第九十六話 光の王子アイン
謂われなき突然の昼更新が読者を襲う!
――〈光の王子〉アイン・ブライティス。
彼を一言で表すなら、〈ブレイブ&ブレイド〉の「もう一人の主人公」だ。
ゲーム内においては数々のワールドイベントに関わって世界の行く末を左右して、ゲーム外においてもゲームのパッケージやホームページのキービジュアルに、様々な場面で「ゲームの顔」として大々的に描かれるあらゆる意味での超重要人物。
そして彼は恐ろしいことに、そんな扱いも当然だと思わせるだけのスペックを備えている。
陽のイケメンとも言うべき、明るさと品の良さを兼ね揃えた容貌。
誰にも分け隔てなく優しく、民を守るために心を砕く優れた人格。
大国の第一王子にして次期国王、という文句のつけようのない身分。
天才というのも生ぬるい、もうチートと言う以外ない圧倒的な能力。
ブレブレに数多くいるキャラの中でも、これほど「完璧」という言葉が似合うキャラクターもいないだろう。
いや、ただ一点。
文句とは言わないまでも、疑問点があるとしたら、その交友関係だろうか。
(――どうしてこんな完璧超人が、レクスなんかの親友なんだよぉおおおお!!)
心の中で、絶叫する。
あ、いや、もちろんキャラとしてレクスは好きだし、アインとレクスは光と闇という感じで、絵になる組み合わせだなぁとは思う。
さらに言えば、この世界は王族がそこら辺を単身でぶらぶら歩いていることから分かる通り、身分制度もめっちゃくちゃ緩いのも分かる。
しかしそれにしたって、一国の王子様と一介の冒険者だ。
つり合いが取れないという以前に、接点がまるで分からない。
ゲームでもレクスがいる状態でアインと会えば、アインは親しげにレクスに話しかけていたように思う。
しかし、レクスとアインの関係については、ゲーム中でも明らかにされることはなかったのだ。
「――レクス?」
硬直したままの俺に、アインが訝しげな表情を見せる。
(ど、どうする? どう対応するのが正解なんだ?)
アインとレクスが親しかったということは分かる。
だが、一体どういうスタンスで話をすればいいのか。
追い詰められた俺が、苦し紛れに口を開こうとしたその時、
「――お待ちください、アイン殿下」
まるで俺をかばうかのように、俺とアインの間に緑の風が割って入る。
「ん? 君は……」
突然の乱入に目を細めるアインに対して、その乱入者、レクスの妹であり、俺の事情を唯一知る共犯者でもある彼女は、隙のない礼をしてみせた。
「お初にお目にかかります。トーレン家の長女、レシリアです」
「ああ。君がレクスの……」
「失礼ながら、殿下に申し上げたいことがあります」
王子の言葉を遮るように、レシリアはいつもとは少し違う、どこか張りつめた雰囲気で口を開く。
そうしてからちらりと俺を、いや、俺の背後のラッドたちを気にしてから、とんでもないことを言い始めた。
「実は、今の『レクス兄さん』は、過去の記憶を失っているのです」
「……なん、だって?」
青天の霹靂だった。
思いもかけない言葉にアインばかりか俺まで混乱する中で、レシリアだけが平然とアインを見つめていた。
「それは……。まさか、アースの街が落ちた時に?」
アインがそう尋ねるが、レシリアは平然と首を振った。
「いえ、それより以前の話です。兄さんはとある遺跡で未知の魔法に触れ、本来人の身では知り得ない異界の知識を得ることが出来たそうです。ですがその代償として、過去の記憶のほとんどをなくしてしまった、と」
驚いたアインが俺を見るが、俺だって驚きたい。
完全に何を言ってるんだこいつ、状態だ。
だが、レシリアがこんな作り話を持ち出したということは、アインのことを知らない俺ではボロが出てしまうくらい、アインとレクスの関係は深い、ということだろう。
俺は仕方なく、話を合わせることにした。
「あ、ああ。その通りだ」
レクスのロールプレイでずっとポーカーフェイスを貫いてきたおかげだろうか。
何とか表情を変えずにうなずくことが出来た。
「まさかそんな……と言いたいところだけれど、以前の『君』であればそのくらいの無茶はやりそうだ」
流石に衝撃だったのだろう。
アインも動揺は隠しきれない様子で額を押さえる。
「記憶がない、ということは、僕のことも?」
「覚えていない。……悪いな」
罪悪感を覚えながらも、肯定する。
それに対して、アインは「そうか」と力なくつぶやいたが、流石にそのまま納得は出来なかったようだ。
鋭い目で俺たちを見ながら、問いかけてくる。
「しかし、君が記憶を失ったという話は噂レベルでも流れていないようだね。公表しようとは思わなかったのかい?」
その質問には、俺より先にレシリアが答えた。
「私が止めました。A級冒険者である兄さんが記憶を失ったなどという話が公になれば、人々に不安を呼び起こしかねません。それに、ある程度なら私が、妹の私がサポート出来ますので」
「そう、か。……なるほど、そういうこと、か」
彼の中で、一体どんな気持ちの整理が行われたのだろうか。
考え込んだ様子でアインはうなずき、そんな彼を、俺の前に立つレシリアは緊張した面持ちで見守っていた。
「……そうだね。僕もその方が良いと思うよ」
次に顔を上げたアインは、心なしかスッキリとした顔をして言った。
「残酷なことを言うようだけれど、君が記憶をなくしてしまったことは、必ずしも悪いことではないのかもしれない」
「え……?」
思いもかけないアインの言葉に、俺は目を見開く。
「かつての君は、使命感に縛られて無理をしていた部分があったように思う。それに比べて今の君は、いや、君たちは、何だか楽しそうだ」
「あ……」
隣のレシリアから、声が漏れる。
そして、俺もその言葉には、思い当たる節があった。
レクスはぶっきらぼうで人を寄せつけない雰囲気を発してはいるが、その行動だけを取り出せばむしろ献身的とすら言える。
オープニングイベントでは全く縁もゆかりもない新人パーティを救い、そのために命を捨てさえしたし、イベント後に生存しても、各地で寄せられる困難な依頼を時に安価に、時には対価なしでこなして、困窮する人々を救っていた。
その原動力となっていたのが何なのか、俺には分からない。
だが、「使命感に縛られていた」という表現は俺の中で不思議とピッタリとはまった。
「ありがとう、ございます……!」
俺以上にレクスのことを知るレシリアには、アインの言葉に何か思うところがあったのだろう。
レシリアが、深々と頭を下げる。
それを照れ臭そうにぱっぱと手を振ってやめさせてから、アインは笑う。
「もちろん、親友としては僕のことまで忘れられてしまったのは残念だ。でも、これで僕らの関係が終わった訳でもない。だから僕は、あえてこう言わせてもらう」
そこでアインは一歩前に歩み出ると、俺に手を差し出した。
「――初めまして。僕は、アイン・ブライティスだ」
曇りのないその目に、俺はアインの意図を悟った。
一瞬のためらいを振り切って、俺は差し出されたその手に、自分の手を重ねる。
「――初めまして。俺は、レクス・トーレンだ」
二つの手が、がっしりと組み合う。
「……『レクス・トーレン』。いい名前だね」
「そうか。実は俺もそう思っている」
王子に対するとは思えない不遜な物言い。
だがその言葉は、まるで俺の中から零れ落ちたように、なぜかするりと口から出た。
アインは一瞬だけ呆気にとられたような顔をしたが、すぐに心の底から楽しそうな笑みを見せる。
「やっぱり、君とはうまくやっていけそうだよ」
アインは王子らしくない態度でひとしきりカラカラと笑うと、湿った空気をさらに入れ替えるように、明るい口調で切り出した。
「それにしても、異界の知識、だって? 興味深いね。僕の耳にも入っているよ。噂に名高い『クラスの転職条件』や『マニュアルアーツ』も、そこから?」
「あ、ああ。そういうことになるな」
切り替えについていけずに及び腰になる俺に向かって、アインは嬉しそうに瞳を輝かせた。
「やっぱりそうか! 特に〈マニュアルアーツ〉についてはセルゲン将軍から散々に話を聞かされていてね。ずっと楽しみにしていたんだ!」
「セルゲン将軍? ああ、世界一決定戦の時か」
セルゲン将軍は世界一決定戦の決勝で〈マニュアルアーツ〉を操るラッドを激戦の末に破り、その後のニルヴァとのエキシビションマッチで〈マニュアルアーツ〉を使われて敗北した。
まさに〈マニュアルアーツ〉の強さを身をもって知っている人間と言えるだろう。
「そうだ! せっかくだから、こっちにいる間だけでいい、指導をしてもらえないか?」
「え?」
唐突な提案に、俺は思わず聞き返す。
しかし、その言葉は聞き間違いなどではなかったようだ。
「もちろん、国が責任を持って対価は払う。絶対に後悔はさせないさ」
「待て。国が、とはどういうことだ? 一体誰を指導しろと……」
大事になりそうな予感に俺は慌てて口を挟む。
が、それは少し遅かったようだ。
「誰をって、そんなの、決まっているだろう?」
するとアインは、茶目っ気たっぷりにウインクをして、こう言ったのだ。
「――王都の最高戦力にして、ブライティス王国の剣、〈聖光騎士団〉の、だよ」
この回で王子のステータスを公開すると言ったな、あれは嘘だ!
ということで次回こそは明日更新です!





