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第193話 山野なら答えを出してくれるか

 それからはだれにも会わずにひとりで悶々と悩みながらすごした。


 ひとりで公園なんかに行ってたそがれたりしたけど、答えを見つけ出すことなんてできない。こんなに激しく葛藤するのは生まれて初めてだった。


 三日三晩悩んで、同じ問いかけを二十回も三十回も自分に課して、ひとりで考えることにとうとう限界を感じた。


 こんなときに相談できる相手は、山野しかいない。


 クリスマスパーティのときに、どうしようもなくなったら俺に連絡しろとあいつは言っていた。それでも自分の悩みを相談することにためらいを感じた。


 スマートフォンの画面に表示したあいつの電話番号を俺は十分くらい眺めた。ついに観念して電話をかけたけどつながらず、夜に折り返しの電話があった。


 あいつは冬休みにずっと美容室のアルバイトをしているらしい。そしてこの時期の美容室は超が三つくらいつくほど忙しいみたいで、あいつのシフトは年越しまでびっしりと埋まっているらしい。


 だが二十九日の夜なら時間を空けられるみたいだから、あいつにはすまないがその時間に会わせてもらうことにした。


「すまねえな。忙しいのに時間をとらせちまって」


 夜の七時に早月駅の近くのハンバーガーショップで待ち合わせする。定番のセットメニューをトレイに乗せて二階のフロアへと上がる。


「気にするな。むしろ店を早引けするいい理由になったから助かったぜ」


 今日の山野は、スカジャンというのだろうか。スタジャンとジャンパーを足して二で割ったようなしゃれたアウターを羽織っている。黒地で背中に骸骨の刺繍が入った、かなりパンクでいかついスカジャンだ。


 インターは無地の白シャツで、ジーンズは膝や裾にダメージ加工がされている高そうなやつだ。耳には銀のピアスまでしているから、外見は美容師そのものだった。


「店、そんなに忙しいのか?」

「忙しいな。どの先輩も予約が朝から夜までびっしり入ってるからな。俺は二時間置きに休憩をとらせてもらってるが、先輩たちは昼飯を食べる時間すらないんだぜ」

「なんだよそれ。昼飯を食う時間がないって、おかしくねえか?」


 冬休みだからか、この店のフロアもかなり混んでいる。階段のそばに二人用の狭い席がひとつ空いていたので、そのテーブルにトレイを置いた。


 山野が奥の椅子を引いて腰を降ろす。


「俺も最初はかなり違和感をもったが、美容室じゃあそれが普通らしいぞ。美容室はだいたいどこも歩合制らしいから、お客さんをカットした数や指名の数で給料が変わるんだとよ」

「それなら昼飯を食う時間を返上する気持ちがわかるが、飯を抜いたら身体に悪いだろ」

「そうだが、予約が殺到しちまったら、店としては断れないだろ?」

「そういうもんなのかな。俺にはよくわかんねえけど」


 フライドポテトをつまみつつ、照り焼きバーガーの包み紙を開ける。ハンバーガーはあっさりしたフィッシュバーガーか濃厚な照り焼きバーガーに限るな。


「うちの店のことはどうでもいいだろ。上月についに怒られちまったのか?」


 山野がチーズバーガーを食べながら尋ねてくる。相変わらずの機械然とした顔で。


「ああ。怒られたというか、怒鳴られたというか」

「お前の中ではニュアンスが微妙に誤ってるのか?」

「あ、ああ……そこは別にどっちでもいいんだが、お前の言う通りだったよ。あたしのことはさっさと振れって、そんな感じで言われちまったんだよ」


 上月はきっと、俺のことなんてもうとっくに見限っているんだと思う。あの寂しい背中が、俺に決別の意思を表明しているように感じてならない。


「俺の知らぬ間にそんなに重大なことが起きていたんだな。弓坂もお前たちのことを心配していたが、あいつにはとても話せねえな」

「そうだな」


 弓坂がこの話を聞いたらまた大泣きするんじゃないだろうか。あいつは俺のことも上月のことも分け隔てなく心配してくれるいいやつだから。


「それで、お前はどうするんだ? あいつを振るのか?」


 山野はチーズバーガーを食べながらまっすぐに見つめてくる。俺は視線を合わせることができなかった。


 妹原への気持ちを捨てきれないのであれば、上月を振るしかない。でも、それでいいのか。


 何度も考えたことだけど、他のだれよりも大切なあいつを悲しませることなんてしたくない。だけど中途半端な態度を示したら、振ること以上にあいつを傷つけることになるんじゃないだろうか。


 曖昧な態度で結論を濁すというのは、自分が嫌われないようにするための卑怯な行為だ。それはつまり、相手よりも己の保身を優先する酷い行為なのだ。


 そんなことは天地がひっくり返ってもできない。だってそれでは、自分の身を切って告白したあいつがあまりに可哀想じゃないか。


「どうしたらいいかなんて、わかんねえよな」


 山野がぽつりと言った。俺は思わず顔を上げてしまった。


「お前はうちの高校へ入ってから、ずっと妹原を追ってきた。ゴールデンウィークの前に窮地を迎えて、その後も大して脈がないのに地道に努力して、やっとここまで来た。今のお前なら妹原を口説き落とすことはできるだろう」


 山野の飾らない言葉が俺の胸の真ん中を刺し貫く。


「だが上月は、お前にとってかけがえのない存在だ。それはお前たちを見てきたからわかる。気心の知れたあいつを振るのは、想像を絶する苦痛だろうな」


 山野は俺が葛藤しつづけていた悩みを間接的に言い当ててくれる。


 こいつはいつも俺に厳しい言葉ばかりを投げかけてくるから、てっきり決断を迫られるんだと思っていた。だが山野の淡々とした言葉に厳しさなんて一欠けらもない。


「上月もなんだかんだ言って、いいやつだからな。あいつを振りたくないだろう。だがそうすると、お前は妹原を諦めることになる。そんなことになったら、今までがんばってきたのはなんだったんだっていう落ちになっちまうよな」

「そうなんだ。だから、あれからひとりでずっと考えてたけど、いくら考えても答えが出なかったんだ」


 俺は息を吐いて向こうの窓を見つめた。窓際の席では俺と同い年くらいのカップルが人目も憚らずにいちゃいちゃしている。


「俺は妹原が好きだ。けど、上月を振ることはできない。じゃあ、どうすればいいんだ。妹原を諦めるのか? そうしたら、今までお前や弓坂に助けられながらがんばってきたのに、全部意味ねえじゃねえか……って、ずっとこの調子だ。考えが永久にループしちまうんだよ」


 こいつに相談しても、答えはやはり出ないのかよ。


「俺みたいなもてない野郎が、どの女がいいかって悩んでるんだぜ、はは。笑っちまうよな。増長も甚だしいぜ」

「事実なのだから増長してはいないと思うが――」

「でもこんな立場になって初めて気づいたけど、非情な決断を下さなければならないのって、つらいな」


 もてないときはもてることしか頭になかったけど、だれかに好かれるのは実はかなりつらいことだった。そんなことを漠然と思ってしまう。


 だれもが苦しまずに解決できる選択肢があればいいけど、そんな都合のいい選択肢はこの世に存在しないんだよな。


「む。そういえばお前にハンバーガーを奢る約束だったな」


 山野が急に何かを思い出してそんなことを言った。


「はあ? なんだよそれ」

「お前んちで片付けしてるときに言っただろ。ひとりで考えてどうしてもダメだったら、ハンバーガーくらい奢ってやるから電話しろと」


 そういえばそんな気前のいいことを珍しく言っていた気がするが、とっくに忘れてたからノーカンでいいよ。


「いいよ別に。そんなもん」

「いや、口上でも約束であることに変わりはない。今日の飯代は俺が出してやる」


 こいつはどうやら自分の前言を撤回したくないようだ。


 その後も二回ほど俺はご馳走になることを辞退したが、山野に千円を叩きつけられてしまったので、仕方なくそれを受け取った。


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