第二十三夜 数日前の騒ぎが嘘のような、何気ない穏やかな朝だった。
当然飲みになんて行けるわけがなかった。
ユリアンは最後に容疑者と接触した重要参考人であり、しばらくの間は仕事以外の外出を控えるように、また捜査内容に関することは他言無用、と言われた。
夜には方々から気遣いの手紙やカード、見舞いの酒などが届けられた。
カイとジルヴェスターにはなんとか朝廷にいる間に会って簡単な説明ができたが、ふたりとも事の大きさ故に絶句していた。
見舞いの品にはハルデンベルク家からのものもあり、エルザ嬢が成り行きを知った経緯も説明されていた。
いつもエルザ嬢に随行している従者のベルンハルト氏が王宮入り口の従者控え室にて待機していたところを、連行されたユリアンが通ったらしい。
物々しい空気にただ事ではないことを悟った彼は、第三師団顔負けの情報収集能力を発揮して状況を把握、小姓を通してすぐに主に報せ、それでマヌエラ王太后陛下の耳に入ったと。
「ハルデンベルク候にとんでもない借りができてしまった」と、侯爵の同僚のヨーゼフは絶望的な声色で言った。
「わたしも、エルザ嬢にどんなお礼をすればいいものやら」と、同様にユリアンも頭を抱えた。
真っ先にオティーリエに手紙を書いて早馬で届けさせた。
いろんな噂が立つかもしれないが問題ない。
どうか恐れず憂いなくわたしのもとに来てほしい。
使者は返信を携えてきた。
あなたのもと以外のどこに参れましょう。
あなたこそわたしの夫ですのに。
その手紙を枕元に置いて寝た。
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二日後のことだった。
ユリアンの母ロスヴィータは、招かれていそいそとイルクナー家へと出掛けていった。
オティーリエの花嫁衣装の型と布地を女性たちで見立てて決めるのだ。
「夢だったの、娘の衣装を作るの」
ユリアン以外の子に恵まれなかった母は、ぽつりと呟いた。
ユリアンの衣装はオティーリエのものが決まってから作るそうだ。
こちらも母ロスヴィータ、義母マクシーネは張り切っている。
同じ馬車で母をイルクナー家に送り、ユリアンと父ヨーゼフはそのまま出勤した。
数日前の騒ぎが嘘のような、何気ない穏やかな朝だった。
そして数時間後に報せを受け取ることになる。
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早馬で朝廷正門に現れたのはイルクナー家の小姓のひとりだった。
至急シャファト伯爵に取り次いで欲しいとの連絡を朝廷侍従より受け、ユリアンは念のために王宮に詰めている父にも同じ伝言を届けてくれるように侍従に頼んでから小姓が待つ正門脇の控室に急いだ。
座りもせずに待っていたのは十代後半くらいのすらりしとした茶髪の青年で、手短に「マックス・シッファーです」と名乗ると、すぐに本論に入った。
「ロスヴィータ様からの命で参りました。
現状をお伝えいたします。
イルクナー家に、第三師団からの家宅捜索が入りました。
先日の間諜に関する話に組みしたと思われている様です。
当主モーリッツ様は拘束され、身柄を第三師団に移送されました。
マインラート様は、第四師団の事務棟にいたところを拘束されたようです」
あまりのことに、ユリアンは声を失った。
「もしできることならば……すぐにお越しいただきたい。
今イルクナーはあなたの支えなしに立てません。
……オティーリエ様を、どうか宜しくお願い致します」
「……父がここに来るだろう、イルクナーに向かったと伝えてくれ」
絞り出した声は低く、肚の底から出たようだった。
ユリアンは踵を返し、停車場へと走った。
怒りのように燃える情動を抱えて。




