第四十四夜 『あなたの望まれる通りに』
密な行き来を絶やさずに、ユリアンとオティーリエはイルクナーからシャファトに戻った。
マインラートの弁護を正式にヨーナスへと依頼できた上、イルクナーに関する疑義は冬季休暇期間中は凍結する。
そして父ヨーゼフと母ロスヴィータがシャファトの領地へと向かった。
王都邸を空にしないためにも戻る必要があった。
社交に関する物事を扱わなくていいという冬は、ユリアンにとっては成人してから初めてで、ここまで穏やかな時間を過ごせるのも初めてのことかもしれなかった。
「新婚生活を堪能しろ」と父には言われたが、どこか心ここにあらずのオティーリエの指先は温まらない。
以前のように微笑むようにもなったし、二人きりのときは甘い時間も過ごす。
けれどふと気付くと、どこか遠くを見るように、オティーリエは視線をさまよわせていた。
それは、まだ泣けていないことと関係があるだろうか。
ユリアンはその髪を撫でる。
表面上は穏やかに時が過ぎた。
年末に差し掛かり、宿直当番の官吏も半分ほどになって朝廷が手薄になった頃、その報せは届いた。
朝廷内で、指名手配中の容疑者らに国境の通行を秘密裏に支援することを約束する手紙が、モーリッツ氏の署名で見つかったということだった。
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ユリアンはもうどんな些末な事柄もオティーリエの耳に入れたくない気持ちだった。
しかし握り潰すには大きすぎる事案だ。
リーナス直々に弁護士のヨーナスの元へと走らせる。
一時間もせずに共に戻ってきた。
それですぐにばれてしまう。
「また、なにかあったのですね?」
ユリアンは答えた。
「話せる状況になったら話す」
夕食はオティーリエと共に取ったが、その後はヨーナスと共に書斎にこもった。
もの問う瞳のオティーリエに、気付かぬふりをして。
互いに必要各所への手紙を飛ばす。
「手紙の真贋鑑定は休暇明けでしょうね」
面白くなさそうにヨーナスが呟いた。
「君に負担を掛けてしまい、申し訳なく思っている」
年末年始をシャファトで過ごすことになってしまったことを詫びると、ヨーナスはにやりとした。
「こちとら独り者ですよ。
こちらに居た方が燃料費もかからず、美味いものが食えるってもんです」
気遣いの言葉に、ユリアンはグラスを取って蒸留酒を注いだ。
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深夜にマインラートがやって来た。
先触れを出して迎えに行かせたのだ。
その瞳はとても澄んでいた。
どこか近頃のオティーリエのようで、ユリアンは言い知れぬ危機感を抱いた。
しかし話さねばならないことは山積している。
淡々と三人の会合は続いた。
明け方まで話し込んで、オティーリエに悟られぬように音もなくマインラートは帰って行った。
何もできない、何も。
けれど何か為さねばならない、何かを。
あと一カ月の休暇を残して、最悪の事態を想定した、ユリアンたちの悪足掻きは続く。
年が明ければ、宮廷舞踏会だ。
ユリアンは黒い革鞄を見る。
そしてホルンガッハー氏に、手紙を書いた。
『お預かりのもの、こちらの人間に見せても良いでしょうか』
返信はすぐに来た。
『あなたの望まれる通りに』




