鳥籠の少女
「お茶でも勧めたいけれど、生憎ここには最低限のものしかなくって、申し訳ないわね」
ジェームズに用意させておくわ、と少女は白い瀟洒なテーブルの対面に腰掛けるように進めた。
腰掛けると修道女姿の少女はレースに覆われた目がまるで見えるかのようにユイを見つめて小首を傾げた。
「それで、あなたはどんな理由でここまで来たの?」
「魔女がいるって噂を聞いて…」
「それで一人で肝試し?ふふ、勇敢なところは変わっていないのね」
少女は蜂蜜のような声で笑って、口元を押えた。その時ユイは今にも折れそうな細く折れそうな腕に重苦しい金属の手枷が着いていることに気がついた。
「あなたは、なぜ私を知っているの?」
「なぜも何も、あったことがあるからよ、私の騎士。忘れちゃったの?」
悲しげな響きの声に、ずきり、とユイの頭が痛む。何かを忘れているような気がする。
酷く昔の記憶が海馬の奥底から泡となって浮かび上がってくるような、そんな感覚。
「ユイ?」
心配げな声をかけられて、ユイは、はっと意識を少女へともどした。
少女はユイの頬に手を伸ばす。手枷に繋がれた鎖がじゃらじゃらと音を立てた。
「…あなたはいつからここにいるの?」
冷たい指先が頬に触れた。存在を確かめるように細い指先がユイの輪郭を這う。
「いつから、そうね、物心着いた時には、かしら」
「ずっとここに…1人で?」
「そうね、迷い込んできた女の子がいなかったら、きっとずっとひとりぼっちだったでしょうね」
子供のように無邪気に笑う彼女は、噂の魔女とは程遠い存在に思えた。
「その…目はどうしたの?」
「ああ、この目のことね…人を見ちゃうとね、私」
少女はユイから手を離した。少女は儚げに微笑んで言った。
「その人を殺してしまうの」
『ユイ!こちらアミティ応答せよ!』
トランシーバーからノイズ混じりの音声が飛び出て、ユイはビクリと身をすくめた。
「アミティ?どうしたの?」
『看守が戻ってくる時間だ!至急離脱して!』
「あら、時間見たいね」
夢から覚めたような心地だった。
またたきの間にも、とても永い時間にも思われた。
アミティの声を聞いて慌てて立ち上がったユイは、来た道を帰る直前、少女を振り返った。
「あなたっ、あなたの名前は?」
慌てた頭の中でそれだけひねり出すと、少女はどこか寂しげに微笑んで言った。
「リリィよ」
悲しげな顔を見ていられず、ユイは言った。
「リリィ、また今度ね!」
ユイの言葉に驚いたような顔をしたリリィは、やがて笑ってかけていく背中を見送った。
「きっとよ、もう、忘れないでね」
(ユイ!こっちこっち!)
慌てて植物園から出ると、アミティが近くの木の影から半身を出して手を振っていた。
ユイがその木の影に隠れた直後、闇夜を切り裂くようにと看守の持ったライトが遠くの方から近づいてくるのが見えた。
「撤退しよう」
「それには同意!」
ユイとアミティは素早くそして音を立てないようにしながらその場から離れた。
雑木林を全力で駆け抜けて、不気味な校舎が出できた頃には、アミティとユイの息は完全に上がっていた。幽霊の出る古城と言われても納得する校舎をみて、まさかこんなに安心する日が来るとは。
二人で荒い息を着いて座り込むと、アミティがこちらを向いた。
「で、結局魔女にはあったの?生きてるってことは、あの噂はガセだったのかな」
「心配の言葉とかないわけ?まあ、人にはあったよ」
人?と訝しむアミティの背後に、にゅ、と人影が現れた。
「やぁ!生きてるみたいでよかったよユイ」
「ご心配どうも、あなたはどこに行ってたわけ?」
ハルだった。
彼は大仰な身振りでなにいってるんだ、と手を挙げて首を振った。
「君が風見鶏のオーナーから託された課題をこなしてきたんじゃないか」
「卸売の話しね、どうだった?」
「そこは僕、上手く纏まったとも!褒めてくれていいんだよ?」
「はいはい、ありがとうございました」
ハルが自信満々に胸を叩いたが、そう言われると褒める気が無くなるのが人の性である。おざなりに返事を返すと、ハルは紫色の瞳を猫のように細めた。
「時に君たち、消灯時間はとうにすぎてるけど、なんて言い訳するんだい?」




