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第45話 上月がやっぱり気になる放課後

 中越と会うのは追試の次の日にしたらしい。中越は明日にでもと言ってきたみたいだが、それは上月が許さなかったようだ。


 上月が思いのほか冷静だったのは嬉しいが、あいつをこのままにしていいのだろうか。中越と会わせないように画策した方がいいんじゃないか?


 中越は、上月が思っているようないい先輩ではない。俺に対するあの冷たい態度を見て、俺は確信した。


 だが上月は、俺の忠告なんて絶対に聞き入れてくれないだろうな。


 このことを山野や弓坂に相談した方がいいのだろうか。――そんなことを懊悩しながら、スマートフォンの液晶画面に移った山野の電話番号をずっと眺めたりもしてみたが、辞めた。


 たとえ山野や弓坂が止めても上月は素直に従わないだろうし、あいつの見ていない隙に山野たちに相談するなんて、まるで密告しているみたいで卑怯じゃないか。


 上月は俺の幼なじみだ。だが、俺の本命ではない。そんな俺に、あいつの恋路に文句をつける権利なんてあるわけがない。


 だから俺は、あいつの邪魔をしてはいけないんだ。



  * * *



 そして昨日、数Iの追試が無事に終わり、中越と会う日がやってきた。


「ライト、今日は帰りにマックにでも寄ってかねえ?」


 帰りのショートホームルームが終わっていそいそと帰り支度をしていると、俺の左隣の席に座る桂が間抜けな顔でそう提案してきた。


 俺は手を止めて桂の顔を正視する。桂の髪型は、いかにも高校に入学してから伸ばしていますというロン毛スタイルだ。


 もちろん、男性アイドルのような素敵な髪型ではない。ただ伸ばしているだけのずぼらでだらしないロン毛だ。


 友人のことをあまり悪く言いたくはないのでこれ以上の寸評は差し控えるが、桂。髪を伸ばすにしても、もう少し髪を手入れした方がいいんじゃないのか?


 しかもこいつは俺に勝るとも劣らないアニメオタクで、「三次元なんて俺は興味ないぜ」が口癖の、非リア充を地で行くような男だ。うわさによると、最近よく聞いている音楽はもっぱらボーカロイドの曲ばかりらしいが。


 ボーカロイドの曲は俺も好きだし、桂がそんなやつだから俺たちはきっと仲がいいのだろうが、三次元にも少しは目を向けた方がいいんじゃないか?


 上月なんて、後輩からもてまくりそうな中越先輩とこれからリア充デートなんだぞ。それなのに、お前というやつは――なんていうことを考えていると、口から知らずと白い息が漏れてしまう。


「ライト、今、俺の顔を見てため息ついた?」

「ついてねえよ」


 気を取り直して帰り支度をつづけていると、今度は木田がトイレから帰ってきた。


「ライトくん、今日は駅前のゲーセンにでも寄っていこうか」


 トップ下の木田が背を向ける窓際の席には、上月がいる。上月は帰り支度を終えて、スマートフォンをなにやら操作しているようだ。


 中越とメールのやりとりでもしているのだろうか。――なんていうことを考えていると、いてもたってもいられなくなる。


 あいつは俺の本命じゃない。だから、俺が邪魔をしてはいけないんだ――。


「すまん。実は今日もちょっと用事があるんだ」


 俺の口から、意思とは無関係な言葉が洩れる。すると桂が「どひょー」とわかりやすくどよめいた。


「マジかよー。ライトっちゃん。今日も用事あんの?」

「また上月とどこかに遊びに行くのか? きみも物好きな男だな」


 木田も売れない歌舞伎役者のような口調で非難してくるが、ポータブルゲームとカードファイトに全身全霊をかけているお前に言われたくないな。まあ、その言葉は否定できないが。


 断じて認めたくないが、今の俺の頭の中は、上月のことでいっぱいだからな。


 木田は同中の友達だから、俺と上月の仲も当然ながら知っている。俺たちが恋仲ではないことも知っているし、中学生のときはその方面でよくからかわれたもんだ。


 因みに木田も二次元しか興味がないとクラス中に吹聴しているが、中学の卒業前にはクラスメイトの女子にあっさりふられた経験をもつ大変哀れな男だ。


 哀戦士よ、戦場へとはかなく散ったきみに哀悼を捧ぐ――なんていうことをしていると、上月が学生鞄を肩にかけて、静かに席を立った。


 俺には目も暮れずに教壇をまわって、教室の前のドアから廊下へと出ていく。


 あいつを止めるのは、今しかない。メールをしてもきっと無視されるから、直接会ってあいつを引き止めるしかない。


 しかし、いいのか? 俺なんぞが出しゃばったりして。何度も言うが、上月の恋愛を止める権利なんて、俺にはないんだ。


 それなのに、俺は――。


 俺が机を思いっきり叩いて立ち上がると、木田と桂がそろって目を丸くした。


「ど、どうした、ライトくん」


 木田が怯える小鹿のような目で俺を見上げてくる。――いや、なんで俺は立ってるんだ?


「す、すまん。今日は、本当に無理なんだ」

「あ、ああ」


 もうだめだ。こんなもやもやした気持ちを我慢することはできない。上月に嫌われてもいいから、あいつを止めに行こう。


 しかし、せっかくの木田と桂の誘いを断るのは忍びない。こいつらは俺に劣らない、どうしようもないほどのダメ人間だが、今日の埋め合わせはちゃんとしておきたい。


「明日なら、明日なら暇だ。だから、明日、ゲーセンに行こうぜ。な?」

「マジかよー」

「仕方がないな。だが明日は忘れるなよ?」


 不平の声をあげながら、二つ返事で了承してくれた。なんだかんだ言って、いいやつらだよ、お前らは。


 だが、ここでぼんやりしている場合ではない。早く上月を追いかけないと、あいつを見失ってしまう。


 俺は学生鞄を肩にかけて、教室の後ろへと向かう。


「すまん! じゃあな」

「ああ」

「へーい」


 ふたりの友人の気の抜けた返事を背に受けて、俺は階段を駆け下りた。


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