第百五十一話 イレギュラー
うおおおおおおお!!
今日も更新間に合ったぜえええええええええ!!
チラッ
「――海だああああああああああああああ!!」
船の甲板にラッドのはしゃいだ声が響き渡る。
「ラ、ラッド。恥ずかしいから大声出すのはやめてよ。い、一応僕ら以外にもお客がいるんだからさ」
それをたしなめるのは、例によってラッドパーティ随一の苦労人、魔法使いのニュークだった。
「う、うるさいな! 仕方ないだろ! 初めて見たんだから」
「……まあ、ラッドの村は山奥だもんね。初めて見た時は僕もはしゃいだから、気持ちが分からなくもないけど」
幸いにも、初めて海を見た客がはしゃぐのは風物詩のようなものらしい。
ほかの乗客や船員も、微笑ましい視線を向けているのが救いか。
「い、田舎者って言うなよ」
「言ってないって。……ラッドは田舎者とか通り越して、どっちかというと野蛮人って感じだし」
「な、ニュークぅ!!」
二人がやんややんやと言い合う横で、パーティの女性陣、ヒーラーのマナとアーチャーのプラナも身を乗り出すようにして海を眺めていた。
「わぁ、ほんとに水が押したり引いたりしてる。これが海なんですね」
目を輝かせてマナが言うと、それを聞きつけたラッドが振り返った。
「お。マナも海は初めてか?」
「は、はい。わたしは、家が厳しかったので……」
そう答えながら、マナの視線は海に固定されている。
いつもは抑え役に回ることの多いマナだが、今は年相応にはしゃいでいるようだった。
(……これが、旅の醍醐味、って奴なのかね)
新天地を求め、〈王都ブライティス〉を旅立って一日。
俺たちは連絡船に乗り、王都の近くの川をくだって海にまで出てきていた。
※ ※ ※
ブレブレでは「地域」を跨いだ移動をしようと思ったら平気で何十日も時間を吸われる。
日数経過の主な要因は「地域」間の移動になるので、計画を立ててイベントやダンジョンを消化していくことが必要になるのだ。
ただ、それは陸路での話。
ブレブレ世界では船が異様に速いため、海路を行けるならその方がずっと早い。
ルート的にはかなり大回りになるが、王都から水の都まではまず川を船で下り、一度海上に出てからぐるっと回って洋上から都に向かう方が日数を節約出来るのだ。
(俺はゲーム感覚で単なる移動手段と思ってたが、海ってそういやめずらしいもんだったんだな)
この世界には魔物がいるし、交通網も日本ほど発達していない。
そうそう旅行になんて行けるような環境じゃないだろうし、ラッドたちが海でここまで騒ぐのも普通のことなのかもしれない。
「レシリアは驚かないんだな」
そんな中、唯一俺の隣に留まったままのレシリアに向き直ると、彼女は「そんなことですか」と言いたげに俺に振り向いた。
「アースの街から北のウミナの方に向かえば、割とすぐに海岸に出ますから」
「そういや、そうか」
俺が納得してうなずくと、それからレシリアはぼそっと続けた。
「……まあ、行ったことはないですけど」
「おい」
俺が目を細めてレシリアを見ると、どうも単に俺をからかっただけではなく、どこかソワソワとしているのが見て取れた。
何しろレシリアは王族の護衛の家系だ。
ブレブレは割とシビアな世界観の世界だし、マナどころではなく厳しく育てられたとしても驚きはしない。
口ではあんな風に言っているものの、本心では少し海に興味を引かれているのかもしれない。
「なぁ、もう少し近くで見てきたらどうだ? ほら、あいつらが乗り出しすぎて落ちても困るしさ」
「……仕方ないですね」
「まったく、世話が焼けます」と言いながらも、レシリアは足音を弾ませながらラッドたちの方に歩いていく。
それを微笑ましく眺めていると、
「……や」
挨拶とも掛け声ともつかない単音と共に、自然な動作で俺の横に金色の毛並みが滑り込んできた。
「プ、プラナ?」
さっきレシリアがいたのとは逆のスペースにするっと滑り込んだプラナはどこか誇らしげな顔をしていたが、こちらとしてはどういう反応をすればいいのか分からなかった。
「あ、あー、プラナは海はいいのか?」
「いい。私が住んでた里の近くにも湖があった」
とりあえず無難な質問を投げかけると、予想を超える回答が返ってきた。
「い、いや、湖と海はだいぶ違うと思うが……」
「そう? でもどっちも水」
「あ、ああ。まあそう……なのか?」
何ともドライな態度だが、プラナらしいと言えばプラナらしい。
あいかわらずの性格に気圧されてしまうが、せっかくの機会なのでプラナのことをもう少し聞いてみることにした。
「さっき言ってた『里』ってエルフの里のことだよな? プラナはなんで里を出て冒険者になったんだ?」
エルフの里は排他的なことで有名だ。
少なくともゲームでは特殊な出自を選ばないと入ることすら出来なかったはずだ。
そのせいか、「里に住むエルフたちは一生を里の中だけで過ごすことが多い」と設定資料集にも書いてあった気がする。
そんな場所からわざわざ出てきたのは、よっぽどの理由がありそうだ。
「……恩返し」
「恩?」
思いがけない単語に、俺が思わず繰り返すと、プラナは俺の目をじっと見つめ、小さくうなずいた。
「昔、助けてくれた人の力になりたかった」
「それは……」
予想もしなかった言葉だった。
(……でも、そうだよな)
ラッドやプラナたちはゲーム的には特に設定を持たない、いわば半モブ的なキャラクターだ。
ゲームでその設定が掘り下げられることはないが、この世界での彼らは、やはり一人の人間。
それぞれがそれぞれ何かを抱えて生きているのだと、あらためて思い知らされる。
(そういえば、ニルヴァ……あの〈剣聖ニルヴァ〉もプラナに興味を持ってたんだよな)
確か、「邪な気配の残滓」を感じたとかなんとか言っていたか。
もしかするとそれが、プラナの言う「恩返し」とやらと関係しているのだろうか。
「なぁ。もし、俺が力になれるなら人探しくらいは……」
罪悪感も手伝ってそう提案しかけた言葉は、プラナによって遮られた。
「心配要らない。ゆっくりやってく」
「そ、そうか」
そう口にするプラナの態度に強がりのようなものは見えない。
俺が手助けをするまでもなく、本当に順調なようだ。
……あるいは、長寿なエルフの価値観的に数年程度は誤差なだけかもしれないが、どちらにしても余計な手出しをする必要はなさそうだ。
だが、黙ってしまった俺の態度に不安を覚えたのだろうか。
プラナは焦ったように口を開いた。
「レクスには、今でもよくしてもらっている。だから、これ以上もらいすぎたら……困る」
プラナにしては多少慌てた口調で、早口にまくし立ててくる。
「そう、か? まあ、そう言ってくれるなら……」
「それより……」
そこで、プラナはただでさえ近かった俺との距離をグッと詰め、
「レクスの方こそ、もっと私に……」
俺の手を握るような勢いで何かを言いかけて、
「――おーい! おっさんたちも来いよぉ!」
突如浴びせられたラッドの大声に、きゅっと口を閉じた。
話を邪魔されたのが気に入らなかったのか、プラナは恨みを通り越して呪いすらこもってそうな視線をラッドに送っているが、
「ここ、船で釣り竿借りれば釣りも出来るんだってよ! 二人もやろうぜ!」
ラッドは全く気付かない様子で、俺たちに向かって笑顔で手を振っている。
その後ろには、「いつの間に」とばかりに驚きの表情でプラナを見ているレシリアの姿も見えた。
プラナが何を言おうとしていたか分からないが、すでにそういう雰囲気ではなくなったことは確かだ。
それを、プラナ自身も感じ取ったのだろう。
「……絶対、泣かす」
インベントリから弓と矢を取り出し、据わった目でラッドの方に歩き出したプラナを見送って、俺は、
(――平和だなぁ)
船の心地よい振動を感じながら、ゆっくりと目を閉じたのだった。
※ ※ ※
船旅、最終日。
あれから旅程は順調に消化され、予定ではあと三十分もしないうちに船は〈水の都〉に着くというところまでやってきた。
「いやー、いい休暇になったなぁ」
潮風を身体に受けながら、俺は大きく伸びをする。
すると、
「よくそんなのんびりしてられるよな」
それを横目にしたラッドから、なぜか恨みがましい視線を向けられた。
「心外だな。仕事も冒険も忘れて久しぶりにゆっくり出来ただろ。お前も念願の釣りが出来たってはしゃいでたじゃないか」
「そりゃ嬉しかったよ! 釣った魚がオレの頭を丸呑みにしようと襲ってくるまではな!」
「なんだよ。その分でっかい魚が食べられてお得だったろ?」
ラッドの頭に噛みついた魔物〈キラーシャーケ〉は海と川、どちらにも出現する魔物で、食材として有名な魚型モンスターだ。
おかげでその日の夕食が豪華になったので俺の中ではいい思い出に分類されていたのだが、ラッドには別の意見があったらしい。
何がそんなに気に入らないのか、ますます興奮して声を張り上げた。
「てか、それだけじゃないだろ! 海眺めてたら半魚人が甲板に跳んできたし、二日目にはクラーケンには襲われるし……」
激昂してそんなことをまくし立てる。
確かに船旅中はランダムで半魚人が襲ってくるのは確かだが、所詮はレベル十五程度の雑魚でしかないし、初めて海に出た次の日は必ずクラーケンが出現するが、右舷に伸ばした触手に一定ダメージを与えることで簡単に退却させることが可能だ。
「船旅にイカと半魚人は付き物だろう? 驚くほどのものじゃない」
「おっさんはさぁ……」
呆れた視線を向けてくるが、ラッドはそれ以上何かを言おうとはしなかった。
良くも悪くも俺の言動にも慣れてきた、ということかもしれない。
(実際、あの程度はアクシデントのうちにも入らないしなぁ)
なぜなら俺は、これらのイベントも、その発生条件も熟知している。
いや、クラーケンについては「主人公」じゃない俺たちに襲いかかってくるかは疑問があったが、それでも予測の範囲内。
予測可能なことを恐れる理由なんてどこにもない。
――俺が怖いのは、「イレギュラー」。
ゲームでは起こらなかった、俺の知識の外にある出来事だけだ。
(ま、幸いここまでは順調だ。というか、そうそうイレギュラーなんて起こってたまるかよ)
あとは港に着いてから、アクシデントが起こっても問題ないような体制作りを気を付ければいいだけ。
……なんて、思ってしまったのがいけなかったのだろうか。
「ん? なんだ、あれ」
あきらめて岸の方を眺めていたラッドが、不穏な言葉をつぶやく。
偵察に関しては一番優れているプラナに視線を向けると、彼女も異常を察知したようだった。
目を細めて船の進行方向をにらみつけると、
「……港に、人が集まってる」
険しい顔でそんなことを言った。
(おいおい、勘弁してくれよ)
ざわり、と胸の奥がざわめく。
頭の中をどれだけ検索しても、この時期に〈水の都〉の港で起きそうなイベントなんて何も思いつかない。
(またか!? またなのか!)
かつて〈剣聖〉と決闘騒ぎになった記憶が、〈魔王〉に襲われた記憶が、まざまざと脳裏によみがえる。
(クソ! なんでこの世界は、ことごとく俺の予想を裏切ってくんだよ!)
俺が何したって言うんだ、と叫び出しそうになるのをグッと堪え、インベントリから双眼鏡を取り出して、港の様子を見る。
(とにかく情報収集だ。何が起こったとしても、冷静に対処すれば……)
だが、そんな張りぼての冷静さは、その光景を一目見た瞬間に吹き飛んだ。
「冗談、だろ……」
手から双眼鏡が零れ落ち、口から勝手に言葉がこぼれ出す。
……だが、それも仕方ないだろう。
なぜなら、明らかに普通とは思えないだけの人数が集まった港。
そこには……。
《歓迎! 〈極みの剣〉レクス様ご一行! 水の都にようこそ!》
と書かれた横断幕が、海風に揺られて誇らしげにはためいていたのだから。
イレギュラーを呼ぶ男!
色々気になることが増えてきている頃だと思いますが、感想欄に予想を書くのは控えてもらえると助かります!
だって、そろそろ普通に正解出せちゃうとこまで来ちゃってますからね!
次の話は今度こそきっと短くなる予定なので、明日更新(予定)です!
やったね!





