第一章 商人視点 あれは
あれは、次の町だった。
転送門に近い商店に陣取り、手数料を取りながら戦利品の代理売却と代理購入を繰り返していた時。たった二%の割増・割引にも関わらず、客は途切れず、昼過ぎから夕暮れまでの利益が銀三枚を越えて驚いた。クエストや様々な作成に必要になりそうなアイテムもたくさん売却価格で手に入り、その転売を翌日に露店で行えば、より多くの利益が見込める。
「お約束の場所代です。本当に助かりました」
「いやあ、こっちも大助かりだったよ! お前さんのおかげで、うちも大繁盛だったからなあ」
ラリクス・ラーデンと幻界文字で書かれた木の看板を店の中に入れながら、店主ラリクスは快活に笑い、差し出された小銀貨を受け取る。この町の一泊の宿代よりもはるかに高いが、利益を考えたなら断然安い金額だ。店主と場所代について交渉していた時には相手はぼったくり価格で言い出したつもりのようだったが、今となってはまた次を頼む際に嫌がられないだろうかと心配するほどだった。
シャンレンの行なっていた代理売却・代理購入とは、商人のスキルの中の「売却」と「購入」を利用したものだ。
基本的に、戦利品の買取は誰であってもどの商店でも行なってくれるのだが、売値は共通してかなり低く抑えられている。一方で、商店で販売されている商品の価格は店によって大きく異なる始末だ。その代わり、商人ギルドで露店許可証を買うことで誰でも露店を出すことができ、幻界の運営側としては旅行者同士でコミュニケーションを取らせたいと考えているのがわかる。ただひたすらクエストや戦闘を楽しむだけではない、この世界の楽しみ方の一つだ。
様々ある職業の中で、商売に特化した職業が商人である。この商人のスキルの中に、「売却」があり、どの商店でもアイテムを売却する際、割増になるというものだ。熟練度が上がるごとに割増のパーセンテージが上がっていく仕組みである。シャンレンはようやく熟練度が上がってレベル三となり、今五%の割増で売却することができる。レベル一では三%の割増で、一つ上がるごとに一%上がる仕組みと考えてよさそうだ。正式開始から間もない今、客はおそらくシャンレンの「売却」のレベルを一と誤解していただろう。手数料一%にも関わらず、熟練度のために働く行商人……と思われていたかもしれない。実際、シャンレンはそう思わせるべく、「本来の金額は小銀貨二枚ですが、割増二%なので銅一枚と、小銅貨二枚を追加してお渡しします」というような表現で取引を行なっていた。騙すことはしない、と、先に店主に直接買い取ってもらった場合の金額を売主である旅行者に確認してもらってから、という厳重っぷりである。もちろん、このことは店主も知っている。むしろ、店主はシャンレンの売却のレベルも重々理解している。何と言っても、割増で売却の対価を支払っているのだから。なので、店主にしてみると買取金額が上がるので嫌がられても不思議はなかった。だからこそ、シャンレンは交渉したのだ。自分がこの商店で代理売却すると客が集まるかもしれない、と。当時、代理売却に手を染める商人旅行者は最初の町に多く、今アンテステリオンにいる商人の殆どが転送門開放クエストに奔走していると思われた。そこに、彼は商機を見出したのだ。
シャンレンは、この商店で代理売却と代理購入を行なうと、予め町の掲示板に書き込んでから開始した。もちろん、割増・割引率も。代理購入はスキル「購入」を使用したもので、商店の商品をどれでも割引価格で購入できるというものだ。ちなみに、彼の「購入」のレベルも三になっており、五%の割引率となっている。それを、二%の割引率で旅行者に卸していたわけだが……。
結果、割増で手に入った売却代金を握りしめた客は、この手前の村で稼いだ金額と合わせて、割引価格で買えるという装備や食糧、回復薬に手を出した。売れに売れ、商品の補充に手が回らなくなり、ラリクスは客を待たせ、裏手の家に住む妻を大慌てで呼びに行く羽目になったほどだ。笑いが止まらなくて当然である。
「何なら毎日でも大歓迎だな!」
「喜んでいただけてよかった。また機会がありましたら是非」
無難に挨拶を交わし、シャンレンは商店を引き払う。
現実時間で言えば、正式開始した当日のことである。多くの旅行者は攻略に勤しみ、最前線に立つために道を急いでいた。ログイン時間を一般常識的にしか取ることができないシャンレンは、商人を志すことによって最前線との関わりを保とうと考えていた。実際、たった半日だけでも、明日はどこで商売するのか、また頼むと多くの旅行者からフレンド登録を迫られ、笑顔で快諾し……正直、調子に乗っていたのかもしれない。
「お、今日はどーも!」
宿で夕食を取っていると、いきなり声を掛けられてすぐ、目の前の椅子に座られた。愛嬌がある少年旅行者に、シャンレンは見覚えがあった。本日のお客様である。食事の手を止め、笑顔で応えた。
「こちらこそ、ありがとうございました」
「すっごく繁盛してたじゃん」
「おかげさまで」
「あ、ここ、いいよな? ほら、こっち来いよ! 昼間の商人のにーちゃんいるぜ!」
少年の声に、奥のほうで席を立つ二人が見えた。既に食事は終わっていたようで、テーブルについてすぐ、人数分の麦酒を追加注文する。頼んでいないにも関わらず、シャンレンの分まで。明日の予定を考えながらの夕食は、急ににぎやかになってしまった。まずは全員で、今日の無事を乾杯する。話題はやはり、転送門開放クエストの話が中心となった。村とは異なり、アンテステリオンの転送門開放クエストはおつかいがメインではなく、戦闘がメインとなっている。魔物を倒すことで各種の素材を集めて熱さましの薬作りの手伝いをしたり、アンテステリオンの外壁のすぐ近くにある畑に魔物がいるから倒してほしいと頼まれたりと、ただのおつかいではなく、戦闘が必ず入る類のものだ。厄介なのは、町長に会うために、まず町の者の紹介がいるということで……厳密にいうと、今知られているのは転送門開放クエストを受注するためのクエストである。そのクエストにもランク付けがなされているようで、一つクリアするだけでは町長に会えないそうだ。既に町長の館に出入りしている旅行者がいるようで、彼らもまた焦っていると言う。
シャンレンも薬作りの手伝いはあっさりとお金で解決してしまったので(素材を露店で買って依頼人に手渡した)、その分手持ちが心もとなくなり、金策に走っていたという事情がある。その依頼が町の薬師からのものだったので、恐らくはあと一つくらいクエストをこなせば、町長に会えるのではと考えていた。
「なあ、地下水道、行ってみないか?」
アンテステリオンは現在川沿いにあるのだが、大昔、その川はもっと北東を流れていたらしい。水を確保するために作られたという旧水道の多くは地上にあったため、現在その姿を残していない。だが、町の北側からは地下に流れ込ませていたようで、町側では封鎖して出入りできなくなっているものの、それまでの遺構がぽつんと残っていた。捌け口がないため、たまの大雨で水が入り、奥には様々なスライムの増殖地となっている。剣を振ればスライムに当たり、魔法を打てばスライムに当たり、矢を撃てばスライムに当たるので、今人気のレベル上げスポットでもある。何故か町側の封鎖が多岐に渡る地下水道の、ほぼ町に入る側の終点に作られているようで、かなりの分岐点があり、複数のPTが入ってもゆとりがあるという話だった。薬作り手伝いクエストの依頼品の一つがスライムの戦利品である「スライムの核石」であり、砕いてすりつぶせば結合剤として使える云々という説明を受けた気がする。その一種類だけでも五十もの数を要求されたので、供給も多いが需要も多く、クエスト要求アイテムということもあって露店ではまだ値段が高い代物で、その他の素材もトータルでも相当高い買い物だった……。
少年PTは明日、その旧地下水道へと潜り、スライムを狩るという。
既にクエストは終えていたものの、レベル上げというのは魅力的だったため、シャンレンは誘いを受けた。PT平均で言うと彼のレベルが二つほど低いようだったが、代理売却で助けてもらってチャラにしようということばも後押しした。もちろん、シャンレン自身も戦う気まんまんである。
「超ラッキーなんだぜ、なんてたって魔術師だからさ!」
最初の町での修行や術式への理解の難易度、詠唱が長い、長時間の戦闘だとMPが尽きて荷物になる、大した威力もない、相当ややこしい割に使えないと評判だった魔術師が、アンテステリオンでようやく花開いていた。到達推奨レベル十五となり、レベルが上がった分MPも増え、様々な術式を扱えるようになった。その上、アンテステリオンの魔術師ギルドでは、術式を杖に彫り込むことで詠唱を短くしたり、火力を強めたり等の調整方法を教わることができたのだ。火力を強める場合には当然その分MPを消費しまうが、逆も可能だ。即ち、火力を弱める代わりに、MPを節約できるようになったのである。
そのおかげもあって、魔術師はどのPTにもひっぱりだこだった。
翌朝になって同行することになったその魔術師は、見た目がなんと仙人のような老人だった。灰色の長術衣に灰色の三角帽子から覗いている髪も白く、髭も白い。目は白いふさふさした眉に隠れて線に見える。昨日の夕食時から近くの席にいたらしく、夕食後PT全員が解散したあと、少年に自分から旧地下水道へ連れて行ってほしいと頼んできたらしい。レベル的には少年よりも高いので驚いたが、すばらしい火力に違いない。魔術師曰く、本当の魔法使いとは老人でなければならない云々だそうだが、長い木製の杖には細かく術式が彫り込まれており、確かに熟練したイメージはあった。見た目と異なり、歩き方は非常に若々しかったが。
戦士三人に魔術師一人、商人一人という、回復役のいないPTだったので、予め商店で回復薬を調達し、シャンレンたちは町の北、旧地下水道へと旅立った。




