第百二十二話 ルインの真価
感想欄に魔導士ヴァ〇リー混ざってたのちょっと笑いました
――能力値、オールゼロ。
これだけで弱体化なんて言葉が生ぬるいくらいのすさまじい弱体化だが、この〈魂の試練〉が縛ってくるのはそれだけじゃない。
「どうだ、ルイン?」
「やっぱりオレも、インベントリが使えなくなってるみたいです」
ルインの言葉に、俺は冷静にうなずいた。
――レベル強制ダウン&インベントリ使用不可。
これが、この特殊ダンジョン〈魂の試練〉の縛り内容だ。
これについてはかなり徹底していて、転送の際に手にアイテムを持っていても消えるし、事前にかけていたバフも全て消滅する。
この試練に挑む人間は必ずレベルゼロの状態で、一切の消費アイテムを持ち込まずに戦うことを強制されることになる。
しかし、それでも俺に焦りはない。
ゲームの〈魂の試練〉でもインベントリは使用不可能だったので、これは予測の範囲内。
むしろ独自仕様になっていた方が、ゲーム通りにステータス振り直しのテクニックが使えなくなっていそうで怖いくらいだ。
(まあ、公式のヒントにも「ステ振りで失敗したらこのイベントをやれ」みたいなことが書かれてたし大丈夫だと思いたいが、こっちの世界に来てからなんだかんだでアクシデントが続いてるからな)
俺はブレブレを熟知している、とまではいかないが、それなりにやり込んだという自負はある。
だが、俺が知っているのはあくまで「ゲームのブレブレ」であって、ゲームが現実になったことによる変化というのは予測出来ない。
例えば「本来はまだ行けないはずのショートカットポイントに壁を登って到達した」というようなこちらにプラスの変化もあるが、「仕掛けを動かすだけで無限にスケルトンが湧き出るのは理屈に合わない」と無限湧きの稼ぎポイントが潰され、「女にしか見えない女装男子なんて現実にいる訳がない」という理不尽な理由でリリーは性別まで変えられた。
想定外のことが起きるかもしれない、という心構えだけは常にしておくべきだろう。
「話に聞いてはいましたけど、回復アイテムが使えないなんて厳しい試練ですね」
一方のルインは、インベントリが使えないのが不安なのか、どこか落ち着かない様子だ。
しかし、その程度の感想しか持てないなら、冒険者としてはまだまだだ。
「あのな。インベントリが使えなくて困るのは、それだけじゃないぞ」
「えっ?」
いまだ何も思い当たらない様子のルインを諭すように、俺は自分の装備を指さした。
「言っただろ。この試練では成長がゼロに戻る。そんな状態で、いつもと同じ武器が使えると思うか?」
そう指摘すると、ルインは「あっ」と声を漏らした。
「強い装備は、能力値が高くないと使えない……。そうか! だから、呪いの装備を用意しておく必要があったんですね!」
まるでメガトン級の気付きを得たかのように感動した様子のルインに、曖昧にうなずきを返す。
偉そうに指摘したものの、実は俺もゲームの時はこれで痛い目を見たクチなのだ。
(ほんとブレブレのイベントは容赦がないというか、的確にプレイヤーを追い詰めてくるというか)
俺が初見で潜った時は、全ステータスがゼロになったせいで装備の能力制限を満たせず、身に着けていた全ての武器防具が使用不能になった。
持っていた一番強い装備が使えなくなったというだけで大きな痛手だが、ここで問題になるのがこの試練の「インベントリ使用不能」というもう一つの制限だ。
インベントリが使えなくなれば、回復アイテムを使用出来ないだけじゃなく、予備の装備を取り出すことも出来なくなるため、俺は裸での探索を余儀なくされた。
装備による補正ももちろん、剣が使えないのではアーツもスキルもまともに使えない。
最初のモンスターも倒せずに泣く泣くリセットしたのもいい思い出だ。
なんて、セーブやロードが出来るゲームであればまだ笑って許せるところではあるが……。
(現実になってやるようなもんじゃねえぞ、こんなの。もし俺がいないのに、ルインが「主人公」としてこのイベントに突っ込んでたとしたら、一体どうなってたか)
そんなことを思ってルインに視線をやったが、すぐに思い直す。
(……いや。チート主人公のこいつなら、この程度の障害、一人でだって乗り越えられたか)
そして、そのチート主人公が、今だけは俺の「協力者」なのだ。
「師匠? どうかしましたか?」
「いいや」
俺は口元に浮かんだ笑みを隠して、これから進むべき道を見上げる。
空に浮かんだ「試練の道」は、螺旋を描いてはるか空高くまで連なっていた。
※ ※ ※
全能力値ゼロ、インベントリ使用不可、なんてのはすさまじい縛りではあるが、だからと言って不必要にビビる必要もない。
ゼロが並ぶ逆の意味ですさまじいステータスは、言ってみればこの試練スタート時のスタンダード。
ゲーム開発側の想定通りの状態だ。
ブレブレは難しいゲームではあるが、理不尽なゲームではない。
ゼロスタートが想定されている以上、そこからの勝ち筋が存在しているということだ。
俺たちはもう一度しっかり装備を整えて、スタート地点の後ろにあった、大きな水晶に手を触れる。
「情報通り、これは回復の水晶だな。お前も念のため出発前に触っておけ」
「はい!」
ルインと一緒にペタペタと水晶に手を触れていると、温かいものが自分の身体を巡っていき、心身に力がよみがえるのが分かった。
(うん。これなら、最初の方のモンスターなら余裕で切り抜けられそうだな)
ルインを当てにする、とは言ったものの、もちろん自分の安全対策だって必要だ。
いくらルインが強くても、「戦闘中の流れ弾がこっちに飛んできて即死しました」じゃ洒落にならない。
それを解決するのもまた、事前に用意しておいた装備の力だ。
俺自身の能力値自体は全てゼロのままだが、実際には装備の効果によって多少は改善がされている。
装備効果を含んだ今の俺の強さは、実質的にはこうなる。
―――――――
レクス
LV 0
HP 30(+60)
MP 15(+130)
筋力 0(+98)
生命 0(+30)
魔力 0
精神 0
敏捷 0(+150)
集中 0
―――――――
最近入手した〈命脈の靴〉によって生命を三十上昇させ、紙のようだったHPを補強。
同時にニルヴァ戦でもお世話になった〈魔法騎士の重鎧〉によってMPを大幅に補強。
さらにさらに、〈シューティングスターリング〉の効果で敏捷のみ試練前と同等に近い水準を保持している。
しかしなんと言っても要になっているのは筋力のエンチャント。
例の〈黒猫の祝福コイン〉によって厳選した、この段階では常識外れとも言える数値の筋力アップ効果がついた〈ガードリング〉だ。
本来、〈命脈の靴〉も〈魔法騎士の重鎧〉も筋力ゼロでは身に着けられるはずのない装備だ。
だが、エンチャ指輪を先に着けることによって筋力数値が九十八まで上がり、〈ブレイブソード〉をはじめとしたそれなりの装備が扱えるようになったのだ。
その一方で、
「ちょっと、緊張しますね」
そう言って何も持っていない右手を開いたり閉じたりするルインは、能力を向上させるような装備は何も身に着けていない。
別に、俺が意地悪をしているなんてことじゃない。
単純に、ルインには必要ないからだ。
それを証明する機会は、すぐに訪れた。
足場もなく宙に浮かぶ「試練の道」を進んでしばらく。
やはり何もない空にぽっかりと浮かぶ浮島のような場所に、そのモンスターはいた。
豚のような顔に、発達した筋肉を持つ二足歩行の魔物。
レベル十のモンスター、〈オーク〉だ。
「ルイン。オークだ。……やれるな?」
「はい!」
岩陰に隠れて告げると、ルインもまた、押し殺した声で返事を寄越してきた。
獲物を狙う銀髪の少年に緊張はあるものの、怯えはない。
もうすぐオークがこちらの手の届くところに来る、というところで、ルインは飛び出した。
「――〈光輝の剣〉」
慣れた動きで〈光輝の剣〉を右手に呼び出すと、不意を突かれて武器を構え切っていないオークに即座に斬りかかり……そして、それで終わりだった。
〈光輝の剣〉はまるでバターのようにオークの身体を切り裂き、その身体を上下に分かれさせる。
いくら生命力の強いオークといえども身体を半分にされて生き続けられるはずもなく、その身体はやがて光の粒となって空に舞っていく。
(やっぱり、〈光輝の剣〉はこの試練とも相性がいいよな、絶対)
事前に〈魂の決闘〉でルインの〈光輝の剣〉のスペックを確かめてみたが、それはもうすさまじかった。
まず、ルインの〈光輝の剣〉は普通の〈光輝の剣〉と違い、筋力と集中の値で攻撃力が上下するのだが、筋力と集中がほぼ底辺に近い状態でも、かなりの攻撃力を出したのだ。
武器には使い手の能力が影響する〈変動攻撃力〉と、誰が使っても同じ強さになる〈固定攻撃力〉があるが、〈光輝の剣〉は〈固定攻撃力〉だけでも序盤のモンスターを一撃で葬るレベルの攻撃力を持っているのは明白だった。
さらに、〈光輝の剣〉は装備制限がない。
筋力や集中が能力がゼロだろうとも、発動に必要なHPさえあれば、どんな状態でも装備出来る。
まあ唯一の欠点は、その「使用にHPを消費する」という点だが、それもこの試練ではあまり問題にならない。
なぜなら……。
「なっ!? すごい、力、が……」
倒れたオークから飛び出した光の粒子がルインの左手に飛び込み、ルインは驚いたように身をよじる。
――「レベルアップ」だ。
本来のルインでは、オークなんて数百匹倒そうがレベルが上がるはずもないが、今のルインはレベルゼロ。
特にレベルゼロから一の上昇では、レベルアップ六回分の能力上昇が起きる、という仕様になっている。
この一回のレベルアップだけでも、ルインの力は大幅に上昇したはずだ。
それに、レベルアップによる回復でルインのHPは満タンにまで回復する。
敵を倒してレベルアップが出来るなら、ルインのHPが尽きることはない、という訳だ。
そこからはもう、ルインの独壇場だった。
最初は〈光輝の剣〉で、余裕があると見て取ってからは手にした剣で、とにかく出会う魔物出会う魔物を出会い頭に斬って斬って斬りまくる。
俺も複数のモンスターが出てきた時などはたまに注意を引いたりはしたものの、ほとんどのモンスターはルインが一人で倒していった。
「師匠。オレばっかりこんなにモンスターを倒してしまって大丈夫ですか? これだと、師匠のレベルが……」
「大丈夫。この試練は、ルインに任せるって言っただろ。信頼してるよ」
――正念場、だった。
俺が軽い口調で言い放った言葉に、ルインは大きくうなずいた。
「ま、任せてください!」
そうしてさっきまで以上に気合の入った様子で、次々にモンスターを斬り捨てていく。
その背中に、俺は心の中で頭を下げる。
(……悪いな、ルイン)
俺がモンスターと戦っていないのは、ルインを信頼しているからではないし、ましてや偶然なんかじゃ決してない。
俺はただ「ここでモンスターを倒したくない」んだ。
目を輝かせて魔物を狩るこの少年は、想像すらも出来ないだろう。
――ここで魔物を倒せば倒すほど、「最強」から遠ざかってしまうなんて。
――レベルアップをすればするほど、試練の達成で得られる「力」が減ってしまうなんて。
でも、それでいいし、それがいい。
そういうからくりに絶対に気付けないからこそ、俺はルインを選び、「協力者」としてここに連れてきたのだ。
今はただ、何も知らずに俺に利用されてくれればそれでいい。
だってこれは、「お互いの未来」のためなのだから……。
「――師匠!!」
しかし俺の思索の時間は、慌てたルインの声によって中断されることになる。
なぜルインが声をあげたのか、その理由はすぐに分かった。
どこまでも続く真っ赤な空、そこに昔の映画のスクリーンのようなぼやけた映像が映し出されていた。
「あれは……!」
ここではないどこかの景色を映したその映像に視線を飛ばした瞬間、背筋に震えが走る。
まるで映像の向こうからこちらを見通すようなおぞましい視線に、身体が凍りつく。
「――〈弐の魔王ディブル〉」
スクリーンの向こう、空の上からこちらを見下ろすのは、人の全長を優に超える、巨大で邪悪な目玉の怪物だった。
〈魔王〉登場!!
実は結構ガチで一日サボってバ〇オ一周目終わらせるかなーと思ってたんですが、想像してた三倍くらい真面目な激励がたくさん飛んできたので結局更新しちゃいました
チキショウメエエエ!!(これからも応援よろしくお願いします)





