第五十二夜 「わたしはね、あなたがいればどうにかなるんじゃないかと思っているんですよ、たとえ時間がかかってもね」
「おっ、皆さんお揃いで! やあ、美味しそうな匂いがする! いいところに来たようですねわたしは!」
まったく遠慮のない態度で椅子を円卓に寄せて座る。
ユリアンは苦笑しながらヨーナスの分の茶も淹れた。
「どこへ行っていたんだい、ヨーナス」
茶杯を渡しながら問うと、彼は棒タイを緩めながら答えた。
「ちょっと知人のところへね。
失せ物や人探しが得意なやつがいまして、そいつに頼んでいたことがあったのですよ。
ところで皆さんはなんのお話を?」
「オティーリエがね、マンフレートの知人についていくらか思い出したんだ」
ヨーナスの瞳がきらめいた。
「ほう、伺いましょう! どうやら面白そうな匂いがしますね」
身を乗り出して訊ねられたので、ヨーナスの「耳寄り情報」を訊き損ねてしまった。
「オティーリエ、話して差し上げて」
全員の視線が集まってオティーリエはまごついた。
「あの、あの……フィリップ・グリーベルさんという方と、懇意にしていたのではないかと思うのです……」
しどろもどろになりながらもオティーリエはヨーナスへ先程と同じ話をした。
ヨーナスは耳を傾けた後、ユリアンを見てにやりと笑った。
「さて、ここでつながりましたね」
そう言って彼が鞄から取り出したのは束になった書類。
「グリーベル家の資料ですよ」
ヨーナスの言葉に全員が目を丸くした。
「なんだって? どうして?」
ユリアンが身を乗り出して束を受け取ると、ヨーナスはしたり顔で笑んだ。
「わたしもわたしなりの情報網がありましたのでね、フェーン夫人の日記に二回以上出てきた名前は調べることにしたんですよ。
ひとまずはグリーベル家に当たりをつけて良さそうだ。
他の御家もそのうちどこかつながって来るでしょう。
なんだ、もっと驚かせようと思ったのに、奥様に先手を取られてしまいましたね!」
口調だけ悔しそうにしながらヨーナスは焼き菓子をつまんだ。
ユリアンは受け取った資料に目を通した。
両隣からマインラートとオティーリエが覗いてくる。
仕事上速読には慣れていたのでそれほど時間を掛けずに書類を繰る。
オティーリエは着いてこれずに途中で挫折し、マインラートは無言でユリアンの手元に見入っていた。
すべて目を通した後、ユリアンはマインラートと無言で目線を交わした。
「――これは本当かい、ヨーナス」
「わたしは冗談とごまかしは口にしますが、極力嘘はつきません」
それはグリーベル家が他国との交易によって益を受けている記録だった。
それ自体はなにか問題となることはない。
それに添付された情報が問題だった。
やり取りされている正規の品の目録の他に、数枚の非正規の目録。
専門ではないユリアンでさえ少し眺めれば気づいた。
すべて、国の輸出入禁止品目だ。
その書類に記された、交易相手の国名を見ながらユリアンはヨーナスに訊ねる。
「マンフレートは……ここに、行ったと思うかい?」
「十中八九……いや、確実にそうでしょう」
国名はクヴァール……未だ内戦の傷跡が癒えない、マンフレートの生国だった。
「彼は、最初から帰るつもりでいたのだろうか」
「それは本人に訊いてみなきゃわかりませんわな」
ヨーナスは肩をすくめた。
「他のふたりは……」
「一緒だと思うのが一番簡単ですね。
洗えば出てくるかもしれませんよ、他の二人もあちらの関係者だって」
「けれど、なぜ第三師団の情報なんかを……」
「いろいろ予想は着きますが、どれも想像のうちなのでね。
とっ捕まえて吐かせたいところですが、もう国内にはいないでしょうし。
親分に訊くのが手っ取り早いですよねえ」
「フィリップ・グリーベル氏を?」
「いえ、これはそんな単純なものじゃないですよ」
ヨーナスは茶を口に含み、飲み下してからユリアンを見た。
「こんな、すぐに調べが着くような、せこい稼ぎをしているただの伯爵家が、こんなでかい事件の黒幕だと思いますか?」
ユリアンはその目を見返す。
「君の意見を聞かせてくれ」
「ただのトカゲの尻尾ですよ、グリーベル家は。
本当の親玉は、安全なところで茶でもしばいてるんでしょう。
そいつを特定しましょうや、伯爵。
どえらいことになるかもしれませんが」
極力明るい声で言ったヨーナスは、もう一つ焼き菓子を手に取って口に放り込んだ。
飲み下した後に彼は言う。
「わたしはね、あなたがいればどうにかなるんじゃないかと思っているんですよ、たとえ時間がかかってもね。
ユリアン・フォン・シャファト伯爵」




