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君の愛は、美しかった  作者: つこさん。


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第四夜 ラストダンスは、

 


「ユリアン様」

 ある日、朝廷と王宮を結ぶ廊下で声を掛けられた。

「エルザ嬢……」

 びっくりしてユリアンは大量の書類を取り落としかけた。



「お仕事をしている姿はとても新鮮ね。

 幅タイ(クラヴァッテ)を外しているの初めて見たわ、素敵よ」

「ありがとう、どうしてこちらに?」

「これからマヌエラ様の茶会よ。

 あなたに確認したいことがあって待っていたの」

 王太后殿下に招待を受けているとはさすがだな、と思いつつ、「確認? 何をでしょう」とユリアンは訊ねた。


 エルザ嬢はいつも持ち歩いている大ぶりの扇子を広げて口元を隠した。



「あなた、この前の我が家の夜会で、わたくしの友人と踊りまして?」



 ユリアンは一瞬思案して、逡巡し答えた。

「踊ったかもしれません。

 お訊ねしませんでしたが……ラストダンスをお願いしたのが、ご友人かもしれません。

 黄色のドレスをお召しで、黒髪のご令嬢でした。

 初対面でラストをお願いしてしまい、申し訳ない」



「うふふ、ラストね、ラスト」

 扇越しに楽しそうに微笑まれて、ユリアンは慌てて言い訳した。



「本当に申し訳ないとは思ったのですが、あの時はエスレーベン嬢が近付いてきていたのです。

 曲も半ばでしたし、略式の夜会でしたし……あの、お気を悪くされているのでしょうか? お名前すら伺いませんでした。

 謝罪が必要であれば謝ります、取り次いでいただけますか?」



「あら、そんな面白くないことしないわ。

 ええ、いいの、いいのよ。

 本人全く気を悪くなんてしていないわ、ええ、全く!」



 口元を覆ったままエルザ嬢はころころと笑った。



「では、ね? わたくし茶会に参りますわ。

 教えてくださりありがとう。

 ほほほほほ」



 楽し気な空気を残して去っていくエルザ嬢の背中を見送りながら、ユリアンはやらかしてしまったことを今さら後悔した。


 ……仕方なかったんだ、エスレーベン嬢とだけは踊りたくなかった。



 ラストダンスは、意中の女性に申し込むものだから。



 ****



 仕事にかかりきりになっていると同僚や先輩らから「もうやめろ」と机から引き剥がされた。


「おまえが仕事をしていると、わたしたちまでやらざるを得なくなる。

 いいかげん帰らせろ」


 ごもっとも、と思いユリアンはおとなしく手を止めた。



 朝廷を出て停車場に行くと友人の美男子、ジルヴェスター・ディッペルが馬車のそばに立っていた。

 今日はよく待ち伏せされる日だ、と思った。



「ジル、おまえにはいろいろ言いたいことがある」

「そうか、ユリアン、わたしはおまえにいろいろ訊きたいことがある」



 御者に今日は帰りが遅くなる旨を言付けて、ユリアンは日が落ちた街に友人と共に降り立った。



 ****



 ときどきカイとジルヴェスターとユリアンの三人で来る朝廷近くの小さな居酒屋に入り、奥の席に座った二人はそろって「ビール」と店主に言った。



「カイに何を吹き込んだ? そして噂を広めたのもおまえだな?」

「おお、疑うなんてひどいじゃないか親友。

 わたしたちの仲はそんな脆いものではないはずだ」

「どこの三文戯曲のセリフだそれは。

 カイはおまえに聞いたと言っていた、おまえ以外に誰だというんだ」

「いやー、わたしじゃないよ?」

 ジルヴェスターはカイの口調を真似て言った。



「どちらかというとわたしはカイと一緒に噂の収拾を図っていた口だ。

 エスレーベン嬢がないことないこと言ってたからな、感謝しろ」

「なんでわたしに知らせないんだよ……」

「おまえが出てきたら騒ぎがでかくなるだけだろ。

 おまえが何も反応しないのが一番の薬だよ」



 運ばれてきたビールを受け取ると、そっくりな仕草で二人はそれを煽った。

 この店のすごいところは、早い時間に来ると冷えたビールが出る。

 石炭ガスを用いた最新の機械である『冷蔵庫』を導入しているのかと思えば、そうでもないらしい。

 どうやっているのか店主に訊いたことがあるが、「企業秘密ですよ」とにやりとされた。

 干して卓にグラスをどんと置くと、示し合わせたように二人は「くはー」と言った。



「……ないことないことってなんだ」

「それを訊きたいんだよ、ユリアン。

 わたしはおまえを信じているが、何もなかったんだろう?」

「あるわけがない。

 わたしが彼女を嫌がっているのはおまえだって知っているだろう」

「だろうよ、わたしもあんなご令嬢はごめんだね。

 うーんと、なにから聞きたい? まず、部屋に連れ込んだのがおまえだってのはどうだ?」

「そんなわけがないだろう!」

 思わずユリアンは立ち上がった。

 弾みで肘を壁に打ち付けて涙目になった。

 構わずにジルヴェスターは店主に「マスター、腸詰めの焼いたの、ビールと」と声を掛けた。



「あとなー、けっこうえぐいこと言ってたぞー。

 おまえには聞かせたくないもん。

 最近のご令嬢って想像力豊かだねー」

「……なに言ってたんだ?」

「聞きたい?」

「ああ」



 ジルヴェスターが手招きをしたので身を乗り出し、ユリアンは耳を貸した。

 手で隠しながら耳打ちされ、告げられていく一言一言にユリアンは顔色を失って行った。



 運ばれてきた腸詰めは素晴らしい香ばしさだったが、全く食指が動かなくなってユリアンは額に手を当て項垂れた。



「なー、おまえ出てこなくて正解だったって」



 腸詰めにフォークを刺したら肉汁が飛んで、「あちっ」とジルヴェスターが言った。



「わたしは今後どうすればいいんだ……」

「今まで通りでいいんじゃないの? 勤勉に仕事して、時々夜会出て、全力でエスレーベン嬢避けて、その姿を皆に見せつける。

 おまえとあちらと、どっちのことを信じるかは個人の判断だけど、どう考えてもおまえの評判は崩しようないよ」

「……ありがとう、慰められるよ」

「いやいや礼には及ばない。

 ここの会計は任せたぞ」

「もちろんだ、好きなだけ飲め」

「そりゃどうもー。

 そういってくれると思ってカイも後で来ますー」

「……マスター、つけってきくかな?」

 大して持ち歩いていない財布の中身を思って、ユリアンは言った。



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別視点

わたしの素敵な王子様。

本編

いねむりひめとおにいさま

【閲覧ご注意ください・イメージを損なう恐れがあります】君の愛は、美しかった・登場人物イメージ

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