第十六夜 「お迎えしようか」
エンデ氏がユリアンに耳打ちをしに来た。
「イルクナー家の馬車が到着しました」
ユリアンの背筋が伸びた。
鷹揚に微笑んで客人と話をしていた母が目ざとくも勘づいて、「失礼いたしますわ」と言ってから驚くべき速度でユリアンの許へと歩いてくる。
どういう技なのか今度伝授してもらおうとユリアンは思った。
「いらしたのね……!」
静かながらも熱のこもった声でいい、母は水色の瞳を爛々と輝かせた。
父ヨーゼフも合流し、その様子を見て苦笑いをした。
「お迎えしようか」
ヨーゼフがユリアンの背を押して促した。
自分の家だというのにどこか落ち着きをなくすところだったが、ふと目を上げたときに吹き抜けの階上廊下にいる友人二人が、身を乗り出してこちらを眺めてきたのを見てユリアンは余所行き顔を復活させた。
丁度イルクナー家の紋章が入った馬車が玄関前に着けて停車するところで、戸口を出たユリアンは侍従がその扉を開くのを待った。
ヨーゼフもユリアンの隣に立ち同じように迎える。
完全に停車して御者が合図をしたところで、侍従がノックをして一拍後に扉を開いた。
最初に降りてきたのは恰幅がよくいくらか頭髪に不安のある男性で、きっとイルクナー子爵本人だろう。
次いでその手を取り夫人が馬車を降りる。
ヨーゼフの顔を見て、その顔が一瞬にやりとするのをユリアンは見逃さなかった。
「お招きに預かり感謝します、シャファト伯爵、そしてご子息殿。
お初にお目にかかります、イルクナー子爵家当主モーリッツです。
そして妻のことはご存じでしょう。
マクシーネです」
「お目にかかれて光栄です、イルクナー子爵。
そしてマクシーネ夫人。
こちらはユリアンです。
中に妻のロスヴィータが控えております、どうぞお入りください」
ヨーゼフが戸口にて待ち構える夫人の許へと二人を促した。
夫人はさすが女主人といった様子で二人を招じ入れ、そのまま一階の主会場へと案内する。
ユリアンは馬車から出てきた大柄な黒髪の男性を見上げていた。
手紙のやり取りで聞いてはいたが、本当に大きい。
背を正して立つと馬車と同じくらいの上背だった。
圧倒されたユリアンが声を失っていると、男性は灰色の瞳をユリアンへと向けてじっと見つめてから微笑んだ。
それによってユリアンは緊縛から解けて、「ようこそ」と口にした。
軽い会釈でそれに応えると、男性は馬車に向き直り、手を差し出した。
それを受けて降りてくるのは、いつぞやの夜会で着ていた蒼いドレスを纏ったオティーリエだった。
示し合わせたわけではないが、互いに再会時の衣装を選んだことになる。
面映ゆくて、ユリアンは少し俯いた。
「初めまして、ユリアン・フォン・シャファトです。
よくお越しくださいました」
「お招きに預かり光栄です。
私はマインラート・イルクナー。
こちらのオティーリエの兄です」
互いに手を差し出して握手をした。
鍛えられた厚い掌にユリアンは戦々恐々とした。
「当主のヨーゼフです。
イルクナー子爵は立派なご子息をお持ちだ。
わたしたちが子どもに見えますな」
ヨーゼフも手を差し出して握手する。
そのままその手を引いて戸口へと向かうのを見て、ユリアンは馬車の側へと向き直った。
黒髪を綺麗に結い上げたオティーリエが、少し緊張気味にこちらを見ている。
「……エスコートさせてくれるかい、オティーリエ」
「はい、喜んで」
零れるような微笑みで、オティーリエはユリアンの手を取った。
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「……可愛いじゃん」
「わたしの勝ちだ。
よし、忘れるなよカイ、週明けにおまえの奢りだ!」
「えー! でもジルも前に言ってただろー!? ユリアンきっとブス専だって!」
「言いはしたが賭けは賭けだ。
あんなに仲が良いのにエルザ嬢に傾倒しないから、きっと顔を基準にはしていないんだろうと思いそう言ったんだ」
「うわー、ずるい、思考誘導だ! 無効、無効! この賭け無効!」
「見苦しいぞカイ、おまえも十分納得してただろうが!」
「いやー、だって本当にいろんな御令嬢を袖にしてたから、もしかしたらそうなのかもなぁ、って……」
「ほら納得済みだろう。
予約入れとくな、いつもの店! もちろんユリアンの分も」




