第六夜 「ほんと、あなたへなちょこですわ!」
終結は呆気なかった。
ユリアンはエスレーベン伯からの長い長い謝罪の手紙を受け取った。
それによるとレギーナ嬢は王都を離れて嫁に行くことになったらしい。
その早い運びにはとても驚いてしまった。
返事を書くべきか迷った。
これ以上関わるべきではないとも思えたし、なにか手向けの言葉を、と思う気持ちもある。
特別人として憎んでいたわけではないし、彼女を心底嫌っていたわけでもなかった。
どっちつかずの気持ちで父に訊ねたら、「おまえの好きにしろ」と言われた。
よく分からなかったので、手短に幸せを願う気持ちを書いて、エスレーベン伯へ送った。
返事はなかった。
噂はまるで最初から何もなかったかのように鎮静化した。
また待ち伏せしていたエルザ嬢に「よかったですわね」とひとこと言われた。
「ありがとうございます」とユリアンが返すと、彼女はひとつ微笑んで去る。
そうして一週間が過ぎたころ、レギーナ嬢から手紙が届いた。
王都を離れる前に、一度だけ会って欲しい、とのことだ。
謝罪の言葉も綴られていた。
それは嘘ではないと思える。
ちゃんと付き添いのある場での会合だ。
彼女は婚約者を伴うとのことだった。
だから安心してくれ、と。
もう一度父に訊ねたら、「おまえの好きにしろ」と言われた。
よく分からなかったので、エルザ嬢に相談に乗ってくれるか、と手紙を書いてみた。
すぐに日時が指定されて、ユリアンはハルデンベルク家へと赴いた。
****
「まあユリアン様、あなたへなちょこでしたのね!」
どこで覚えてくるんだろう、そういう言葉。
「わからないのですか、レギーナ様が会って欲しいと言う気持ちが!」
「……ええ、皆目」
「まあ、まあ!」
エルザ嬢は驚いた様子で扇で口元を覆った。
「ベルンハルト、あなた、わかりまして?」
壁際に控えていた茶髪の従者に、エルザ嬢は不意に訊ねた。
「……ええ、まぁ、おそらく。
ユリアン様よりは」
苦笑気味に従者は答えた。
「言ってごらんなさい、許します」
「えぇぇ……わかりました。
……では」
ユリアンに向き直って、ベルンハルトは言った。
「レギーナ嬢は、あなたを真剣に恋していたのだと思いますよ、ユリアン様。
結婚が決まったからといって、すぐに気持ちが変わるわけではないでしょう。
最後に会いたいと思うのは、普通のことではないですか」
ユリアンはしばし呆気に取られた。
「ええ? でもあちらは、婚約者を伴うと言っていますよ?」
「裏がないことを示したいのでしょう。
婚約者側も、あなたやシャファト家に害意がないことを示しておきたいのかもしれない。
そこらへんは、本人たちにしかわかりませんが」
「それに、あなたの反応が見たいのですわ! 婚約者がいる自分を見て、どうするか!」
ユリアンは息を飲んだ。
ベルンハルトは苦笑を強めた。
「まあ、まあ! わたくし、ユリアン様がこんなにご自覚がないだなんて思いもしませんでした! 婦女子があなたに近づくのはどうしてだと思っていましたの?」
「……わたしはシャファト家の人間ですし、父があれですので……。
『元本保証』と呼ばれていることも知っています」
「まああああ! 手に負えないわ! ベルンハルト、何とかしてちょうだい!」
「無茶振りしますね」とベルンハルトは笑った。
「一従者の戯言ですが……あなたはとても身なりもよろしい方だと思いますよ、男の私から見ても。
それに、夜会等でお見掛けするお姿も、お聞きする評判も、女性を惹きつけるには十分なものと感じます」
「え」とひとこと言い、ユリアンは硬直した。
「……女性を惹きつけるのは、ジルヴェスターのような男でしょう」
「ええ、たしかに素敵ですわ、ジル様は。
ユリアン様と同じくらい信奉者がいましてよ。
でもね、ひとこと言わせてくださいまし」
ぱしん、と扇子を閉じて、エルザ嬢は真剣な表情で言った。
「女のすべてが外面に惹かれるなんて思わないでいただきたいわ。
第一印象は、そうね、外面で決まります。
でもそれ以降は、ジル様よりあなたの方が魅力的よ、ユリアン様」
ユリアンはまごついた。
宮廷きっての伊達男よりも上、と言われて素直に喜ぶほどの自惚れはなかった。
「だから、わたくしレギーナ様には感心していますの。
手段はよろしくなかったけれど、男を見る目は確かだわ」
そのままユリアンが何も言えないでいると、エルザ嬢は話をまとめにかかった。
「はい、決まりですわ。
ユリアン様はレギーナ嬢に会いに行くこと。
彼女の気持ちは受け止めなくても理解すること。
そして、ここが大事ですわ、流されないこと! はっきりきっぱりレギーナ様に思いはないことを傷つけない仕方で告げること! そうして綺麗な思い出になること!」
息を吐き、エルザ嬢はもう一度扇子を広げた。
「レギーナ様が今後、あなたを忘れることはなくてよ。
だって本気で恋したのだもの。
本当になにか手向けを差し上げたいなら、きっぱり諦めさせて、あなたはずっとかっこいいユリアン様でいればいいのだわ」
考え込んでしまったユリアンを見て、エルザ嬢はため息を吐いた。
「ほんと、あなたへなちょこですわ!」




