第九十七話 ブライティス
うおおおおおおお!!
今日も更新間に合ったぜえええええええええ!!(ゴリ押し)
「騎士団を指導ってな。簡単に言うが……」
ゲームでは大規模なワールドクエストの時にしかお目にかかることはないが、その実力は本物。
ブレブレ世界におけるエリートの象徴のような彼らが、ぽっと出の冒険者なんかの指導をおとなしく受けるものだろうか。
「あはは。実際簡単な話だよ。僕が言えば、彼らは絶対にノーとは言わない」
穏やかながらも静かな自信を秘めた口調で、アインは断言した。
そりゃまあ、王子様なら騎士団に対しては絶対的な影響力を持っていてもおかしくはないだろうが……。
「悪いが、俺たちにも目的がある。今は人探しをしているんだ。あまり時間は……」
「なるほど。この時期に王都に来た……ということは、君たちは〈遺跡攻略者〉を探しに来たんだね」
「な……っ」
すっぱりと言い当てられて、わずかに動揺する。
そして、その一瞬の動揺はアインに確信を与えるには十分だったようだ。
「だったら話は早い。君が騎士団の指導をしてくれるなら、〈遺跡攻略者〉の捜索に協力しよう。王家とギルドの関係は悪くない。少なくとも王都のギルドからは全面的な協力を得られるはずだよ」
「そんなあっさりと決めていいのか?」
俺が問いかけると、アインはためらいなくうなずいた。
「実を言うと、〈遺跡攻略者〉の情報はこちらでも集め始めてはいるのさ。王家としても、例の遺跡を攻略した人間の正体が不明というのは問題だからね。ただ、こちらとしてはその攻略者が危険な人物ではないということを確かめたいだけで、それ以上の意図はない。君が彼に用事があるのなら、特に止める理由もないさ」
「なるほど、な」
アインに嘘をついている様子はない。
ここのギルドの情報をあてにするにしても、ヴェルテランからの手紙を見せて助力を仰ぐより、王子であるアインが要請する方が成果は見込めそうではあった。
「もちろん、指導についても一日中拘束しようなんて考えてはいないよ。君がフリーレアのギルドでやっているようなことを、こっちにいる間だけ騎士団相手にやってくれるだけでいいんだ」
どうやら、俺のフリーレアでの活動はアインには把握されているらしい。
ここまで押されたら、断る理由もない。
「……分かった。こっちの目的を優先していいのなら、受けてもいい」
「よし、交渉成立だ。残りの話は、彼らと一緒にしようか」
するとアインは少年のように笑うと、俺の背後、話にくわわれずに立ちすくんでいたラッドたちを手招きした。
アインに招かれたラッドたちは、一瞬びくっと肩を震わすと、恐る恐る近付いてきた。
「待たせちゃったみたいで悪かったね。おかげでレクスとの話はまとまったよ。……君たちは噂のレクスの弟子たちだね」
弟子じゃない、と俺が口を挟む前に、ガチガチに緊張した様子のラッドが答える。
「は、はい! オ、オレはラッドと言います! 〈ブレイブ・ブレイド〉のリーダーで、ランクは最近C級になりました!」
「ああ。話は聞いているよ。世界一決定戦では初出場で準優勝までいったそうだね。セルゲンが有望な若者だって褒めていたよ」
柔和な笑みと共に笑いかけられ、ラッドはしどろもどろになった。
「そ、そんな……。全部、ししょ……おっさ、あ、いや、レクスさんに教わった結果で……」
「ははは。それでも世界一決定戦で準優勝は誇っていいことさ」
真摯な瞳でそう断言してから、アインはちらりと俺を見た。
「ただ、もちろんレクスの教えが効果的、いや、画期的だったことは間違いない。だから今、レクスに騎士団の指導を頼んだところだったんだ」
そうアインが言うと、ニュークが身を乗り出してきた。
「き、騎士団って、もしかして〈聖光騎士団〉ですか? その指導役だなんて……! 本当ですか、レクスさん!?」
めずらしく興奮を隠さない様子のニュークが、俺に詰め寄ってくる。
その奥で、アインがまた俺にウインクを飛ばしてきた。
(こ、こいつ……!)
俺が断らないように、ラッドたちの憧れを利用して外堀を埋めにかかっている。
とはいえ、このキラキラとした瞳を前に、否定するのも気が引けた。
「……まあ、成り行きでな」
と俺が視線を合わせずに言うと、ラッドたちはワッと湧いた。
「すげえじゃねえか、おっさん!」
「た、確かに、レクスさんの教えにはそれくらいの価値があると僕も思ってましたけど。でも、ほんとに騎士団に招かれるなんて……!」
などと大はしゃぎだ。
どうやらこの世界の少年にとって騎士団というのは、それだけ憧れの存在らしい。
「それじゃ、早速騎士団の訓練場に案内しよう。せっかくだから、君たちも見学していくといい」
「い、いいんですか!?」
アインの提案に、すかさず食いつくラッドとニューク。
アインはイケメンなだけでなく、人心掌握術にも長けているようだ。
あの気難しいラッドと用心深いニュークをこの短時間の間にすっかりなつかせていた。
「あ、で、でも流石に、王子様に案内してもらうのは恐れ多いと言いますか……。い、今さらですけど、護衛もつけずにお一人で街を歩いて大丈夫なんでしょうか?」
「あははは! 僕は確かに王子ではあるけど、僕自身にそんなに大した価値はないよ」
興奮していてもやはり常識人のニュークだ。
不安そうに尋ねたその質問を、アインは笑い飛ばした。
「――ブライティス王家の資格は、血ではなく志だ。そして、血筋に囚われないことが、僕らの誇りなんだ」
〈ブライティスの太陽〉とも称される王子は、力強くそう言い切る。
「ブライティス建国の逸話を、君は知っているかい?」
「ええと、大戦が終わって荒廃した世界で、〈導きの王笏〉という秘宝を手に入れた方が人々をまとめ、それが自然と国になった……と」
たどたどしく答えるニュークに、アインは「その通り」とうなずいた。
「〈救世の女神〉の遺した秘宝とも言われる〈導きの王笏〉は、真に民を思い、人の発展を望む人間にのみ、その所有者と認める。実際、僕の四代前の王子はその邪な思いを見抜かれ、〈導きの王笏〉に焼き尽くされた」
物騒なことをさらりと口にしながらも、アインの口調は崩れない。
「僕が死んでも、国は揺るがない。必ず同じ意志を持った誰かがあとを継いでくれる。その確信があるからこそ僕は自由に行動出来るし、同時にその事実が僕の安全を担保してくれているんだ」
その話を理解出来ているのか、いないのか。
二人はただただ圧倒された様子でアインの言葉を聞いていた。
「ま、それに僕も鍛えているからね。そんじょそこらの賊に後れを取るつもりはないさ」
その二人の様子を見て、アインは少し語りすぎたことに気付いたのか、少しおどけるように腕を上げて拳を握ってみせた。
ラッドたちは「あはは」みたいに笑っているが……。
(アインの実力を考えると、あれ、百パーセント本気の台詞なんだよなぁ)
「チートオブチート」の二つ名は伊達じゃない。
たとえ魔物や盗賊の集団に襲われたとしても、アインならあくび混じりに殲滅してのけるだろう。
あ、ちなみにだが、「アインに価値がない」なんていうのは大嘘である。
アインは数々のワールドイベントで先頭を切って魔物との戦いに身を投じ、陣頭指揮を執る戦の要。
その生死は当然のようにワールドイベントの達成に大きな影響を与える。
もしかするとこの国においては「王子」という立場自体にそれほどの価値はないのかもしれないが、「アイン」というチートな個人と、そういう有能な人間が人を指揮出来る立場にいる、という事実には大きな価値があるのだ。
しかし、そんなことを知る由もない彼らは、楽しそうに話を続ける。
「君たちは騎士団に興味があるのかな。せっかくの機会だ。訓練場までの道すがら、騎士団について僕の知っていることを話そうか」
「ほ、本当ですか! ぜ、ぜひ!」
そんなことを言いながら歩き出す三人をぼーっと眺めていると、その輪から少しだけ離れたところでアインたちを見るマナに気付いた。
(あれ……?)
冒険者マニアなマナにとって、王子でありながら冒険者としても超一流のアインは憧れの対象かと思ったのだが、どうしたのだろうか。
歩み寄って、声をかける。
「マナはアインの話を聞かなくていいのか? 本物の王子様と話が出来る機会なんて、たぶんそうそうないぞ?」
「い、いえ。わたしは、ここで」
そう言いながら、マナの目はアインをしっかりと追っていた。
もしかして、我慢をしているのだろうか。
「やっぱり、マナも王族相手じゃ気後れするのか?」
「いえ、その……」
マナはもじもじと身をよじるようにしていたが、俺が促すような視線を送ると、堰を切ったようにしゃべりだした。
「た、確かに! お二人が握手なさったところなんかは、歴史的瞬間を目撃したみたいで大変尊い……とは思ったんです! でも! だからこそその空間にわたしという異物を入れて純度を下げるのは違うというか! むしろわたしはただの壁の絵になってこの幸せな世界をじっくりと鑑賞したいというか……!」
「お、おう……」
どうやら俺は、突いてはいけないスイッチを押してしまったようだった。
こじらせファンのようになっているマナから視線を逸らして、我関せずと少し離れた場所を歩くプラナに話を振る。
「プ、プラナも、混ざってこなくていいのか? 今なら貴重な話が……」
「騎士団にも王子にも、興味はない」
「そ、そうか」
一瞬で話が終わってしまった。
助けを求めるように最後の一人、レシリアに目を向けるが、彼女は彼女で何やら考え込んでいるようでまともな返答は望めないようだった。
(……俺も、あっちに混ざればよかったな)
と思うが、今さらあの楽しげな輪の中には入っていきづらい。
密かな後悔をしながらも、俺はトボトボとアインのあとをついていったのだった。
※ ※ ※
「――アイン王子に、礼!」
セルゲン将軍の号令に、訓練場で三々五々に訓練をしていた騎士たちが一糸乱れぬ動きでアインに向かってビシっと敬礼する。
「ああ。楽にしていいよ」
アインはそれを当たり前のように受け入れ、やはり当たり前のような態度で収めさせる。
こういうところを見ると、いくら庶民派に見えても王族なんだなぁということを認識させられる。
アインは俺たちを引っ張るように、自然と騎士たちの中心に行くと、ちょうど訓練に居合わせていたのか、騎士たちを指導している様子のセルゲン将軍に、にこやかに話しかけた。
「今日ここに来たのは、ほかでもない。ここにいる『彼』に君たちの指導を頼もうと思ってね」
「ほう……?」
セルゲン将軍の目が細められ、同時に訓練場にいる騎士たちの視線が俺に向けられる。
だが、その視線はどれもお世辞にも好意的とは言い難い。
「紹介しよう。彼があの『奇跡の剣技』の使い手のレクス。レクス・トーレンだ」
「……レクスだ」
アインの大仰な紹介に背中を押され、短く名前だけを口にする。
しかし、平静を装ってはみたものの、俺の心臓はバクバクだった。
「おい。歓迎されてないみたいだが?」
針のむしろのような視線の雨の中で、小声でアインに抗議する。
「ははは。みんな、自分の実力に自信を持っているからね。余所者に荒らされたくないと思っているのさ」
しかし、俺の文句もなんのその、アインはあっさりとそう認めて、「だけどね」と続ける。
「そんなもの、〈マニュアルアーツ〉の有用性の前には全て吹き飛ぶよ。ちょっと実演してその強さを見せてやれば、不満を漏らす奴なんていなくなる」
「それは……そうかもしれないが」
そんな乱暴な、と思うが、同時に納得する自分もいた。
確かに戦いを生業とする者にとって、〈マニュアルアーツ〉の魅力は抗いがたいところだろう。
「話が早くて助かるよ。なら、早速一発かましてやるとしよう」
「あ、ああ」
なら何か、騎士団の度肝を抜くような見栄えのいいアーツでもいくつか披露するか、と考えていると、
「それじゃあやろうか。レクス」
なぜか対面に立ったアインが、俺に訓練用の木剣と小盾を投げ渡してくる。
そして、その手にはなぜか、俺のものと同じ木剣が握られていて……。
「――三本勝負といこう。噂の剣技がどんなものか、楽しみだな」
「……へ?」
俺はいつのまにやら、剣と盾を構えた最強王子様と、武器を構えて向かい合っていたのだった。
爽やか系脳筋王子様!!
流石に今回は王子のステータスを公開すると思ったか、残念だったな!
ということで次回は今度こそ明日、もしくは今日更新です!





