第百五話 散策
今回のエピソードは内容が内容だけに若干賛否両論ありそうで怖いんですよね
あ、毎度言ってますが感想欄ではまだ明かされてない内容についてのネタバレだの予想だのはほどほどに配慮してもらえると助かります
「初めまして、レクス様。ロスリットと申します」
「……レクスだ」
アインの陰から出てくるようにして、丁寧な礼を見せるロスリットに、俺は対応に困った。
相手はアインのような悪戯気質もなく、純粋な貴族のお嬢様、といった感じ。
貴族とか身分とかがゆるゆるな設定のゲームなのでそこは助かっているが、それを抜きにしても友達の婚約者とかどう接していいのか分からない。
(今は、「協力者」のことで頭がいっぱいだしな)
あまりのタイミングに、一瞬だけもしや都合のよい相手でもやってきたのでは、と期待してしまったが、残念ながら一緒に事件に巻き込まれるアインとロスリットだけは絶対に「協力者」になれない。
(……それに、彼女じゃ少し弱すぎるしな)
俺は失礼だとは思いつつも、ちらりと彼女に視線を向け、〈看破〉をかける。
―――――――
ロスリット
LV 30
HP 370
MP 255
筋力 140(C)
生命 175(C)
魔力 210(C+)
精神 245(B-)
敏捷 175(C)
集中 245(B-)
能力合計 1190
ランク合計 53
―――――――
彼女は公爵家のご令嬢で、特に戦闘ばっかりやっているような職業でもないのに、レクスの「序盤最強」とかいうもはや有名無実化した称号をあらためて疑ってしまうほどには強い。
しかし、自分で言うのも悲しいが、所詮はレクスクラスの力。
その程度では「協力者」とするには不足があるのだ。
〈魂の試練〉を最善の状態でクリアするためには、レベル五十のボスを撃破する必要がある。
彼女の能力値ではお話にならない……とまでは言わないが、どう考えても能力が足りないのは事実。
まあ、自力でボスを倒せるほど強いなら、ゲームで彼女が命を落とすこともなかったという話だ。
「それで、わざわざ俺に婚約者を自慢するために来たのか?」
「まあ、一番の目的はそこかな」
俺が皮肉で口にした言葉を、さらっと肯定するアイン。
それを聞いて後ろのロスリットが「まあ、アイン様ったら……」みたいに顔を赤らめているが、いちゃつくなら他所でやってほしい。
「どうも、君が悩んでいるように見えたからね。気晴らしに街の散策にでも連れだしてみたらどうか、と」
「あのなぁ。悩んでるのが分かってるんなら……」
放っておいてくれ、そう続けようとしたのだが、アインが次に口にしたのは意外な言葉だった。
「ああいや。発案者は僕じゃない。君の可愛いお弟子さんだよ」
「弟子?」
思いがけない言葉に疑問符を浮かべる俺に、アインはやれやれとばかりに首を振った。
そして、「ほら」とばかりにアインが示した方向には、柱の陰から身を縮めてこちらを窺う、ラッドパーティの回復役、マナの姿があったのだった。
※ ※ ※
「す、すごいです! レクス様とアイン様が並んで歩いているところを生で見られるなんて! すごく、すごく……すごいです!」
脳が退化してすごいです係と化してしまったマナを連れて、街を歩く。
興奮しすぎて俺の呼び名が「レクスさん」から「レクス様」に戻っているが、これは指摘しない方がいいだろう。
アインはともかく、どうして俺なんかをここまで慕っているのかとは思うが、正直悪い気分じゃない。
ちなみに並びはロスリット、アイン王子、俺、マナの順だ。
どうせならマナにはアインの隣を歩くようにと思ったのだが、俺がそう言うと、
「そ、そんな! ダメです! お、お二人の間に割って入るなんて……畏れ多い!」
と謎の恐縮のされ方をして辞退されてしまった。
今も街並みもそっちのけで俺たちの方を見ているのは気になるが、ニコニコと嬉しそうにしているので楽しんでいるのは確からしい。
それなら俺も、せっかくの王都散策を楽しむ方が誰にとってもいいだろう。
「やっぱり王都は独特の活気があるな」
自由の街、と呼ばれるフリーレアにも活気だけはあったのだが、王都の人間はもう少し落ち着いているというか、洗練されている印象がある。
(そもそも、ゲームの世界に行って直でファンタジーの世界を見るなんて、普通に暮らしてれば絶対に出来ないことだしな)
なし崩しについてきてしまった散策ではあるが、あらためてファンタジーの街並みを歩いていると、贅沢で貴重な体験をしているなと感じさせられる。
「気に入ってもらえたようでよかったよ。この街は僕の誇りだからね。楽しんでいってもらえると嬉しい」
「お、おう」
そう言って嫌味のないイケメンスマイルを決めながら、息をするように気障な台詞を吐くアインに内心引きながらも、俺は何とかうなずいた。
戦闘狂っぽかったり婚約者を好きすぎたりするところはあるが、こういう時は王子様なんだなぁと実感させられる。
「レクスはこっちに来てからも訓練漬けで、ろくに王都を見て回る時間もなかっただろう? 指導に誘った身として少し気にしてはいたんだ」
「まあ、王都は初めてでもないしな」
記憶喪失設定のせいで下手なことは言えないが、レクスだって何度か立ち寄っているはず。
そして、プレイヤーとしての「俺」は、王都には拠点として何度もお世話になっているため、もはや隅から隅まで知っていると言ってもいい。
「自信ありげだね。じゃあ二人とも、僕らがどこに向かっているか分かるかい?」
「ええと、この方向に進むと……」
ゲームではギルドのある通りと離れているからあまり使っていなかったが、この先は……。
「――〈愛の広場〉ですよね!」
俺が思い至るより先に、前のめりになったマナが目を輝かせて答えた。
「愛の広場……?」
「はい! 王都の一番の待ち合わせスポットで、大きな時計台の前のとっても素敵な場所なんです!」
その言葉に、ようやく俺の頭の中にも景色が浮かび上がる。
「思い出した! あの、大きな戦士の像がある場所だろ?」
あの像に触ったら転職が出来ないかと何とかよじ登ろうとした、うろ覚えの記憶がある。
「レクス……」
「レクスさん……」
だが、俺の言葉にアインとマナは可哀そうなものを見るような視線を向けた。
「それはドワーフの国と間違えてるんじゃないかな。〈愛の広場〉にあるのは男女の恋人の像だよ」
「え……」
思わず固まる俺を他所に、
「祈る女の人と剣を持って女性を守る男の人の像ですよね! その、まるでアイン様とロスリット様みたいで素敵だなって思って……」
追い打ちをかけるように熱く語るマナ。
完全に知ったかぶりで語ってしまって非常に恥ずかしい。
どうやら俺はもう少しだけ、ステータスやスキルのようなシステム面以外のものにも気を配っておいた方がいいのかもしれなかった。
「そ、それにしてもマナは詳しいな。どこでそんなことを知ったんだ?」
俺はアインの呆れたような視線から逃れるように、マナに尋ねると、マナはもじもじと手で口元を押さえた。
「それは、そのぅ。ガイドブックに書いてあったので……」
そういえば、マナは王都に来る時にも観光ガイドを読み込んでいたなと思い出す。
「強さ」にこだわるあまり、俺は若干視野が狭くなっていた部分もあるかもしれない。
これからはもう少しは観光だの文化だのにも目を向けようとあらためて街を見回して、気が付いた。
「あ、れ……?」
街が、異様に静かだった。
今まで歩いていた人々が、いつの間にか一人もいない。
まるで知らない間に異次元にでも迷い込んだかのような、とてつもない違和感。
「レクス?」
アインの声が耳を打つ。
だが、俺はそれに返事をすることも出来なかった。
なぜなら、見つけてしまったからだ。
前方、街並みの間を流れる小さな川。
そこに渡された小さな橋の上で仁王立ちする、ローブ姿の人影を。
「――お前が、アイン王子か?」
ローブの男から発せられた、涼やかにすら聞こえる、その声色。
だが俺は、戦慄を抑えられなかった。
(ありえない! なんでだ!? なんで「今」なんだ!?)
強烈な既視感。
俺は「この光景」を知っている!
そうだ、これは……。
この「イベント」は……。
――「光の王子アインの暗殺」イベントだ!!
次回更新は明日!





