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第92話 山野は彼女がほしくない?

 山野とリビングダイニングへと移動する。ダイニングテーブルから椅子を引っ張り出して、どっこらせと腰かける。


 木製のさぞ高級品なのであろうアンティークなテレビ台にテレビが置かれている。五十インチ以上はありそうな巨大なテレビだ。


 テレビ画面のサイズは年々巨大化の一途を辿っているけど、こんなばかでかいテレビが家庭に必要なのだろうか。三十インチくらいあれば、充分すぎるほど大きいと思うのだが。


 俺の実にくだらない疑問はテレビ台の下へ追いやって、テレビ画面に目を向けてみる。映し出されているのは夕方のニュース番組のようだ。


 灰色のスーツに身を包んだ男性記者が読み上げている記事は、例の女子大生殺人事件だ。犯人はまだ捕まっていないのか。


 駅の近くのコンビニの監視カメラに映っていたのが最後で、それから足取りがつかめていないらしい。早く捕まってくれよ。


「八神。またこのニュースがやってるぞ」

「ああ」


 山野もニュースに気づいたようだ。背もたれにもたれて腕組みする。


「コンビニの防犯カメラに映っていたのが最後で、それから行方不明になっているのか。嫌な感じだな」

「そうだな」

「まさかこの別荘の近くまで来ないと思うが、どこかの山林に潜伏しているのか?」


 他のコンビニやスーパーの防犯カメラに映っていないのなら、どこかの山の中に逃げた可能性は高い。そして、この別荘があるのも山の中だ。


 可能性を考えると、犯人がこの近くに逃げてきてもなんら不思議ではない。


「日本の警察は優秀なんだから、こんなやつはそのうち捕まるさ」


 このニュースを見ていると、だんだん不安になってくるな。俺はテレビのリモコンをとってチャンネルを変えた。


「ほら、山野。子供向けのアニメがやってるぞ」

「アニメが好きなのはお前だろ?」


 後ろのキッチンから女子たちのはしゃぐ声が聞こえてくる。


「麻友ちゃん、お野菜を洗った後はぁ、どうすればいいのぉ?」

「あっ、えっとね、次は……」

「じゃが芋の皮を剥くのって、意外と難しい」


 くっ、女子三人がてんやわんやしているのが声だけで伝わってくるぜ。びんびんによ。


 俺もやっぱり妹原や弓坂と家庭科がしたかったな。なんで野郎ふたりで意味もなく子供向けのアニメを視聴しなければいけないんだ。


「八神。このアニメ見てないだろ? チャンネル変えるぞ」


 山野がテーブルの上のリモコンをとってチャンネルを変える。さっきのニュース番組に逆戻りした。


 俺と山野は自分からたくさんしゃべる方じゃないから、あらためてふたりでいると話題がすぐに尽きてしまう。


 こういうときは、桂みたいなおしゃべり野郎がいると助かるよな。いつもはうざいから雑にあつかっているけど。


 だが山野に聞いてみたいことはある。弓坂のことをどう思っているのか。


 ちょうど話題がないから、切り出すなら今がうってつけだ。


 しかし直接問い質すことはできないから、遠まわしに伺ってみることにしよう。


「山野は、彼女とかほしくないのか?」


 何気ない感じを装って切り出してみたが、山野の目が一瞬細くなる。レーザーで撃ち抜かれたような殺意を感じるが。


「なんで、急にそんな話題になるんだ?」

「いいだろ別に。もったいぶってないで教えろよ」

「もったいぶっているわけじゃないが」


 山野がメガネの縁を右手で押し上げる。


「彼女がほしいかと聞かれると、よくわからないな。ほしいと思うし、ほしくないとも思う」


 その回答だと結局どうしたいのか、俺には理解できないぞ。


「どういう意味だ?」

「俺も彼女がいないからな。いずれはほしいと思っているが、今すぐにほしいとは思っていないということだ」

「つまり時期的な問題ということか?」

「そういうことだ」


 山野がこくりとうなずく。


 これは大変だ。俺はとんでもないことを聞き出してしまった。


 弓坂は山野に想いを寄せているけど、これでは弓坂が山野にふられてしまう。


 こんな悲しい事実を弓坂に伝えることができるだろうか。


 山野は中学時代に付き合っていた彼女がいた。今はもう別れているはずだけど。


 その別れた彼女のことを忘れられなかったりするから、今は彼女をつくる気になれないのだろうか。


「ちなみにだが、前に彼女がいたりしたのか?」


 無謀を承知でさらに問い質してみる。心なしか唇がふるえているぞ。


 山野の目が、ターゲットを捕捉する一流スナイパーのように細くなる。


「なんで、そんなことを聞くんだ?」

「お前が女子にもてるって、桂が言ってたからだが、悪いか?」


 前に彼女がいたことは知っているが、それを素直に白状したらきっとセミオートマチックの狙撃銃で撃ち殺されてしまう。


 山野は俺から目をはなしてテレビ画面を見つめる。一連のニュース記事が読み終わったから、奥様向けのデパ地下の特集が放送されているみたいだ。


 そんな俺たちにはちり紙一枚ほども興味の沸かない特集を山野は静かに眺めている。口を堅く閉ざして。


 前に付き合っていた彼女のことが、きっと忘れられないんだな。無言の時間に並々ならぬ想いの強さが感じられる。


 俺は今まで彼女なんていたことがないから、山野がどんなことを考えているのか、まるで検討がつかない。前に付き合っていた人というのは、別れても忘れられないものなのだろうか。


 やがて山野が静かに息を吐いた。


「すまないが、今はしゃべる気になれない」

「あ、ああ。そうか」


 いつも冷静な山野にしては珍しく弱々しい。顔の表情は相変わらず人形のように堅いが、どことなく気落ちしているような気がする。


 こいつの機微をいよいよ感じ取れる年齢になってしまったのか。


「そのときになったら、ちゃんと話す。だから、今日は止めてくれ」

「そうか」


 やっぱり、前の彼女のことが忘れられないんだな。こんなに思いつめるほど好きなんだから。


 山野の無表情面の奥底に秘められた純粋な恋慕の情を知ってしまった。弓坂や妹原に知られることなく、墓まで持っていくことはできるのだろうか。


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