第47話 ファミレスデート
上月と中越は早月駅には行かず、駅から少し離れた県道沿いのファミレスに向かっていった。今日はファミレスデートなのか?
俺たちは、ふたりがファミレスに入っていくのを物陰から見守る。ふたりが扉の向こうへと姿を消したことを確認して、外の階段をそそくさと駆け上がる。忍者のような足取りで。
「うふっ。あたしたち、なんだか探偵さんみたぁい」
最後尾の弓坂は笑いを押し殺すように、口に手をあてている。お前、この状況を絶対に楽しんでいるだろ。
レジの前に上月たちがいないことを扉のガラス越しにチェックして、店内へと忍び込む。物音を立てないように、慎重な足取りで。
すると入店のチャイムが鳴って、脇のキッチンから女性の店員がやってきた。
「いらっしゃいませ。三名様でよろしいでしょうか?」
メガネをかけた三十代くらいの店員が手馴れた感じで聞いてくるので、「はい」とうなずく。店員がメニューをもって「どうぞ」と店内を案内してくれる。
上月たちに見つからないように、身体を少しかがめながらフロアへと足を踏み入れる。上月と中越は奥の窓際の席に座っていた。
窓側の席に座る中越は楽しそうだ。一方の上月は背中を向いているので、楽しそうにしているのかどうかはわからない。やたらと中越の話し声ばかりが聞こえてくるな。
店員が上月たちのとなりの席を案内しそうだったので、俺は店員を無視して通路側の席へと移動する。その席は囲いがあるので、囲いに身を潜めながら上月たちを監視することができそうだ。
席を案内しようとした店員が、迷惑そうな顔をしながら俺たちの方へと戻ってくる。
「ご注文がお決まりになりましたら、そこのボ――」
「あっ、と、ドリンクバー三つでいいよな?」
「う、うん」
対面のソファに腰かける妹原が慌ててうなずく。注文恐怖症の弓坂も異議はないようだ。
しかし俺の注文が早すぎたせいか、店員はあからさまに不審そうな目を向けながらハンディターミナルをポケットからとり出す。
「ドリンクバーが三つでよろしいですね? 他にご注文はございませんか?」
「あ、ないです」
「かしこまりました。ドリンクバーはあちらになりますので、ごゆっくりどうぞ」
店員は機械的な台詞を言い残して、奥のキッチンへと姿を消した。
「麻友ちゃん。先輩と付き合っちゃうのかなぁ」
上月の背中を不安そうに見つめる妹原をながめながら、ふと思う。今日は弓坂と三人でファミレスに来ているのだ。
妹原と、弓坂と、俺。なんか、不思議なメンバーだ。入学当初だったら、とても考えられない組み合わせだ。
だがここで人生の不思議さや奥深さについて思案しても仕方がないので、
「とりあえずドリンクバーを頼んじまったから、飲み物でも持ってくるよ。妹原と弓坂は何がいい?」
さりげなくふたりに気を利かせてみる。すると妹原と弓坂はきょとんとして、
「あ。……わたしは、なんでも」
「あたしも、ヤガミンといっしょでいいよぅ」
ドリンクバーのことは端から念頭にないようだ。
上月のことはたしかに気がかりであるが、妹原が目の前にいると胸がドキドキしてしまう。
憂いを帯びた妹原の悲しげな顔も、きれいだ。アニメのフィギュアみたいに小さな顔は、どんなにすばらしいフィギュア原型師がつくり出したものよりも精巧で、まるで傷ひとつない芸術品みたいで――。
いやだめだ。今は上月のことを心配しなければいけないんだ。
上月たちに見つからないように、前傾姿勢でドリンクバーへと近づく。こんなに挙動不審だと逆に目立つんじゃないかという見解は、残念だがスルーさせてもらおう。
妹原や弓坂の好みなんてわからないので、なんとなく紅茶をチョイスして席に戻る。上月たちの方へ目を向けてみたが、会話に夢中になっているふたりにはまったく気づかれていないようだった。
「ところで妹原。今日は早く帰らなくても平気なのか?」
「あ、うん。今日はレッスンお休みの日だから」
おいおい。ずいぶんと都合よくレッスンの日がお休みになったな。妹原の親父。
雨の日の苦い記憶は大脳新皮質の片隅に追いやって、再度上月に目を向ける。勢いでここまで来てしまったけど、あれだな。見守ること以外にとくにすることがないな。
席がだいぶ離れているので、ふたりの会話はあまり聞こえてこない。時折笑い声が聞こえてくるくらいで、ふたりがどんな会話で盛り上がっているのか、ここからでは判断することができない。
上月の前で笑顔をふりまく中越は、いい人そのものだった。俺と対面したあの悪態が虚像だったのだと思えてしまうくらいに爽やかで、優しそうで。
目鼻立ちまできれいに整っているから、あの罪のような笑顔を出されたら上月だっていちころなんじゃないかと思ってしまう。
くわえて中越はきっと運動神経が抜群で、サッカーもかなりうまいのだろう。
何度も思うけど、上月と中越は本当にお似合いのカップルだ。傍から見ていても、そう思う。
あいつの邪魔なんてしないで、ふたりの恋を静かに見守っておくべきなのだろうか?
せっかく淹れたので、白のティーカップに注いだ紅茶を口に含んでみる。ストレートタイプの紅茶はほろ苦い味がした。
* * *
それから三十分くらい経って上月と中越が店を出たので、俺たちもいそいそと店を後にする。その様子があまりに不自然だったのか、レジで会計を済ませているときに店員にじろじろと見られてしまった。
ふたりはおしゃべりをしながら早月駅の方へと歩いていく。どうやら今日のデートはこれで終わってくれるみたいだ。
俺は妹原と弓坂の三人で看板や電柱の陰に潜みながら、ふたりの様子をじっと監視する。そんな様子を通りがかる人たちにも見られてしまうが、そこはぐっと堪えるしかない。
歩いている途中、中越が手をそっと上月の腰のあたりに伸ばして――って、マジかよ! あの野郎、こっちが下手に出てれば調子に乗りやがって。ふざけるのも大概にしやがれっ。
俺が勢い余って名乗りを上げようとすると、上月は鞄を持ち直すふりをして、中越の手をそっとはたいていた。
――まだ心は許していないということなのか。
「麻友ちゃんと、先輩。……お似合いだねぇ」
弓坂が落胆しながらつぶやく。弓坂は上月の恋愛に興味津々なくせに、中越との恋愛は否定しているみたいだから、ふたりの楽しそうな光景を複雑な気持ちでながめているのだろう。
「わたしたちが邪魔できるムードじゃないね」
妹原もがっくりと肩を落としてうつむいている。妹原は心底上月を止めたがっていたのだと思うと、俺も複雑な気持ちになってくるな。
「俺たちも、帰ろうか」
「うん」
これ以上後を追っても悲しくなるだけだ。俺は早月駅についたところで妹原と別れた。弓坂はJRの電車で帰るので、駅の構内で別れることにした。
ひとりになった途端、寂しさと強烈な自己嫌悪が自分の心を襲ってくる。
ほんと、何やってるんだかな。他にすべきことがあるはずなのに、友人を追跡して、監視して。
中越を見てから俺の心はどんよりダークモードに入り込んで、なかなか抜け出せないでいる。ああ、このもやもやした感じはどうすれば晴らせるんだ。
一刻も早く帰宅して休みたいが、上月と中越が私鉄の改札の前で話し込んでいるから、帰れないな。あれじゃあ。
非常に不本意だが、柱の陰に隠れてふたりが別れるのをじっと待つしかない。
だがそれからすぐに中越がスマートフォンを取り出して、上月に手を振って別れていった。
やれやれ。これで俺も無事に帰宅することができそうだ。
しかし上月が振り返って定期券を改札にかざそうとすると、知らない女子が手を振りながらあいつに駆け寄ってきた。
だれだ? あの子は。
その女子は紺の他校の制服を着ていた。髪型はボブくらいのショートカットで、肌は日に焼けた健康的な色をしている。
背もそれほど高くなく、なかなか可愛い女子だが、上月の知り合いか?
上月はその子に気づくと遠慮した感じで手を振り返す。いつも怒っている顔の表情じゃなくて、かなり穏やかだ。
けど改札の前で二言三言を交わすと、上月は彼女を置いて改札の奥へと消えていった。




