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【書籍化】世界で唯一の魔法使いは、宮廷錬金術師として幸せになります ※本当の力は秘密です!(WEB版)  作者: 一分咲
二章

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43.ミア様の訪問④

 何だか微妙な空気のまま食事を終えると、レイナルド様がいつも通りコーヒーを淹れてくださった。


 私はその隣でオーブンにシナモンロールを並べて温める。アトリエじゅうにコーヒーとシナモンのいい匂いが広がったところで、レイナルド様は息を吐いた。


「フィーネ。ミア嬢に困ってない?」


 何とも答え難い質問に、私はゆっくりと目を瞬く。


 確かに、工房でのお仕事はミア様に押し付けられることが多い。


 けれど、押し付けられた仕事は全部私がやったこととして報告しているし、きちんとそれなりにやり返している。何よりも、私が困っていると助けてくれることもあるのだ。


「最初の頃はミアさんに困ることもありましたが、今ではいい同僚です」

「そっか。ならいいんだけど」


 リン、とオーブンの鐘が鳴った。厚手のミトンをしてトレイを取り出そうとする私に、レイナルド様が身振りで「自分がやる」と伝えてくださる。


 私はそれに笑顔で首を振った。会話がなくても交わされる、こういう穏やかなやりとりがとても好き。


 こんがりと焼けているシナモンロールをお皿に並べたところで、レイナルド様は躊躇いがちに仰った。


「フィーネは結婚相手を探しているの?」

「……⁉︎」


 どうしてそんな問いを、と思ったけれど、さっきレイナルド様がアトリエに到着した時のことを思い出して私は真っ赤になる。


 そうだ。さっき、私とミア様は結婚相手の話をしていた。というか聞かされていた。少し前には『私がレイナルド殿下を狙っている』という風な話をしていたような……! 


 これは誤解をされているのでは? と慌てた私に、レイナルド様は微笑んだ。


「その反応で十分だ。まぁ、そんなはずがないよな」


 そうして、コーヒーをカップに注いでいく。私はただぶんぶんと首を縦に振り、棚から足りない分のコーヒーカップを出して並べた。


 どうしてこんなことを聞かれたのかはなるべく考えないようにする。そう思ったところで、スティナの別邸で見たお兄様とエメライン様の甘い視線が頭をよぎった。それも、なんとか頑張って意識から追いやる。


 ――答えに行き着いた瞬間に、普通に振る舞えなくなる気がするから。



 私たちの後ろでは、ミア様がクライド様に何やら一生懸命お話をされていた。クライド様もそれに軽く応じていて、さすが。さっきの硬い空気はどこかへ消えていた。


 シナモンロールとコーヒーが載ったトレーをレイナルド様が作業机まで運ぶのを見て、ミア様は愛らしい顔をこれでもかというほどに引き攣らせる。


「アンタ、王太子殿下にこんなことさせんじゃないわよ……!」


 私もそう思います。


「これがここでのルールだ」

「まぁ、それは素敵ですね。さすが王太子殿下ですわ」


 ピシャリと言い放ったレイナルド様に、ミア様はころっと180度意見を変えた。レイナルド様はトレーを机に置きながらミア様に問いかける。


「で。どうして君は魔力空気清浄機を作りたいんだ」

「私が作りたいわけでは……ただ、生成をお手伝いしたら市場に出回るのが早くなるかなと思っただけですわ」

「俺が聞いたのはその理由だ」

「……それは」


 レイナルド様の問いに、ミア様は決まりが悪そうに視線を落とした。


 さっき、シナモンロールを残してはいけないと言ったときと同じ顔をしている。いつもの自信に満ちて愛らしいミア様からは想像できない仕草が不思議だった。


 もしかして、と私はずっと想像していた答えを投げかけてみる。


「も、もしかして、魔力空気清浄機をミア様のお家で必要とされている方がいらっしゃるのですか……?」

「そ、そんなんじゃないわよ」


「ではどうして……。あ、あの。私はミア様が素材を自分で集めてお持ちになったのが意外でした。工房ではいつもお仕事から逃げ回っていらっしゃいますから」

「アンタ意外と言うようになったわね。いいと思うわ。貧乏でも生き残れるわよ」


 褒めているのか貶しているのかよくわからない評価に、私が目を瞬きレイナルド様の空気が明らかに冷たくなったところで、ミア様はぽつりと続けた。


「ただ、弟はもともと身体が弱くて……。今はかなり丈夫になったけど、それでも毎年寒い季節は冬風邪に怯えることになるから、便利な魔法道具があったらいいなと思っただけ」


 そういえば。錬金術工房をお手伝いするようになってから、ミア様との会話で不思議に思ったことがある。


 あまり勉強熱心とは言えないミア様はなぜか冬風邪のことに詳しくて、冬用に処理した薬草の効果が落ちることも知っていたのだった。


 もしかして、弟さんのためにそれだけは知っていたのかな。


「フィーネから聞いたと思うが、ここでは魔力空気清浄機は生成していない。ギルドに依頼しているから、この冬の間には出回り始めると思うが……。まず、この素材は工房に返却するように。そもそも、フィーネの錬金術は高レベルで極めて繊細な次元で行われている。素材の質が最も重要だからこれは到底使えない。もし取り寄せるとしても高品質なものにするべきだ。魔力量だけに頼らず素材の良さや技術を組み合わせた生成はフィーネにしかできない。それを君は、」


 待ってくださいレイナルド様……!


 急に喋りはじめたレイナルド様に、私はぽかんと口を開けて何も言えない。


 さっきまで様子がおかしかったはずのミア様まで首を傾げた。


「レイナルド殿下って、思っていたのとイメージが……?」

「そーゆーこと。すっごい錬金術オタクなの。お似合いでしょ、この二人?」


 笑いを堪えながら説明するクライド様はもうほとんど笑っていらっしゃる。


 何とか気を取り直した私は、シナモンロールが載ったお皿をミア様に勧めながら告げた。


「ミア様。商業ギルドにレシピを提出してしまった以上、ここで魔力空気清浄機を生成することはできないのです。質を保つためのルールですので」

「……わかったわ。ルールばっかりね」


「そ、それでも……何か改良を加える、ということであればここでも作ることはできます……! ただ、改良するのにもポイントを押さえたいのでご事情をお伺いできれば、と」


「なんてことないわ。私の父親は冬風邪で死んで、クズな母親がパトロンに選んだ男が最低で、人生終わったって思ってたら男爵家に拾われたってだけの話。最近、ちょっとしくじったせいでかわいい弟が男爵家で肩身の狭い思いをしてる話もいる?」




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