第三十九夜 Jawohl!
2019/12/31
人物書き分けのために加筆しました。
宣誓式が終わった後は、ユリアンとオティーリエも一階席に降り、そこで用意された余興を楽しんだ。
少年期にユリアンが所属していた王立少年合唱団による祝福の歌は、ユリアンに似た赤毛の少年の独唱で始まり、聴く者を陶然とさせる。
二曲披露した後、シャファト家契約楽団との合奏により大団円を迎え、大きな拍手が送られた。
結婚式に於いて挨拶の類は行われない。
そうしたものは式の後に執り行われる披露宴にてなされるのが通常だった。
この度のユリアンとオティーリエの結婚式については、規模が大きいため披露宴は別の日取りを予定している。
主たるものは結婚式における宣誓式であるので、それに立ち会った以上披露宴に参加義務はない。
が、両陛下を除いて招待客からは殆どが参加するとの回答が来ていた。
両陛下を見送り、合唱団の少年たちと楽団の成員たちに二人で丁寧な礼を述べてから、ユリアンとオティーリエは馬車に乗り込んだ。
たまたま居合わせた人々からは「お幸せに」との声が掛かる。
機嫌よく二人はその言葉に手を振った。
もう一台の馬車にはユリアンの両親、そしてオティーリエの母が乗り込んだ。
披露宴を別の日取りにした理由はこれだった。
小雪が降っていた。
馬車はシャファト家ではなく、王宮敷地内の朝廷正門前へと向かった。
****
花嫁衣装の頭覆いの裾をユリアンの母ロスヴィータが、引き裾をオティーリエの母マクシーネが持ち、ユリアンはオティーリエの手を取った。
父ヨーゼフが先導し、第三師団事務棟へと向かう。
すれ違う人々は一様に驚いていたが、めでたいことであろうことは目で見て取れるからか率先して路を譲る。
「おめでとうございます」という言葉に、ユリアンとオティーリエは微笑んで会釈した。
外の回廊を渡るとき、ちらついた雪がユリアンたちの熱を冷ました。
第三師団事務棟ではもう待ち構えていたのか、入口前で騎士がふたり控えていて、ユリアンたちの姿が見えると両開きの扉を開いて招じ入れてくれた。
急いできて弾んだ吐息は、外の清涼な空気が整えてくれた。
オティーリエを見るとひとつ深呼吸をして、表情を決然としたものに変えていた。
「少しお化粧直しをしましょうか、オティーリエ。
まあ、どうしたの、あなたらしくない。
笑って。
お祝いの時なのだから」
母ロスヴィータが白粉を取り出して言った。
オティーリエははっとして微笑む。
「そうよ、それがあればあなたが一番きれいよ」
少しだけ目元を直してから、母はユリアンに向き直った。
「あなたもよ、ユリアン。
タイが曲がっているわ、それに髪」
共に直されて、「よし」という母ロスヴィータの是認の声により、一同は事務棟最奥の、政治犯収監室へと向かおうとした。
「あの……よろしければこちらへ」
扉を開けてくれた騎士の一人が遠慮がちに述べ、先導を始めた。
一同顔を見合わせてからその後に続いた。
連れてこられたのは会議室だった。
しかし机と椅子は隅に下げられており、その行方を追ってユリアンたちが部屋の奥に目をやると、そこにモーリッツ、マインラート両氏がいた。
「お父様、お兄様!」
感極まってオティーリエは駆け寄ろうとしたが、ドレスの構造上無理な動きで転けそうになったのをユリアンが抱き止める。
それを見て泣き笑いのような表情で、両氏はオティーリエの元にやってきた。
手首に拘束具すらなく、ユリアンとヨーゼフは揃ってそこにいたホルンガッハー氏らに頭を垂れた。
これはきっと責任問題になるだろう。
軍部に持てる手段はないが、どうにか丸く収める方法がないかと即座にユリアンとヨーゼフは算段を巡らせた。
「んーと、伯爵、真剣に心配してくれんのは嬉しいんだけど、祝いの席だぜえ? 主役がそんな顔なさんな」
シュベンケ氏が軽い口調で述べた。
「まず、師団長たち偉い人はみんな軍需審議会中。
今第三師団事務棟にいるのは、俺たち副官以下の下っ端だけ。
ウチの師団長たちは会議終わったら大抵直帰。
うん、完璧な作戦だな!」
とても綱渡りな作戦だな、とユリアンは思った。
「綺麗だ……きれいだよ、オティーリエ……」
「ありがとう、お父様……」
せっかく直した化粧が崩れてしまった。
「こうしておまえの花嫁姿を見れて、私には思い残すことがないよ」
感激して述べられたモーリッツ氏の言葉に、オティーリエは憤然として言う。
「なんてこと言うの、お父様。
わたしにはたくさん思い残しがあるわ。
一緒に行きましょうて言っていた博物館、まだ行けていないわ。
それにお父様に編んでいた冬の羽織り外套もまだ途中なの。
お父様が出られるときにはお渡しできるように頑張って編むわね?」
「ありがとう、ありがとう、オティーリエ」
モーリッツ氏と共に、マインラートも涙ぐんでいた。
何も言えないのか、父と手を取り合う妹の美しく装った姿を見て押し黙っている。
顔を上げた時に目があって、彼はユリアンに「ありがとう」と告げた。
「本当に、君でよかった」
その言葉に、ユリアンは笑った。
もう一度ここで宣誓を行うにあたり、宣誓官を父ヨーゼフが行う予定であった。
が、ヨーゼフが「せっかくここまでお膳立てしてくださったのだ、騎士のどなたかにお願いしたらどうだ」と言うと、場が騒然となった。
「シュテファン! シュテファンおまえやれよ、伯爵担当なんだから!」
「なんだと、この宣誓式に一番のりのりだったのおまえだろベン!」
「……」
「うっわリーンハルト、おまえなに他人事の顔してんの? おまえな、おまえやれ!」
「そうだな、おまえが一番宣誓官っぽい、おまえがやれ!」
「は⁉ ふざけるな、そんな大役受けられるか!」
オティーリエが俯いた。
「そうですわよね、突然お願いしたらご迷惑ですよね」
その言葉に一同鎮まり、「いえ、そんなことは」とケッペン氏が呟く。
「じゃあ決まりだな、リーンハルトで」とシュベンケ氏がぼそりと述べ、そういうことになった。
立会人として入れるだけの騎士が入室してきた。
「えー、えー、あー。
えー。
……ユリアン・フォン・シャファト。
あなたはオティーリエ・イルクナーを妻とすることを誓いますか?」
「はい、誓います」
「オティーリエ・イルクナー。
あなたはユリアン・フォン・シャファトを夫とすることを誓いますか?」
「はい、誓います」
わっと場が沸いて、拍手と共に窓ガラスを揺らす程だった。
ちゃっかりと持ち込まれた酒の封が次々に切られ、ユリアンはグラスを渡された。
次から次に騎士が「おめでとうございます」と注ぎに来て、これは帰る前に潰れてしまうかもしれない、とユリアンは思った。
モーリッツ氏はオティーリエとマクシーネ夫人共に椅子に座り、幸せそうな表情をしていた。
マインラートは騎士に絡まれながら酌を受けている。
ユリアンの両親はやれやれといった微笑みで壁の花となっていたが、すぐに絡み酒の犠牲になった。
宴もたけなわとなったときに、突如、会議室の扉が開いた。
「うっわグリーベル大佐っ!」
入り口近くにいた騎士が述べた言葉に会場は一斉に鎮まり返る。
黒髪をなでつけて後ろで結った大柄の師団長は、鋭い瞳で室内を睥睨した。
誰もが皆身をすくめる。
大きなため息の後、グリーベル大佐は言った。
「私は何も見なかったが、ここに居るやつ全員職務放棄で減俸一カ月な、後で名乗り出ろ。
私は何も見なかったが、おめでとうございます。
じゃあ帰るわ、ちゃんと片付けとけよ」
『Jawohl!』
2019年の投稿はこれでおしまいです。
よんでくださった皆さまに安寧と祝福がありますように。
よいお年を!




