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第63話 上月と宮代を仲介したが……

 新居に引っ越してきたばかりの子供みたいにはしゃぐ弓坂の相手をしていたら、約束の時間になっていた。


「八神、そろそろじゃないのか?」


 山野に促されて、リビングの大窓を開ける。ベランダに出て、塀から眼下の公園を覗き込む。


 待ち合わせ場所の公園は植木に囲まれているから、ここからだと意外とよく見えないな。植木のことはまったくもって計算に入っていなかった。


 けど、邪魔な木の幹と枝のすき間からベンチがかろうじて見える。ふたつ並んで設置されている木製のベンチの左側に、上月の頭のてっぺんがあった。


 あいつ、ちゃんと来てくれたんだな。


「どう? 麻友ちゃん、いるぅ」


 弓坂が俺のすぐとなりにひょこっと顔を出す。あまりにも近すぎたから、瞬間的に心臓が破裂しそうになったじゃないか。


 それにしても、弓坂は今日もいい匂いがするなあ。いや、こんなところで鼻を伸ばしている場合ではない。


 一方の山野は興味がないのか、ソファから動かずにスマートフォンをいじっている。あいつは俺たちの巻き添えを食ったんだから、興味がなくて当たり前か。


「ああ、いるぞ。ほら、あそこだ」


 小声で弓坂に告げてベンチを指す。


 上月は灰色のパーカーのような私服に着替えて、いつもつかっている白地の手提げ鞄を両手で持っていた。


 いつもの、俺とスーパーで買い物にいくときのあいつのスタイルだった。


「麻友ちゃん、時間通りにぃ、ちゃんと来てくれたんだね」

「そうだな」


 その数分後に、宮代と思わしき私服姿の女子がマンションのエントランスから出てきた。日焼けで少し茶色がかった髪は前に会ったときと同様に下ろして、ピンク色のカットソーみたいな服を着ている。


 だいぶ緊張しているのか、遠目からでもわかるくらいの慎重な足取りで公園へと向かってるけど、だいじょうぶなのか? あの子。


 上月に会わずに敵前逃亡なんてされたら、俺がまた上月に烈火のごとく怒られちまうんだぞ。俺が普通に遅刻した太々しい野郎として。


 けれど、宮代は不安そうな足取りで公園の中へと入って、上月の前に姿を見せた。


 しばらく無言の時間が流れて、上月が俺のベランダをきっと見上げた。不意だったので目が合っちまったが、さっと屈んで塀に隠れた。


 けど弓坂は隠れずに、ぼうっと上月を見下ろして――。


「ばか! 弓坂も隠れろ!」

「ああっ」


 弓坂の手を引いて隠れさせたけど、上月には完全にばれたな。あとで十通の激憤メールが立て続けに送信されて、面倒な事態に発展しちまうかもしれない。


 いや、姿を見られなくても、俺にだまされたあいつから怒られるのは確定してるんだから、わざわざ隠れる必要はないか。


 ベランダからだと、公園の話し声は聞こえてこない。今ごろふたりの会話がはじまっているのだろうか。


「じゃあ、部屋に戻ろうか」

「ええっ、ふたりのこと、見ないのぉ?」


 ベランダの塀に手をついてしゃがむ弓坂が声をあげる。


「俺はふたりの会話を盗み聞きしたかったわけじゃない。ふたりの間をちゃんと仲介できたのかを見届けたかっただけだからな」

「でもぅ、ふたりが仲直りできるか、気にならないのぉ?」


 弓坂はだいぶ気になってるみたいだな。こういうの好きそうだから。


「気にならなくはないけど、だいじょうぶだろ。あのふたりだったら。心配しなくても、ちゃんと仲直りできるさ」


 ふたりのことをいやらしい気持ちで邪魔しちゃ悪いからな。


 残念そうに肩を落とす弓坂を促してリビングに戻る。山野がスマートフォンをポケットにしまって俺を見上げた。


「もういいのか?」

「ああ。わりいな、お前まで付き合わせちまって」

「それは別にかまわないが、八神の方は平気なのか? お前にはめられたと知ったら、上月はまた怒り出すぞ」


 知ったらも何も、あいつにはもうばれてるけどな。


 俺はフロアマットに散らかっているスーパーやら住宅販売のチラシをどかして、その場に腰を降ろす。


 テレビに映っているのは夕方のニュース番組だ。画面が切り替わって、消防隊員が太いホースで放水している映像が映し出された。


 どうやら関西で放火事件が起きていたらしいな――と、大して興味のない情報を収集しても意味はないか。


「俺の方は心配しなくていい。あいつと喧嘩するのはしょっちゅうだし、あいつだって後輩を避け続けるようなやつじゃない。文句はいっぱい言われるかもしれないけど、まあ許してくれるさ」

「そうか。まあ、八神がそう言うなら、止めはしないが――」


 そのとき、外から不意に悲鳴が響いて、俺と山野は思わず口を噤んだ。


 なんだ? 外から聞こえてきたけど、何があったんだ?


「さっき声がしなかったか?」


 山野がソファから上半身を起こして不審がる。窓際に立つ弓坂も怖がって、窓の外を見ている。


 外にいるのは上月と宮代だけのはずだ。あのふたりがなんで悲鳴をあげるんだ? まるで意味がわからない。


 テレビの音しか流れないリビングに冷たい空気が流れる。俺は堪らなくなって、大窓を開けてベランダに飛び出した。


 塀から身体を乗り出して公園をのぞき込む。上月と宮代しかいないはずの公園の土を踏む、五、六人の男ども。


「はなして!」


 上月が三人の男に取り囲まれて必死に抵抗する。連中は髪を真っ赤に染めたやつや、脱色剤で金髪に変えたような、柄の悪いやつらばかりだ。


 宮代も三人の男に連れ去られて、黒のワゴン車に乗せられてるぞ! 真下で一体何が起きてるんだ!?


「と、透矢っ!」


 上月が俺を見上げて、精一杯の助けを求める。だが柄の悪い男どもに引っ立てられて、奥の車へと乗せられてしまった。


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