。
ただそれよりは襲撃イベントなりを起こしてわざと大精霊と〈参の魔王〉を同化させ、同化した大精霊に覚醒してもらって〈魔王〉を排除する方が、日数的にもリアル時間的にもはるかに速いのだ。
だからゲームでは〈参の魔王〉が大精霊と同化するのを見届けてから、暴走する大精霊に近付いて真の名を言うのが最短ルートだったのだが……。
(助かったぜアイン。おかげでゲームよりさらにショートカットが出来た)
大精霊を神に変えるには必ずしもその場にいる必要はなく、どうにか声を届けられればそれでいい。
そこで俺が思い出したのが、俺が王都を出発する前に〈光の王子アイン〉からもらった「イヤリング型の通信装置」と、噴水広場の「大精霊のところまで続いている水路」だ。
もうラッドたちに追いつけないと知った時、俺は噴水広場の穴に「イヤリング型の通信装置」を投げ込み、その足ですぐに冒険者ギルドに直行。
扱いとしては英雄であるという俺と、水の巫女であるハアトの強権ゴリ押しによって、まんまと通信設備の使用許可をもぎ取った。
あとは簡単だ。
その通信装置から、事前に噴水広場で落としておいた「イヤリング型の受信機」に対して「水の神の名前」を呼びかけ続ければいい。
漁村出自の主人公が噴水で落としたアクセサリが大精霊のところに辿り着いたエピソードが示す通り、噴水広場の穴から落ちた品物は必ず大精霊のところに行きつく。
つまり、俺が口にする「水の神の名前」は受信機を通じていつか必ず大精霊のもとに届く、という訳だ。
まあ正直、聞いてるか分からない相手に向かってずっと名前を呼びかけ続けるというのは地味につらかったが、
(結果としちゃ、これが大成功だったって訳だ)
俺自身は地下に一歩も足を踏み入れないまま、神様を覚醒させて〈参の魔王〉をぶっ倒し、ラッドたちを救うことが出来た。
不確定要素は多かったが、考えられる最高の結果が出たと言っていい。
(いやぁ、やっぱり権力ってのは最高だなぁ!)
これだけ事がスムーズに運んだのも、俺が英雄としてこの街に認知されていて、ハアトとうまく渡りをつけられたおかげだろう。
流石にないとは思うが、もしアイン王子がここまで見越して俺に通信装置を渡していたとしたら、もう神はあっちだろというレベルの神算鬼謀と言うしかない。
アイン王子の思惑については分からないが、とにかく本当にあらゆる要素がいい方に転がった感がある。
……ま、まあ?
問題があるとしたら、ちょっと上手く行き過ぎたこと、くらいだろうか。
「――ねえねえ! それで、何があったの? ちゃんと教えてよ、おにいちゃん!」
広場に駆けつけてきて、何があったの何があったのとしきりに俺の肩を揺するハアト。
ハアトを表面上は諫めながらも、説明するまで絶対お前を逃がさないぞと視線で訴える神官服の女性。
それから呆れたような目でこっちを見てくるレシリアと目を合わせないように必死で視線を逸らしながら、思わせぶりに虚空を見つめ続けたのだった。
※ ※ ※
待望の報告がもたらされたのは、それからおよそ十分後。
説明を求める女性陣からの突き上げに四苦八苦していた俺は、これ幸いとその場を抜け出し、一人で「彼女」の元に向かうことを決めた。
(……長かった、な)
俺がこの世界にやってきてから、もう数ヶ月。
まさか、「主人公」捜しがここまで難航するなんて、思ってもみなかった。
――でも、これでようやく、全てが報われるんだ。
逸る気持ちを押さえるように、最高の瞬間を引き延ばすように、俺は扉の前で立ち止まると、わずかに乱れた呼吸と鼓動を整える。
最後にもう一度大きく息を吸ってから、扉を開く。
「……レクス」
扉の向こうにいた「彼女」、エルフの少女であるプラナは、俺と目が合うと、どこか思いつめたような顔で顔を伏せた。
「ごめん。私、は……」
何かを言いかけるプラナを、俺は首を振って止めた。
ここまで来たら、もう回り道は要らない。
「いいんだ。俺もやっと、『気付けた』から」
「え……」
これは、プラナがずっと隠し通してきたことを暴く行為だ。
それでも俺は、もう止まれなかった。
「俺と君が会ったのは、〈試しの洞窟〉が初めてじゃない。そう、なんだろ?」
「レク、ス……」
怯えと喜びの混じったプラナの表情。
そんな顔をさせてしまったことに罪悪感といたたまれなさを覚えながらも、その反応は俺に確信を与えてくれた。
(……やっぱり、そうか)
知ってしまった真実の重さに突き動かされるように、俺の足は自然と彼女へと向かい、真実を求める俺の視線が、彼女の二つの瞳を射抜く。
互いの息遣いさえ聞こえるほどの距離で俺たちは見つめ合い、そしてついに、俺は決定的な言葉を解き放った。
「プラナ。君が、もう一人の転生者で、そして……『本当の勇者』だったんだな」
万感の思いを込めた俺の問いに、彼女は一瞬、大きく目を見開いて、
「――え、なにそれ」
コイツまた妙なこと言い始めたな、という呆れた視線を俺に向けたのだった。
ドヤ顔で見当外れなこと言っちゃう奴~!
ちょっと前まではそろそろ夏かなと思っていたのに、時の流れは速いですね!!
いえ、作中最大の秘密を明かし終わって燃え尽き症候群してましたが、タクティクスオ〇ガリボーンやミン〇ガリメイク、それからH〇desやD〇ad Cellsの力を借りて蘇ってきました!
長いこと休んでた間に別作品含めてちょいちょい書き溜めが出来たので、一月中はしばらく何かしらで毎日更新していこうかなーと思います
しかも、その書き溜めで更新している裏で続きを書けば……永久機関が完成しちまったなアア~!!
まあ何にせよとりあえず……よいお年を!!





