第九十九話 光と闇
前にも言いましたけどこの作品のステ管理、じみーに大変なんですよね
エクセル大活躍です
――生まれながらの天才。
これがアインを評するのにもっとも適した言葉だろう。
神に愛された〈主人公〉であるプレイヤーでさえ、同じ土俵の上で戦っていては、アインに手を届かせることは出来ない。
その圧倒的な高ステータスの秘密は、本人の「才能」。
つまり、素質値にある。
例えば、冒険者の中で上位に入るレベルで優秀なプラナの素質値はこうだ。
―――――――
筋力 4(スゴイ)
生命 3(ふつう)
魔力 3(ふつう)
精神 2(ダメ)
敏捷 4(スゴイ)
集中 6(天才)
合計 22
―――――――
全体的に値が高く、中でも弓に必須の能力である〈集中〉の伸びが六という最高の形。
弓使いのほぼ理想形だ。
対して、理想形を越えたチートであるアイン王子の素質値は、こうなっている。
―――――――
筋力 6(天才)
生命 6(天才)
魔力 6(天才)
精神 6(天才)
敏捷 6(天才)
集中 6(天才)
合計 36
―――――――
いやバカだろ、と言いたくなるこの数値。
一般冒険者が十六が低い二十で高いだので一喜一憂している中、三十六とかいう異次元の高みから見下ろすのがこのアインだ。
あの最強の剣聖ですら二十六止まりだというところからも、アインの規格外っぷりが透けて見える。
そもそも、この「天才」級の素質は、本来こんな安売りされるようなものじゃない。
ラッドたちの中で「天才」にあたる六の素質値を持っているのがプラナだけ、ということからも分かる通り、非常にレアなもの。
ランダムキャラよりも能力値が高い傾向にあるユニークキャラであっても、何かに特化したキャラの中で特に優秀なキャラクターが、もしかすると一項目だけ持っているかもしれない、というほどに貴重なもののはずなのだ。
さらに、アインの優遇はそれで終わらない。
アインは生まれつき〈ライトプリンス〉という固有のクラスを持っていて、この職の補正値が素質と同値であるため、アインは誕生した瞬間から「一レベルにつき七十二ずつ能力が上がる」という頭のおかしい状態になっている。
それに王子という役職に恥じない高レベルが合わさった結果が、
―――――――
アイン
LV 45
HP 1320
MP 660
筋力 600(S-)
生命 600(S-)
魔力 600(S-)
精神 600(S-)
敏捷 600(S-)
集中 600(S-)
能力合計:3600
ランク合計:96
―――――――
このチートとしか言えない化け物染みたステータス、という訳だ。
「強いのは、分かった。けど……」
俺の説明をそこまで無言で聞いていたプラナだったが、ぽつり、と尋ねる。
「……弱点は、ないの?」
「あるぞ」
即答したことに驚いたのか、一瞬目を見開いたプラナに、俺はなげやりに言った。
「アインの弱点は、強すぎることだ」
真顔で言う俺に、プラナは眉をしかめる。
「……冗談?」
「違う。この最後に、ランク合計値ってのがあるだろ」
手帳に記したステータスの最後、ランク合計値の欄を指さす。
「前にも話したよな。これは、各能力値の後ろについてるSだとかA+だとかいう評価ランク、その合計を計算したものなんだが、次のレベルまでの必要経験値はこいつで決まるんだよ。そして……」
もう一度、さっきの表を見せる。
プラナのランク合計値が五十八なのに対して、アインは九十六だ。
「全ての能力が高いアインは、能力ランクも当然高くなる。つまりアインは、成長がめちゃくちゃ遅いんだよ」
アインは作中、最後まで仲間になることはなかったが、一時的に同行者となることはあった。
同じレベルだった場合でも、アインだけ異様にレベルの上りが悪く、その補正の強さを感じたものだ。
アインも決して、完全無欠ではない。
「……レクス」
「ん?」
とはいえ、
「――その弱点、試合に関係ある?」
ド直球に投げ込まれたプラナの質問に、俺は言葉を返すことが出来なかった。
呆れたような視線を振り切るように、俺は慌てて口を開いた。
「ま、まあ、心配するな。このルールでは、能力値の高さはあまり関係ない」
アインの本来の戦闘スタイルは、剣士よりも魔法剣士に近い。
魔法剣士は自らの魔力を剣に宿らせて敵を斬る物理魔法両面を駆使する特殊なアタッカーで、彼らが繰り出す魔法剣には〈筋力〉と〈魔力〉、両方の強さが影響する。
普通の冒険者であればどっちつかずになってしまうところだが、どちらも特化型を越えるレベルの強さを持つアインなら、その心配はない。
どちらか片方で攻撃するよりもずっと高い威力の攻撃を繰り出せるため、アインの魔法剣は反則的な強さを誇るのだ。
ただし、この〈決闘の間〉では魔法は使用出来ない。
ならば、この試合に限ってはアインはただの「強い剣士」でしかないということだ。
(それに、こういうサドンデス形式の戦いは、ゲーム時代に闘技場でこなしたことがある)
単純に総合力が問われる通常の試合とは、重視されるものが異なる。
この形式で一番重要な能力は動きの速さに関わる〈敏捷〉だが、その影響は二百になった時点でほぼ頭打ち。
速度については俺とアインは互角と考えていいだろう。
このルールでは耐久力は完全に無意味で、技の威力についてもそこまでの意味はない。
先に速くて弱い攻撃を当てれば勝つし、一度でもパリィを成功させればその時点で勝負は決まる。
「だから、俺にだって勝ち目はあるさ」
そんな風に締めくくったところで、背後から声がかかる。
「……レクス殿。そろそろ」
セルゲン将軍だった。
話が一段落するのを待っていたのだろうか、振り返れば〈決着の間〉の準備はすでに出来ているようだった。
「……ッ」
あまりの人の量と圧力に、プラナのおかげで忘れられていた緊張がぶり返すが、逃げ出す訳にもいかない。
「分かった」
とうなずいて、歩き出す。
「……頑張って」
後ろから投げかけられた小さな激励に片手を上げて返しながら、俺は王子が待つリングへと登った。
※ ※ ※
騎士たちと、そして仲間たちの視線が集まる中で、リングに登った俺は、アインと向かい合う。
その衆人環視の中でも、アインは優雅な姿勢を崩さない。
プレッシャーなどまるで感じていない顔で、俺に向かって笑顔をさえ向けてみせた。
「……まさか、お前と戦うことになるとはな」
どうせ、誰が聞いている訳でもない。
敬語もかなぐり捨てて、俺は悪態をつく。
「そうかい? 僕は君の噂を聞いた時から、戦いたいと思っていたけれど」
あくまでも楽しそうな様子のアインに、俺の中で疑惑がむくむくと広がっていく。
「……まさか、俺に指導を持ちかけたのは、こうして戦いたかったから、じゃないだろうな?」
「さて、どうだろうね?」
アインは誤魔化すように片目をつぶったが、否定しないのが答えだった。
指導を頼みたがっていたのも嘘ではないかもしれないが、この試合までの流れは計算尽くだったということだろう。
「アイン。お前は絶対あとで殴ってやるから覚悟しとけよ」
「あはは、仮にも王子だからね。顔は勘弁してほしいな」
とてもではないが、王子と冒険者の会話とも思えないようなやりとり。
だが、不思議とそれがピッタリと噛み合っていた。
(ほんっと、なんでこいつら、友達になれたんだよ)
光と影、陰と陽。
そんな風に言いたくなるほど、レクスとアインは対極の存在だ。
片や、真っ白な装束に身を包んだ、煌びやかで明るい王子様。
片や、黒尽くめの服を身に纏った、不器用で不愛想な冒険者。
身分も性格も、能力すらも対極の二人が、こうして向き合って、軽口を言って笑い合っている。
おかしなことのはずなのに、今の俺にはそれが自然なことのようにも感じられた。
「……よろしいでしょうか」
まるで奇跡のようなその時間は、激突の予感によって終わりを告げた。
全騎士の代表として、セルゲン将軍が俺たちに問いかける。
「最後の確認です。武器は自由、魔法は禁止の三本勝負。相手の身体に攻撃を当てるか、相手を場外に落とした場合に勝利とし、先に二回勝った方が最終的な勝者となります。異論はございませんな?」
その言葉に、俺たちは同時にうなずいた。
「僕は問題ないよ」
「……ああ」
立会人役の将軍がリングから降りて、今度こそ俺たちは二人きりで向かい合う。
空気がひりつく。
先程までの和やかな空気が嘘のように、〈決闘の間〉に緊張が走る。
……それでも俺は、臆すことなく両手の武器を握り締めた。
所詮俺は、冒険者ですらないただの社会人だ。
剣の腕でアインに勝っているとうそぶけるほど、自惚れちゃいない。
だが……。
(そんなに知りたいなら、見せてやるよ。〈マニュアルアーツ〉の力って奴を!)
押し込められた衝動が、〈決闘の間〉の大気を揺らす。
そうして二人の間の緊張が、最高潮に達した時、
「――はじめっ!」
セルゲン将軍の掛け声と共に、光と闇の対決が始まった。
次回は明日の21時更新予定です





