第百三十五話 よくあるテンプレイベント
普通に今日の夜、とは(哲学)
「……やっと、着いた」
慌ただしくフィンやリリーと別れ、王都を出発してから一時間。
俺はようやく、ひとまずの目的地である〈ノーソン〉という名の村に辿り着いていた。
(すっかり暗くなっちまった。ブレブレはマップが広すぎるんだよなぁ)
今の俺の魔力馬鹿とも言えるステータスであれば、この辺の魔物は障害にもならない。
とはいえ、魔物相手には無双を誇るステータスの暴力も、距離の問題はいかんともしがたい。
このノーソンの村は王都と同じ地域にあるので、王都からフリーレアの移動のように週間単位とまではいかないが、のんびり歩いて移動すると普通に二、三時間くらいざらにかかるのだ。
(馬車を使えば楽ではあったんだろうが……)
流石にゲーム内の移動で二時間はやばいと製作側も思ったのか、地域間の移動でなくても、あまりに遠い場所には馬車を使って移動することが可能だ。
ゲームでは目的地を選んでポチッとボタンを押すとすぐにワールドマップ画面に切り替わり、二週間かかる距離もリアル時間では数秒の待ち時間で済んでしまうが、もちろん現実ではそうはいかない。
(暇なんだよな、あれ)
狭い場所の中で長い時間を過ごすのは想像以上につらかったし、何より次に馬車が出るのは早くても明日の朝。
そうなれば、絶対にレシリアにもバレる。
レシリアは俺が勝手に〈魂の試練〉を受けたことを根に持っているらしく、俺への警戒度みたいなものがかなり上がってしまった。
今回の「純魔用最強装備」の入手だって、渋い顔をされるのが目に見えている。
(今日は村の宿に泊まって明日の朝から探索。ちゃちゃっと終わらせて明日の夜には王都に帰還、がベストだな)
まあ、そう複雑なことをしなくちゃいけない訳じゃない。
予想外の出来事が起きなければ十分に達成可能だろう。
頭の中でそんな計画を立てると、俺は村の明かりに向かって歩き出し、
「――っと、危ない危ない」
慌てて自分の装備を普段の呪い装備山盛りのものから、普通の冒険者が付けていそうなものに切り替える。
(最近、俺も有名になったしな)
凡人の俺が〈極みの剣〉なんて大層な二つ名をつけられたのはどうかと思うが、ゲーム知識のおかげで普通では考えられないような功績を挙げたことも事実。
実情と合っているかはともかく、顔が知れてきたというのは確かだ。
今回の目的は、単なる装備入手だ。
目立って変なことにならないためにも、いつもの装備は封印して、標準的な冒険者の装備に着替え、武器も備蓄の多い初心者用武器のファイアロッドに持ち替えておく。
(……まあ、装備制限で高性能装備はどうせ着けられないんだが)
大抵の装備は筋力を必要とするため、装備によるエンチャントでしか筋力を補えない今の俺は、あまり質のいい装備を身に着けることは出来ない。
とりあえずアクセはセーフなので、バリアリングとエンチャ指輪が活用出来るのが幸いなところだ。
(さて、宿が開いているといいが)
現実化した世界でこの村を訪れたことはない。
辺境の村にしては、いや、辺境だからこそなのか、意外と厳重な村の入口に歩み寄っていくと、粗末な槍を構えた、村の人間らしき門番の人がこちらに気付いた。
「お、冒険者さんか?」
「ああ」
「おぉ、ノーソンの村へようこそ! 何にもねえ村だが、歓迎するぜ!」
言葉少なに答えるが、門番のおっさんは気を悪くした様子もなく、笑顔で対応してくれた。
「ああっと、そうだ。村に入るのは構わねえんだが、しきたりでな。ちょっとそこの水晶に触っていってくれないか?」
「これは?」
門のそばに置かれていたのは、台座に乗った大きな水晶だ。
牧歌的な僻地の村には、いかにも不釣り合いに見える。
「そいつは〈試しの水晶〉っつってな。村を救った〈勇士〉様の資質を見てくれる代物で……あー、まあ、身体に害があるもんじゃねえことは保証するよ」
「触るだけでいいなら」
この展開、なんとなく日本の小説とかでも読んだことあるな。
そんな風に思いながらも、水晶に触れる。
まるで俺の手から光を吸い出したかのように、水晶が徐々に輝き出し、
「お、なかなかいい光を……うおおお!?」
次の瞬間、まるで太陽が突然現れたかのようにすさまじい光を発し、やがて鎮静化していった。
収まってなお、網膜に焼き付く残像を、首を振って追い出す。
「……これで、いいか?」
光の収まった水晶を見たまま、すっかり固まってしまった門番のおっさんに告げる。
おっさんは、呆然と水晶と俺とを見比べていたが、やがてロボットのようなぎこちない動きで再起動すると、
「――ゆ、ゆ、〈勇士〉様の再来だああああああああああああああああ!!」
村中に響くほどの声でそう叫び、異常事態の始まりを告げたのだった。
※ ※ ※
そして、あの水晶騒動から、数十分後。
「いやぁめでたい! まさか〈試しの水晶〉をあそこまで光らせる方が、この世におられるなんてのう!」
「この前の女性もなかなかだったが、夜が昼になるような、あれほどの光ではなかった!」
「これは初代〈勇士〉様の再来! いや、それ以上の逸材かもしれませんな!」
なぜか俺は村の中心の広場でおっさんたちに囲まれ、宴に付き合わされていた。
「お、〈勇士〉様! お酒の杯が全然減っておりませんぞ! ほら、一気、一気!」
当然のように俺にも酒が振る舞われ、大学サークルのノリで飲まそうとしてくる。
ただ、この「レクス」の身体が四倍弱点レベルで酒に弱いことはリリーとの一件で証明済みだ。
「いや、俺は酒は……」
そう言って、やんわりと酒の杯を返そうとするが、
「それはいかん! ……おい! 〈勇士〉様にもっと飲みやすい酒を!」
人の話聞いちゃいねえ。
俺が会話を諦め、おとなしく酒をちびちびと舐めていると、
「ところで〈勇士〉様。……あ、勇士、勇士と言われても、旅人のあなた様には分からんですかな。〈勇士〉というのはですなぁ。かつてこの村を救った英雄たちのことなのですじゃ!」
興に乗ったおっさん(悲しいことに、どうもこの村の村長らしい)が、まるで舞台にでも立ったかのように大げさに話し出す。
「はるか昔、村を〈霧の悪魔〉が襲ってきました。村人たちは必死に抗いましたが、悪魔の放つ〈魔の霧〉はどんな生き物も食い尽くしてしまい、どうにもなりません。しかしそこに『賢者の使い』を名乗る人物が現れ、特殊な染料と、〈魔避けの紋〉と呼ばれる霧を防ぐ紋様の書き方を伝えました。そこで立ち上がった者こそが、偶然その村を訪れていた冒険者であり、類稀なる魔力を有した若者、初代〈勇士〉様!!」
そこで、おっさん連中から「いよっ! 待ってました!」の合いの手がかかり、それに気をよくした村長は、さらに声を張り上げた。
「〈勇士〉様は〈魔避けの紋〉を自らの首に刻み、〈霧の悪魔〉と対することを決意しました。しかし、〈魔避けの紋〉は確かに〈魔の霧〉やほかの魔法を遠ざけましたが、代わりに自らも魔法を使うことが出来なくなり、他人からの回復魔法も受けられなくなってしまいます。それは、魔法を使った戦いを生業とする〈勇士〉様にとっては過酷な状況です。それでも〈勇士〉様は諦めません! 冒険者として鍛えた肉体と、自らの剣技だけを頼りに悪魔の住処を突き進み、襲い来る骨の怪物をなぎ倒し、道なき道をひた走り、ついには悪魔の下に辿り着き、村を救ったのです!!」
おおーっと、響く歓声。
村長はそれに対して手を振ってから、とっておきのことを伝えるかのように声を潜めた。
「命を懸けて村を救った初代〈勇士〉様を称え、彼の献身を忘れないように、村の中心に〈勇士〉様の姿を彫りました。あの井戸がそうです」
村長は芝居がかった身振りで、村の中心に据えられた巨大な井戸を指さす。
その井戸の側面には確かに、首に何やら複雑な紋様を浮かばせた若者が剣を持って怪物と対峙する様子が彫り込まれていた。
「そしてそれから、村の入口に魔力を測る〈試しの水晶〉が置かれ、我が村には冒険者を〈勇士〉として歓待する慣習が出来た、という訳なのです」
村長は「分かってくれましたかな」と言わんばかりの顔で、俺を覗き込む。
だが、
「村長! その語り、もう四回目ですぞ!」
「お、おお!? そ、そりゃあ申し訳ない。じゃが、いい話は何度聞いてもいいものじゃからのう!」
全く悪びれない村長の態度に、俺は心の中でため息をついた。
(いや、勘弁してくれよ。こんなクソ長イベント、ゲームになかったぞ)
正直俺にとって、この村は単なる通過点だ。
彼らと親交を深める気もないし、明日に備えてさっさと寝てしまいたい。
「悪いが、明日は探索に出る予定なんだ。歓迎してくれるのは嬉しいが……」
「なるほど、探索ですか? では、村の近くのダンジョンに?」
「ああ。この先の……〈紫煙の洞窟〉に行こうと思ってな」
本当は、洞窟のさらに奥に隠された場所に用があるのだが、まあそこまで話す訳にもいかない。
俺は曖昧な態度でごまかした。
「……そういうことなら、仕方ありませんな」
村長は、近くのおっさんと目配せをすると、残念そうにうなずいた。
「名残惜しいですが、これでおひらきですな。誰か、〈勇士〉様を宿に!」
どうやら案内役の村人に、宿まで連れていってもらえるらしい。
この暗い中で初めての村を歩くのも不安だったので、正直助かった。
「悪いな」
そう言って、立ち上がる。
しかし村長は、気を悪くした様子もなく首を振った。
「お気になさらず。〈勇士〉様が来てくださっただけで、わしらには十分です」
そうして立ち去る俺に向かって、村長は大きく頭を下げると、
「今だけは全てを忘れてゆっくりお休みください。……きっと今晩は、ぐっすり眠れますよ」
楽しそうにそう言って、宿に向かう俺を笑顔で見送ったのだった。
(あ、れ……?)
首元に覚えた不快感に、目が覚めた。
(なん、だ? 確か俺は、村の宿で眠って、それから……)
ぼんやりとする意識を覚醒させ、重いまぶたを開く。
「おや? お目覚めになられましたか?」
気が付けば、俺の周りには村人たち。
誰もがニヤニヤとした顔で、俺を囲んでいた。
目を覚ました俺を見て、村人たちの先頭にいた村長が、いかにも嬉しそうにうんうんとうなずいた。
「ああ、やはりあなたは素晴らしいですな。〈贄の紋〉を付けられてなお、それほど平然としていられるとは」
「な、に……」
首元が焼け付くような感覚に、視線を落とす。
いつのまにやら、俺の首には村の井戸で見たのと同じ真っ赤な紋様が、まるで蛇のように絡みついていた。
「これ、は……!」
口にしかけた言葉は、しかし、彼らに届くことはなかった。
何をする余裕もなく、俺は村の男たちに身体をつかまれ、持ち上げられて……。
「――それでは良い旅を、〈勇士〉様」
井戸に向かって放り投げられた俺の身体は、深い霧の中へと落ちていった。
よくある導入イベント!
ということで、次回から〈霧の迷宮〉編が始まります!
次回更新はもちろん明日!
みんな、信じてくれるよね!?





