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第167話 なぜか不機嫌な上月

 黎苑寺れいえんじ駅で木田と別れて帰宅する。カフェでしゃべっていたら、すっかり日が落ちてしまった。


 来週から試験勉強の期間になるから、授業は午前中しか行われなくなる。勉強はそれなりにやっているから、前半はゲームでもして遊ぼうかな。


 鞄からキーケースを取り出して、家の鍵を鍵穴に差し込む。


 上月には今回も勉強を教えてやらないといけないが、先月あたりからなんとなくだが、あいつがうちに来なくなった気がする。


 文化祭があった頃は毎日のように顔を出していたのに、なんでだろうな。俺の気のせいだろうか。


 だれもいない家の中は薄暗くてひっそりしている。夕日が差しているせいか、リビングの方だけ少し明るい。


 あいつはその日でころっと気分が変わるような面倒くさい女だから、きっと俺んちに来るのが億劫なんだろう。そんなやつの気持ちを考えたところで、取り越し苦労になるのが落ちだ。


 鞄をリビングのソファに投げ捨てる。制服のブレザーを脱ぎつつ、クローゼットから上着のかかっていないハンガーを取り出す。


 寝巻きのジャージに着替えようと思ったが、夕飯の用意ができていないな。あいつが来てくれないと、こういうときに弊害が出るんだよな。


 俺は料理と運動のセンスが壊滅的にないから、上月から「あんたは絶対に包丁とかにぎったらダメだからねっ」と釘を刺されているのだ。


 なにせ目玉焼きをつくろうとして小火騒ぎを起こした男だからな。自慢ではないが、俺の料理のセンスの左に出る者はいない。


 ダイニングの冷蔵庫を開けて中を覗く。ジュースと豆板醤とうばんじゃんなどの調味料はあるが、その場で食べられそうなものは見当たらない。


 野菜室には、入れてからもう何日も放置されていそうな人参やじゃが芋があるが、これは食べない方がいいよな。それ以前に調理できねえし。


 この体たらくでよく今までひとりで生きてこられたな。不定期でも料理をつくってくれる上月に謝辞を述べておいた方がいいだろうか。


 キッチンの棚も確認してみるが、カップ麺はおろかスナック菓子すら見当たらない。今度から非常用に乾パンでも買い置きしようかな。


 かったるいが空腹には耐えられそうにないので、駅前のコンビニで何か買ってこよう。穿き慣れたジーンズに穿き替えて俺は家を出た。


 まだ初冬に差し掛かっていないが、夜風で身体が冷えるようになってきた。そろそろマフラーを出さないと寒さを凌げないかな。


 足早にマンションを出て駅前のコンビニに駆け込む。弁当を買う前に雑誌の立ち読みでもしようかなと思っていると、


「あっ」


 女性雑誌を広げている上月にばったり出くわした。


 上月は肩に鞄をかけた制服姿で立ち読みしているようだ。目もとに薄いメイクをかけて、唇もほのかに紅くなっていた。


 外見だけで考えれば、こいつはやはり学校で一、二を争う美女だ。クラスだけでなく上級生からの評判もいいらしいが、彼らが好くのもわかるぜ――いや、そうじゃなくて、お前はこんな時間に何してるんだ?


「よ、よお」


 とりあえず右手を上げて挨拶してやるが、上月は不機嫌オーラを全開にさせて目を細める。


「なにしに来たのよ」

「それはこっちの台詞だよ。家に帰らなくていいのかよ」

「ふん、何しようがあたしの勝手でしょ。なんか知らないけど急に保護者ぶったりして、超きもいんですけど」


 保護者ぶってなんかいねえよ。ばったり出くわしたから仕方なく声をかけてやったというのに、会って早々に可愛くないな。


 木田や他の同中の友達は、こんな性悪と俺が付き合ってると思ってるみたいだが、改めて思い知ったな。こんな性格ブスとなんか、全人類が滅亡しても付き合わねえぞっ。


「なによ、さっきからじろじろ見てっ」

「別に」


 読みたかった連載漫画があったが、興奮がすっかり失せてしまった。こいつとしゃべっているとイライラしてくるので、さっさと夕飯を買って家に引き返そう。


 ――そう思ってきびすを返したときに、こいつに試験勉強を教えてやることを思い出した。こんな可愛くないやつでも毎度の行事として教えてやってるのだから、一応確認だけでもしておこう。


「そういえばお前、来週は空いてるんだろうな。勉強を教えてやるから家に来いよ」


 だが雑誌を読みふける上月は無視を決め込んだのか、俺にふり向きもしない。今日はいつにも増して機嫌が悪いのか?


「おい、聞いてるのか?」

「うるさいなあ。まわりの人に聞こえるでしょ」


 上月がイライラして雑誌を閉じた。


「勉強なんて教えてくれなくていいわよ。あたしでなんとかするから」

「はあ? 何言ってんだよ。期末は中間試験よりも教科が多いんだぞ。そんなのお前ひとりでなんとかできるわけねえだろ」

「うるさいなっ。なんとかするって言ってるでしょ!」


 いや、だからなんで切れてるんだよ。俺は何も悪いことなんてしてねえだろ。


「っていうか、あんたは何様よっ。教えてやるって。そんなに勉強教えたいんだったら、塾の講師にでもなればいいじゃん!」


 上月は一息に捲くし立てて、別の雑誌を棚から取り出した。そして俺に目を合わせずに、雑誌を読みはじめた。


 なんでこいつが切れているのかよくわからないが、迷惑に思ってるんだったら手を貸してやる道理はない。


「よくわかんねえけど、いいんだな? 赤点とってやばくなっても知らねえからな」


 念を押しても上月は返事すらしなかった。早くどこかへ行けというオーラが身体の隅々から出まくってるが、そんなに嫌ってるんだったらこっちからいなくなってやるよ!


 こんな不快になるんだったら、買い物になんて行くんじゃなかったぜ。あいつには毎度のようにイライラさせられているが、今日は本当に頭に来たぜっ。


 怒りで歩調が荒くなってしまう。道端に空き缶が転がっていたので、俺は缶を夜空の彼方へ蹴り飛ばして帰宅した。


 ――あれ、そういえば何かを買いに来たんじゃなかったっけ?


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