第百四十一話 月光放つ剣
うおおおおおおお!!
今日も更新間に合った気分だぜえええええええええ!!
〈博物館〉を出て、悪魔の下に向かう道中に、ライサがおずおずと問いかける。
「レクス。本当に、それだけでよかったのか? あそこにはほかの装備も……」
「いいんだ。強い装備があっても、俺には持てないからな」
言いながら手を振った俺の装備は、〈博物館〉に来る前とほとんど変わっていない。
指輪を〈レベルストッパー〉に変え、その手に刀身のない剣、DLC装備〈ムーンライトセイバー〉を握っているだけ。
一方で、
「そ、そうか。ただついてきただけだというのに、私ばかりいい思いをしてしまって、すまないな」
そう申し訳なさそうに顔を伏せる彼女の装備は、ほんの数十分前とはまるで異なっている。
中世の騎士を思わせる甲冑に、煌びやかな装飾のついた魔法剣。
村で取り上げられた彼女の装備は知らないので推測でしかないが、おそらくはかなりバージョンアップがされているように思う。
「その代わり、残りの装備の所有権は俺に譲ってくれるんだろ? あいつを倒して霧を晴らしたら、ごっそりもらっていくさ」
本当に強力な装備は、強大な力に見合った能力値が必要になる。
ライサに渡した装備は、彼女の今の能力値で装備出来る中では抜群に強いものの、最強クラスには程遠い。
だから入手に関しても、〈博物館〉以外の場所で手に入れる方法があるものばかりだった。
それを考えると、ここでしか入手機会のない〈ムーンライトセイバー〉とは貴重さのレベルが違う。
「悪魔を倒す、か。しかし、その、その剣が本当に奴に通用するのか?」
しかし、俺の言葉に今度は別の不安が再燃したらしい。
ライサは眉根を寄せながら、俺に問いかける。
「すまない。疑っている訳ではないのだが、刃が失われた剣でどうやって戦うのか、想像もつかなくて、な」
そう言ってライサが視線を向けた先、俺が持つ〈ムーンライトセイバー〉は、いまだに「刀身がない武器」のままだった。
しかし、そんな不安そうなライサに向かって、俺はにやりと笑った。
「ああ。これは刃が『失われている』訳じゃないんだ。何しろこの〈ムーンライトセイバー〉は、世界にたった一つしかない、『魔力を刃にする』武器だからな」
※ ※ ※
月光の中で鎖につながれているというシチュエーションから想像つくかもしれないが、〈ムーンライトセイバー〉は、DLC装備の中で、いや、ブレブレの全ての武器の中でも屈指の「ロマン武器」であり、「厨二武器」だ。
その一番の特徴が、魔力を籠めることで武器の形態が変化するという特殊能力。
まず、刀身がない状態で魔力を籠めると、「ブォン」という独特の効果音と共に蒼い魔力の刃が生成され、その状態からもう一度魔力を籠めることで刀身が伸び、特殊な攻撃が出来るようになる、というロマン満載の仕様だ。
ゲーム的に言うと、アーツボタンをちょん押しすると形態変化が起こって内部的には別武器になっているようで、装備画面を見ると刀身を伸ばす前とあとでは性能どころか武器種まで変わっていることを確認出来る。
たった一つで二種類の、いや、内部的にはもっと多くの武器を内包しているギミック武器好きにはたまらない一品なのだが、この場においては「魔力によって攻撃する」という特徴がそれ以上の意味を持つ。
そう、つまり……。
「――この剣は、通常攻撃が『魔法属性』を持つんだ」
それが、この剣が唯一、「悪魔を打倒出来る」武器である理由。
使用者の魔力を力に変えるこの武器なら、〈魔避けの紋〉に蝕まれた状態でも魔法の一撃を繰り出すことが出来るようになるという訳だ。
「そ、そんなすごい武器だったのか……」
意外と脳筋なところもあるのか、キラキラとした目で〈ムーンライトセイバー〉を眺めるライサ。
しかし、当然いい話ばかりでもない。
「ただ、もちろん欠点もある」
まず一つは、装備するには凄まじい魔力値を要求されること。
そしてもう一つは、使っている間は大量の魔力を消費すること。
何しろ剣を具現化させて、ぶんぶん素振りをするだけですごい勢いでMPが減っていくのだ。
ゲーム時代、コンセプトやデザインは好きだったのでぜひとも使いたいと思ったのだが、「主人公」を筋力特化型で育成していた当時の俺にはこの武器を使いこなすことが出来ず、泣く泣く採用をあきらめた経緯がある。
「……なら、私では扱えそうにないな」
一瞬だけ肩を落とすライサだったが、すぐに持ち直して笑顔を見せた。
「しかし、そういうことなら納得だ。あいつに一撃を入れる役目は託した。その代わり、囮は任せてくれ」
やはり根の性格がいいのだろう。
影のない笑顔で、俺を激励してくれる。
安心してくれたようで何より、なのだが、
(一応、感触を確かめておくか)
もしこの剣が使えなかったら、〈霧の悪魔〉に対してなすすべがない。
現実とゲームで違いが出ないとも限らないし、確認だけはしておくべきだろう。
俺はライサに気取られないようにこっそりと〈ムーンライトセイバー〉を握る手に力を籠め、
「――フ」
気合と一緒に魔力を吹き込むように、短く息を吐く。
魔力が、剣に向かって流れていく感覚。
(……問題なさそうだな)
なんとなくだが、魔力が剣に向かって流れていくのを感じられた。
もちろん発動前に止めたので見た目の変化はなかったが、これならゲームの通りに活躍してくれるだろうと思う。
「レクス?」
「何でもない。進もう」
俺は全ての希望とも言える〈ムーンライトセイバー〉をもう一度しっかりと握りしめると、決戦に向けて歩き出した。
※ ※ ※
「……露骨、だな」
不気味なことに、博物館に向かっていた時はあれほどの数がいたスケルトンたちが、悪魔の方に向かった途端に全く姿を見せなくなった。
「いいことじゃないか。決戦を前に、余計なことを気にしないでいいのはありがたい」
能天気とも言えるライサの発言に、わずかな不安がよぎる。
だが、結局そのあと一度もスケルトンと出会うことなく、俺たちは〈霧の悪魔〉とまみえることとなった。
現実では、初めて目にする怪物。
カマキリと、アリと、そして人の顔が形作る悍ましいキメラがそこにはいた。
「――ほほほ、ほほほほ! やってきた、やってきたな! 最高の贄、最高の馳走が!!」
耳障りな笑い声。
だが、もうそれに動揺する者はいない。
「レクス、見せてやれ!」
力強い言葉に後押しされ、悪魔に向かって〈ムーンライトセイバー〉をかざす。
その瞬間、悪魔の表情は劇的に変わった。
「それは、忌まわしき月の剣! 儂が洞窟の奥深くに隠したその剣を、どうしておぬしらが!」
叫びに呼応するように、ライサが前に出る。
「前のようには、いかない! 欲をかいてレクスを引き込んだのが、運の尽きだったな! 今度こそお前を倒し、私たちの世界に戻らせてもらう!」
「まさか……。まさかその憎き月の光で、儂を葬ろうと言うのか! ああ、なんという、なんという……」
だが、そこで、
「――なんという、浅慮な者たちよ」
空気が、変わった。
「な、にを……」
「確かに儂には、その月の剣は壊せなんだ。だが、全く対策をしなかったと思うかね?」
ライサの視線が、弾かれたように剣に向かう。
「その月光の剣には、術をかけた。何年、何十年もかけ、幾重にも幾重にも重ねた、儂の謹製の封印術よ!」
ほほ、ほほほと嗤う。
嗤いながら、悪魔は高らかに語った。
「その封印がある限り、その剣に刃が戻ることは絶対にない。どれだけ魔力を籠めようと、儂の術がそれを霧散させる。それだけではない! 万が一にも術が解けることのないように、それを〈沈む月の欠片〉と呼ばれる鉱石に封じ、世界の各所に散らばらせた」
そっと、視線を手元の剣に落とす。
蒼き月光の剣は、何も答えてはくれない。
「あるものは海の底に、あるものは山の頂上に、またあるものは岩の中に、どれも事前の知識なしには絶対に見つからない場所に隠しておる! そして、その隠し場所を記したものは……」
悪魔が、後ろを振り向く。
その視線に、やっとライサも気付いた。
脱出のための装置と小瓶の間の壁、そこに隠されるように、一枚の羊皮紙が置かれていることに。
「……あそこにある。分かるかの? 儂を倒さねば手に入らぬあの紙に、儂を倒すための情報が書かれている、という矛盾」
おそらくは、この瞬間のためなのだろう。
奴が自分を殺せる武器を手元に置き、封印を解除するための地図を残しておいたのは。
数々のスケルトンを引き上げさせ、自分の天敵とも言える武器を持った相手を、ここまで抵抗なく通したのは。
おそらく全て、この瞬間の、希望を絶望に変える人間の姿を見るための、余興。
「つまり、つまり、じゃ」
その、予測を裏付けるように。
〈霧の悪魔〉は、まさに悪魔と呼ぶにふさわしい愉悦の顔を浮かべ、声高らかに叫んだ。
「――その剣に光が戻ることは、絶対にありえぬ! おぬしが、『未来の記憶』でも持ち合わせていない限りはのぉ!!」
その、叫びに。
隣に立っていたライサが、ぺたん、と座り込むのが見えた。
「レク、ス……」
脱出への展望が、未来への希望が、全てへし折られたという表情。
絶望に染まったその顔に、だが俺はささやくように告げた。
「――俺を、信じろ」
もう、振り返りはしない。
いまだニヤニヤとした笑みを文字通り身体に張りつかせたその怪物に、俺はゆっくりと近付いていく。
その手に握るのは……刀身のない月光の剣、ただ一本。
「ほほほ! 愚か、愚か! 現実を受け入れられずに狂ったか! それとも虚勢を張って儂を退けようとでも言うか! 無駄じゃ無駄じゃ! そのなまくらに、いや、なまくら以下のゴミに、何も出来ぬことは儂が一番よく知っておる」
それでも俺は、止まらない。
怯えも躊躇いもない。
ただ、前へ。
「なんだ? いまだに意地を張るつもりか? 一体何がおぬしを……」
距離が近付いて、その悍ましい姿がはっきりと見えるようになる。
怪物のその醜悪な口が、もう一度動く前に、
「怯えているのか?」
「な、何っ!」
焦ったように早口を続ける悪魔の言葉を、ただの一言で切り捨てて、さらに前へ。
そこで初めて正面から悪魔を見据えて、淡々と告げる。
「お前は言ったな。この剣は、『未来の記憶』でもなければ使えるはずがない、と。……なら、教えてやるよ」
さらに一歩。
決定的な一歩を、踏み出す。
そこはすでに、互いの必殺の間合い。
「ぐっ! ど、どんな隠し玉があろうと、殺してしまえば同じじゃ! 死ねい!!」
悪魔の動揺と本気を示すように、凄まじい勢いで殺到する四本の鎌。
だが、遅い。
「これが……俺の答えだ!」
俺は四方からの攻撃を無視して、剣を振りかぶる。
そして、
「――〈ファイナルブレイク〉!!」
〈ムーンライトセイバー〉は結局一度も刃を出さないまま蒼い光を放って砕け散り、同時に光に呑まれた〈霧の悪魔〉もまた、驚愕の表情を浮かべながら消滅していったのだった。
多分これが一番早いと思います!!
次回ちょっと後日談をやって「霧の迷宮」編は終わり!
いやぁ、このネタはずっと温めてたので書き切れてよかったです!





