第百十八話 いざなう悪魔
なんか毎回似たようなこと言ってる気がしますが、このペースだと一番宣伝しなきゃいけない二巻の発売日前にこの章終わることに気付いちゃったんですよね
なぜ計画的に更新出来ないのか……
レシリアの報告を聞いてすぐに訓練場に駆けつけた俺は、訓練場の隅で寝かされていたルインを近くの部屋まで運んだ。
「過労、ですね」
ルインに魔法をかけた治療師は、すぐにそう言った。
無理をせず、しばらくゆっくり休養すれば治るだろう、というのがルインを診てくれたその治療師の弁だった。
治療師が退室して、ずっとついていてくれたレシリアにもルインの無事をみんなに伝えてくれるように頼むと、部屋に残っているのは俺と、白いベッドで眠り続けるルインだけになった。
夕闇の部屋に、沈黙が満ちる。
ここにいてもやれることなんてない。
そう思っても、なんとなくルインをこの部屋に一人残していくのは気が咎めた。
この世界に来た直後、体力を回復したはずのレシリアがなかなか目覚めなかったように、この世界ではHPやMPだけに気を配っていればいい訳でもない。
(……俺のせいだな)
ルインが無理をしているのは、俺だって気付いていた。
仮にも師匠となった俺が、ルインを止めるべきだったのに、ルインとの関わり方に迷っていた俺は、そこまで踏み込めなかった。
自嘲と自戒を込めて首を振り、それからあらためて、目の前に横たわる銀髪の少年を見る。
(……小さい、な)
王道熱血系主人公とでも言うべきラッドと比べて、ルインは少し小柄だ。
タイプとしてはアインと同じ貴公子タイプで、まだ身体が出来ていないせいか、アインよりも一回りは小さいかもしれない。
この世界では単純な体格が戦闘力に直接関わらないとはいえ、こんな身体であんな無茶な訓練をすれば限界を迎えて倒れてしまう、というのも納得出来た。
せめて、今はゆっくり休んでもらおう。
そうして、目が覚めたらルインとちゃんと話をしよう。
そんな風に思って、俺が部屋を出ようとした時だった。
「う、ぁ……!」
悪夢でも見ているのだろうか。
目をつぶったルインが、ひどくうなされ始めた。
「ルイン?」
慌てた俺がルインに駆け寄ると、その口が小さく動く。
そして……。
「ど…、して……。…とうさ、ん……」
悲痛な声と共に、その瞳から涙が一筋流れて落ちた。
思わず伸ばしかけた手を止めてしまうほど、それは俺にとっては衝撃的な光景だった。
――知らない間に、俺はずっと、ルインのことを色眼鏡で見ていたのかもしれない。
その涙を見て、俺は今更になってそんなことに気付いた。
(……父さん、か)
DLCの説明文で、俺はルインが家族を殺されたことを知っている。
夢の中でもうなされるほどに、つらい経験をしてきた少年なのだ。
なのに、俺はルインのことを「主人公」として、単なるゲームクリアやユニット強化のための駒としてしか見ていなかったと気付かされた。
ルインが家族を殺され、復讐のために〈魔王〉を倒そうとしているというのは、俺には分かっていた。
いや、分かっていたつもりになっていた。
だが、今までの俺は、どこまでも他人事で、ゲーム感覚だった。
ルインは「主人公」なんだから、そのくらいの業を背負っていて当然だ。
ルインは「主人公」なんだから、どんな過去があっても立ち直るに違いない。
ルインは「主人公」なんだから、世界のために戦うのは当たり前だ。
心のどこかでそう考えて、ルインを「主人公」としてしか見てはいなかった。
(この世界はゲームなんかじゃないって、そう思ってたはずなのにな)
「主人公」という色眼鏡を外し、素直な視線で目の前の銀髪の少年を見れば、彼があらゆる面で無理をしているのは明らかだった。
ずっと気になっていたことがあった。
あまり干渉はしていなかったとはいえ、ある程度はルインの訓練風景は見ていた。
確かに鬼気迫るように訓練に打ち込んでいたし、誰よりも剣士としての素質に優れている彼は、成長速度だって悪くない。
ただそれでも、ずっと消しきれない「違和感」があった。
何が引っかかっているのか、自分でも分からなかった。
だが「主人公」という色眼鏡を外したことで、その「違和感」の正体にやっと思い至った。
――おそらくルインは、本質的に戦いに向いていない。
自ら剣士であることを望み、剣士として自分を高めることに喜びを見出すラッドとも、自分が剣士であることを当然のように受け入れ、剣の技を手段として使いこなすレシリアとも違う。
今のルインの剣を突き動かしているのは、世界一の剣士になるという夢を叶え、〈魔王〉に復讐を遂げたいという、ただの義務感だ。
(難儀なもんだな)
このままだと、ルインは確実に死ぬだろう。
ガムシャラな努力で覆せるほど、ブレブレの世界は甘くない。
「主人公」であっても、死は平等に訪れる。
この世界にはセーブもロードも存在しない。
どこかで一度つまずけば、そこで終わり。
それでも相手が〈魔王〉でなければ、目標が世界一でなければ、生き残る目もあったかもしれない。
だが……と、そこまで考えて、首を振る。
(――ルインにとっては、いっそ「主人公」の力なんてない方が幸せだったのかもしれないな)
なまじ中途半端に優秀だから、夢を見る。
いっそ〈魔王〉に勝てないほどの強さなら、世界一など望めないほどの素質なら、全てを忘れ、心穏やかに過ごすことだって出来たかもしれないのに。
(……助けて、やりたいな)
ゲームの「主人公」ではない。
目の前にいる銀髪の少年に対して、初めてそう思った。
ハンカチを取り出して、苦しむルインの顔にそっと手を伸ばす。
頬を流れた涙の跡と、額に浮かんだ汗を拭いてやる。
――ルインを「救う」ためには、どうすればいいのか。
その答えは、もう決まっていた。
※ ※ ※
それから、どのくらいの時間が経っただろうか。
夕日が地平線に沈み、空が暗くなりかけた頃に、ルインは目を覚ました。
「あっ! く、訓練は!?」
目を覚ましてすぐ、慌ててベッドから身を起こそうとしたルインの頭を押さえ、乱暴にベッドに押し戻した。
「過労だ。寝てろ」
「で、でも、オレには時間が……」
「でも、じゃない。そんな状態で訓練しても逆効果だ。今は休め」
しばらく抵抗する素振りを見せていたが、俺の意思が固いとみて取ったのか、ルインは渋々起きるのをやめた。
部屋に、沈黙が満ちる。
口ではこう言っていても、ルインはきっと、俺がこの場からいなくなれば、またこっそり訓練に戻ろうとするだろう。
そして、そうさせてしまったのは、俺だ。
「……悪かったな」
「え?」
だから俺は、ルインの目元を手で押さえたまま、謝罪の言葉を口にした。
「俺に、お前と向き合う覚悟がなかったせいで、余計な苦労をかけた」
「そんな、こと、は……」
唐突な俺の言葉に、ルインはどう返していいか分からないようだった。
けれど、そんな風に戸惑わせるのももう終わりだ。
「だが、もう覚悟を決めたよ。なぁ、ルイン」
陽は沈み、薄闇に沈んだ部屋では、俺の表情は見えなかっただろう。
でも、それでよかったと思った。
だって……。
「――俺の〈協力者〉になってくれないか?」
薄闇に浮かんだ俺の顔には、純朴な少年を地獄へと誘う、悪魔のような笑顔が浮かんでいたに違いないのだから。
やっと次回から魂の試練!
……に出発するところくらいかな
忘れてましたが、今コミックウォーカーさんとニコニコ静画さんで漫画版「主人公じゃない!」の二話が毎日更新されてるみたいです
一話以外はすぐ消えちゃうみたいなので、興味ある方は下のリンクからどうぞ!





