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君の愛は、美しかった  作者: つこさん。


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第二十五夜 それきり落ちる沈黙に、掛ける言葉が見つからなくて、

2019/12/04


登録必須キーワードの

「R15」「残酷な描写あり」

を追加しました。

 


「その中の一部です。

 納屋から見つかりました」



 言葉を失いユリアンは何も言えなかった。



「他の持ち出された資料は見つかっていません。

 いくつかに分けて持ち出したのでしょう。

 現在移送ルートを洗い出しています」




「……そんな、そんな、あり得ない」




 首を振るユリアンに、ホルンガッハー氏は少しだけ(いた)ましそうに目を細め、けれどはっきりと言った。




「しかし、事実です」




 木箱に蓋をし、ホルンガッハー氏は青褪めたユリアンに椅子を勧めた。

 それにも首を振り、ユリアンは足掻くように言い募った。




「納屋など……誰でも出入りできる。

 きっと誰かがそこに置いたに違いない、モーリッツ氏に罪を(なす)り付けるために。

 じゃなければ、こんな重要な機密文書を無造作にそんな所に置くものか。

 きっとそうだ、誰か他に……」


「だとしたら誰でしょうか。

 モーリッツ・イルクナー氏に反感を持つ者がいると? あなたはご存じですか、伯爵」


「……いや」


「イルクナー家は清廉で名高い御家柄でした。

 事実、私の同僚にもイルクナー出身の者が幾人もいる。

 今王宮騎士団はどの師団でも大混乱ですよ。

 まさかこんなことになるだなんて、誰もが思わなかった。

 あなたよりもずっと、私の方が今の状況を信じたくない」



 ホルンガッハー氏の瞳は苛烈で、しかしその薄い青は濡れているようにも見えた。



「指名手配中のマンフレート・フェーンの名を憶えておいででしょう。

 彼は四年前フェーン家に養子に入り、騎士になった。

 その前はイルクナーの姓を名乗りイルクナーにおいて小姓をしていた。

 とても優秀な……私の部下でした」



 ユリアンは息を呑んで瞠目(どうもく)した。

 何も言えなかった。



「フェーン家は残念ながら取り潰しになるでしょう。

 跡取りにと迎えた息子が反逆罪の容疑者とは。

 あの老夫妻を見棄てていけるような男だった。

 それを見抜けなかった私も愚かだ」



 吐き()てるように呟かれた言葉はユリアンにとっては思いがけないもので、荷物の搬送で出入りしていた幾人かの騎士は皆少しだけ動きを止めた。

 そしてホルンガッハー氏と同じ瞳で、作業を再開した。




 誰もが望まないことが起きた。

 ユリアンにわかったのはそれだけだ。




 ****




 小姓のマックスが戻り、父ヨーゼフからの伝言をユリアンに携えてきた。

 王宮に残り状況把握に務めるとのこと。

 またモーリッツ、マインラート両氏の釈放のために働きかけるという心強い言葉もあった。

 そして「おまえのすべきことをしろ」との(げん)



 シャファト伯爵としての手腕を、初めて問われるのがよもやこんなことだなんて。



 笑うことも混ぜっ返すこともできなくて、ユリアンは今の状況を冷静に頭の中で反芻した。



 案内から開放された家令のヴァルター・ベルヴァルト氏とすぐに協議した。

 従僕団を二手に分け、少数をイルクナーに残し、殆どをシャファトでひとまず預かることになった。

 古くからイルクナーに仕える者たちが率先して残りたがった。

 主が戻った時に「おかえりなさい」と言いたいと。

 同じように十二人の小姓も全てイルクナーに残るとのことだった。


「私たちはイルクナーの人間です。

 イルクナーと共にあります」


 最年長のマックスは代表してそうユリアンに伝えに来た。

 彼はイルクナーの養子ではなく地方領から行儀見習いのためにイルクナー預かりになっていた小姓だが、他のイルクナー姓を持つ者たち同様にやはり自分を寄り親のものと考えていた。



 ヴァルターとマックスにのみ、現状を伝える。



 公文書の盗難およびその容疑者の全国指名手配については、まだ公示されていない。


 容疑者の名を聞いた時、ふたりは息を呑んだ。



 ヴァルターはぐうと喉を鳴らして俯き、マックスは震える声で「兄者……」と呟いた。

 それきり落ちる沈黙に、掛ける言葉が見つからなくて、ユリアンも押し黙る。




 ****




「わたくしは残りますよ」


 凛とした声と瞳でマクシーネ夫人は言う。


 端から説得は無理だろうと思っていた。



「女主人のわたくしが、主の不在を守らずに誰が守るというのです。

 ユリアン様……どうかオティーリエを宜しくお願い致します」



「わたしも! わたしも残ります!」



 慌てたようにオティーリエは言ったが、マクシーネ夫人はゆっくりと首を振った。



「ユリアン様との婚約がある以上、あなたはもうイルクナーの人間ではなくユリアン様の妻なのよ。

 夫に従順でありなさい、そして深い敬意を持ち支えなさい。

 そう教えてきたでしょう、忘れたのですか」


「でも、危難にあって家に背を向けるなど、イルクナーの名に(もと)ります!」


「その言葉だけで十分よ。

 あなたは騎士、モーリッツ・イルクナーの娘だわ」



 マクシーネ夫人はオティーリエの手を取り、言い聞かせるようにゆっくりと言葉を(つむ)ぐ。



「こんなにどたばたとしているここでは、綺麗なドレスなんて作れなくってよ。

 楽しみにしているわ、シャファトの御家で作っていただきなさいな。

 ……ロスヴィータ様、宜しくお願い致しますわね?」



「もちろんですわ。

 マクシーネ様をあっと驚かせましょうね、オティーリエ」



 ロスヴィータはオティーリエを娘として敬称をつけずに呼んだ。



 それに気付いて、オティーリエははっとロスヴィータを見る。



 そしてユリアンをじっと見てから、もう一度ロスヴィータに向き直り、微笑んだ。



「はい、お義母様」



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別視点

わたしの素敵な王子様。

本編

いねむりひめとおにいさま

【閲覧ご注意ください・イメージを損なう恐れがあります】君の愛は、美しかった・登場人物イメージ

君の愛は、美しかった・登場人物イメージ(活動報告ページへ飛びます) script?guid=onscript?guid=on
― 新着の感想 ―
[良い点] みんな辛い(´・ω・`) まじかよ だから犯罪はダメって言ってるでしょ! いざとなると女性も本当に強いですね。ぜひ強かに生きてイルクナーは終わってないぞとアピールしていただきたいんですがぁ…
[良い点] 母二人の強さ! 夢見がちだったオティーリエが! シャファト伯爵、あなたにも期待せざるを得ません! ホルンガッハー氏を悪者扱いしてすまんかった……。 [一言] ※以下、個人的な妄想が多分に…
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