第三十二夜 「予定より早いけれど……二人の衣装が揃ったら、結婚しないか」
気心の知れた友人たちにまで隠し事をしなければならないというのはユリアンを気欝にさせた。
そんな気になれなくて、断ってしまった飲みの誘いもある。
そんなときはカイもジルヴェスターも、少し心配そうに口を閉ざした。
彼らの家も、上位貴族だ。
最悪のことを考えて、気持ちが沈む。
父ヨーゼフは開き直ったように仕事に打ち込んでいる。
父の目はユリアンには見えない部分を見通すだろう。
ひとりで抱え込まずに済んだのはありがたかった。
内心の落ち込みを気取られぬように、ユリアンは笑った。
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慌ただしく時間は過ぎた。
一カ月が過ぎた後も、イルクナーの二人はまだ拘禁されている。
父ヨーゼフがもぎ取ってきた許可証のお陰で、マクシーネ夫人とオティーリエは日替わりで二人に面会に行っていた。
イルクナー内の家政についてはマクシーネ夫人と家令のヴァルターによって回していて、請われればユリアンも手を貸すことがあった。
が、いくらかの些末な会計上の間違いなどはあれど、後ろ暗いところのなにもない記録に、なぜこの御家がこんな目に遭わなければならないのか、とユリアンは歯痒く思うのみだ。
証拠品が出てしまい、また容疑者と親しい関係にあった以上仕方がないと割り切るには、事が大きすぎる。
ここで、シャファトで預かっている従僕たちには、いくらかの進路を提示した。
イルクナーに戻るか。
シャファトに残るか。
ユリアン直筆の紹介状により他家へと向かうか。
一番多かったのは最初の選択肢で、最後の選択肢は二名のみだった。
シャファトに残ったのは、いずれオティーリエの輿入れと共に来る予定であった者たちばかりだ。
少し先んじただけで、なにも問題はない。
花嫁衣装の仮縫いができた。
予定よりもずっと早い。
それを受けてユリアンの衣装もこれから仕立てに入るという。
ディークマイアー夫人はたしかに凄腕の仕立物師だ。
素人のユリアンでさえそう思うほど、オティーリエの衣装は美しかった。
「オティーリエ」
最終調整のために衣装に袖を通している彼女はとてもかわいらしかった。
「予定より早いけれど……二人の衣装が揃ったら、結婚しないか」
ユリアンの言葉に、髪を結い上げたオティーリエは驚いたように振り向いた。
ユリアンがじっと見つめ返すと、彼女は笑った。
「はい、ユリアン様」
嬉しそうに、笑った。
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その前にユリアンの襲爵記念祝賀会だ。
当日、従僕たちの顔は緊張で溢れていた。
以前のイルクナーとの顔合わせのときのように気楽な催しではない。
それにあのときのように王宮からの助っ人があるわけでもなかった。
ユリアンのこの日の衣装は、四代前のシャファトが襲爵の際に着ていたという燕尾服型上衣を、今流行りの細身外套に似せて仕立て直した最上級正装だった。
ディークマイアー夫人が来る度に衣装部屋担当の侍女と母ロスヴィータが熱心に相談をしていたのは、この一件もあったようだ。
古臭くなく、けれど伝統的な雰囲気が出ていて、なかなかじゃないか、と着てみてユリアンは思った。
オティーリエは白地に黒いレースを重ねたユリアンと同じ色合いの釣鐘形ドレスで、幅広帯はユリアンの髪色から赤だ。
また、ユリアンが正礼装であることに倣い黒レースで短めの引き裾を作り、礼装とした。
耳元を飾るのはやはり赤の七宝焼だ。
ここまであからさまにしなくても、と思わないでもなかったが、オティーリエが嬉しそうだったので、全て良しとした。
この度は貴賓しか来ない。
その内のひとりは現国王ジークヴァルト陛下であり、家人らの緊張は当然と言えた。
父ヨーゼフの時にも当時王太子殿下であらせられたジークヴァルト陛下がひょっこりみえたらしいが、身分が王太子とはいえひょっこり来ていいものではない。
まして、現職の国王を公式にシャファトへお迎えするのは、半世紀以上ないことだった。
ユリアンの小さい頃を知る従僕は懐かしむように「以前はよくいらしていたのですよ」と告げた。
ユリアンに自分をおにいちゃんと呼ばせようとしていたそうだ。
そういえばそんな変なおじさんがいた気もする。
主役のユリアンは来賓を迎えには出ず、別室で待機している。
全員が揃ったところで、オティーリエと共に入室するためだ。
気分的にはお披露目のエスコート役だが、今日の主役はユリアンなのだ。
そのことはまるで問題ないのだが、オティーリエを婚約者として公式に紹介する場でもあり、そのことが気掛かりだった。
きっとオティーリエも同じように感じているだろう。
皆の反応はどうだろう、と。
そして惜しむらくはモーリッツ氏とマインラートを招けなかったこと。
父の裁量をもっても、こればかりはどうにもならなかった。
両氏の名代としてマクシーネ夫人が参加している。
遠くから視線を交わせただけだったが、彼女の微笑みは変わらずに力強かった。
現国王ジークヴァルト陛下が御尊来なされた、という報せにユリアンは席を立った。
オティーリエも顔を上げる。
「……行こうか、オティーリエ」
微笑んでユリアンは手を差し伸べる。
「はい、ユリアン様」
微笑みを返して、オティーリエはその手を取った。
2019/12/25
「襲爵記念式典」を
「襲爵記念祝賀会」に修正しました。




