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第185話 心を許してくれる妹原

 さっきのテニスゲームの対戦がよっぽど楽しかったのか、その後もみんなでだらだらとゲーム機を囲んだ。


「うわ、なにこれ!? 超超むずかしいんですけどっ!」

「ヅラ、うるせえよ! 気が散るだろっ」


 テニスゲームの対戦が一段落したので、今は四人同時にプレイできるゲームに切り替えている。足場の悪い場所で、ボーリングの球くらいの大きいボールを運ぶゲームだ。


 このゲームは些細な操作ミスがゲームオーバーに直結するので、プレイヤーにかなりの集中力が要求されるのだが、桂がとなりで喚くから集中できないんだよな。


「ああっ、ヅラくんのボールが、落ちちゃったぁ」

「八神くん、がんばれっ」


 妹原の声援が胸の奥を熱くするぜっ。


 山野を含めた四人で対戦して、ゲームが下手な山野は早々に脱落した。そして集中力に欠ける桂も後を追うように消えていった。


「くっ、ライトになんて負けるかっ」

「ふっ、トップよ。この俺を、だれだと思っていやがるんだ。俺は、黎苑時の、ゲームマスター――」


 そんなどうでもいいことを口走ったせいで、俺の研ぎ澄まされていた集中力にわずかな綻びが生じてしまった。


 画面上の二頭身のキャラクターが階段を昇る。その衝撃がゲームコントローラのバイブレーターへと伝わり、俺の汗ばんだ右手をわずかに滑らせた。


 そして、親指の支えを失ったコントローラが手の上で踊り、


「ああっ!」


 ゲーム上の大きな操作ミスを誘発して、俺の操作するキャラがボールを落としてしまった。


「いよっしゃあ! 俺の勝ちぃ!」


 木田が急に立ち上がって大きくガッツポーズする。そして俺に顔を近づけて、うざったく自慢してきやがった。


「ふっ、ゲームマスターと言われたライトくんも大したことないな。その仰々しい異名はそろそろ返上した方がいいんじゃないか?」

「一回勝ったくらいで調子に乗るんじゃねえ」


 木田に勝ち誇られるのはこの上なくむかつくが、ゲームをぶっ通しで遊んだので疲れたな。少し休もう。


 俺と山野がゲームコントローラを放すと、弓坂と松原が交代でそれを受け取った。


「八神くん、お疲れ様」


 リビングのソファに腰かけると、妹原が麦茶を持ってきてくれた。


「あ、ああ。ありがとう」

「ずっとゲームしてたから疲れたでしょ。ゆっくり休んで」


 ゲームやって疲れたやつを気遣う必要なんてないのにな。妹原は優しいなあ。


 うちのソファはふたり掛けである。妹原は俺のとなりに座った。


「こうやってみんなでわいわい騒ぎながらゲームするのって、いいね。見てるだけで楽しくなっちゃう」

「みんなで楽しんでると、なんていうか、一体感みたいなものがあるからな」

「一体感かあ。いい言葉だねっ」


 妹原が感慨深そうにうなずく。


「後ろで遠慮してるとゲームの番がまわってこないぜ。次、ヅラあたりに替わってもらいなよ」

「あっ、ううん。ゲームは、いいの。得意じゃないから」


 妹原が顔の傍まで上げた右手を忙しなく動かす。妹原はお世辞にもゲームはうまくないからなあ。


 テレビは縦と横の真ん中で分断されて、四つの小さな画面に分かれている。それぞれの画面に二頭身のサーファーらしきキャラクターが波乗りしている。


 四人の中でだれが一番長く波に乗れているかを競うパーティ用のゲームだ。大した解説も技量も必要ない、至ってシンプルなゲームだけど、みんなでゲームするときはこういうゲームが受けるんだよな。


「わたしね、クラスのみんなと集まったり、今日みたいに楽しく遊んだこともないから、嬉しいんだ。わたしも、クラスのみんなと打ち解けてるんだって、思うから」


 妹原は音楽漬けの生活を送ってきたから、クラスメイトで集まったり遊んだりした経験が乏しいんだろうな。


「打ち解けてるって、なんだよ。妹原はもう充分にクラスの一員じゃねえか」

「そう、なのかな」

「そうだろ。文化祭のときだって、体育祭のときだって、クラスの連中にめっちゃ応援されてたじゃんか。変に考えすぎなくてもいいと思うけどな」


 妹原は有名な割りに控えめな性格だから、みんなの前に出て大声で発言するようなタイプじゃない。だから、悪い言い方になるが地味な方だ。


 でも俺は思うんだが、地味でもいいじゃないか。


 最も大事なのは、派手だとか、人気があるかないかとかじゃない。勉強や体育の成績が優秀であるかどうかでもない。クラスのみんなを思いやれる気持ちだと思うんだよ。


 妹原は友達思いの優しい女子だ。だから俺は妹原が好きだし、弓坂や山野なんかも妹原を親友と認めているんだ。


「最初にみんなで遊んだのは、ボーリングだったよね」


 妹原が手を膝の上で遊ばせる。


「あのとき……たしか、初めて食堂でご飯を食べたときだったと思うけど、山野くんからいきなり提案されて、驚いたな。わたしなんかがいたら、みんなの邪魔をしちゃうって、思ってたのに」


 妹原が話しているのは、入学してすぐに開催した間抜けな親睦会のことだな。そういえば五人でボーリングをやったんだっけ。


 あの親睦会のメインのターゲットはきみだったんだと告げたら、妹原はどんな顔で驚くのだろうか。絶対に言えないけど。


「その後もゲームセンターに行ったり、みんなでご飯を食べに行ったりしたよね。夏休みなんて、未玖ちゃんの別荘でバーベキューしに行っちゃったし」


 夏休みの弓坂の別荘のお泊り会は、いい思い出になったなあ。豪華な別荘に宿泊できるだけで嬉しいのに、妹原といっしょだったんだもんなあ。


 うっかり鼻の下を伸ばしている場合じゃない。妹原はどうしてそんな話を俺にするのだろうか。


「みんなや、八神くんから、誘ってもらえるとね。ああ、わたしのこと、必要としてくれてるんだって思えて、なんか嬉しいの。小学校や中学校では、ひとりで音楽のレッスンだけ受けてる根暗な子っていう感じでしか、見られたことなかったから」


 ああ、そうか。妹原は学校の友達とつながりたいんだな。


 妹原は小学生――いや幼稚園児だった頃から音楽漬けの生活を送っていたから、クラスのみんなと共感したり、いっしょに何かをやりたかったんだろうな。


 でも、おとなしい妹原は積極的に友達をつくれる方じゃないし、あの無駄に厳しい親に反抗することもできないから、ずっとひとりで苦しんでいたのだろう。


 桂や木田みたいなへたれの友達がいて、数年ぶりに再会したくそ親父をいきなりぶん殴った俺には理解しかねる感覚だ。


 嫌だったら、辞めちまえばいいのに。


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