第165話 疑われる上月との関係
「ああ、来月マジでやべーよぅ」
四時間目の授業が終わって、俺は非リア充コンビの木田や桂と昼食を摂っている。試験勉強期間の直前の食堂は、今日も天井から満員御礼の垂れ幕が下りそうなくらいに混んでいる。
「きみがやばいのはいつものことだろう? ゲーセンに行くのを我慢して、少しくらい試験勉強すればいいではないか」
「そんな簡単に言うなよぉ。俺はライトみたいに頭よくないんだぜー。試験勉強なんて、できっこないじゃん」
木田の的確な指摘に、桂がネコ科の動物みたいな悲鳴を上げる。ふざけると醤油ラーメンの汁がこっちに飛ぶだろ。
うちの学校へ入学してから、俺は山野と弓坂の三人で昼食を摂っていた。だが今は二人の邪魔になるので、俺は木田や桂と過ごすように変えたのだ。
山野は気を遣うなと言っていたが、恋人同然の二人の間に入れるわけないだろ。相当空気の読めない男だって、さすがに同席を断るさ。
木田がカレーを食べる手を止めて、不意に俺に顔を向けて、
「それならライトくんに勉強を教えてもらえばいいんじゃないか? この男の学力はこう見えてクラス二位だぞ」
非常にいらない情報を桂に伝達しやがったから、桂が無駄に声を立てて驚いた。
「ええっ!? ライトってクラス二位だったの? マジマジ!? 俺とおんなじくらいだと思ってたのに」
クラスでビリのお前と同じ学力だったら、俺は今ごろ寝込んで登校拒否してると思うけどな。
俺の口から自然とため息が漏れた。
「お前の成績が悪いのは、ちゃんと勉強してないからだろ。ゲーセンに行かねえでちゃんと勉強すれば、クラスの平均点くらい取れるって」
「それができたら苦労しないっつーの。お前は頭がいいから、そうやって簡単に考えられんだよー」
「ヅラのその意見には同意するな」
木田もアホヅラに賛同するな。だからお前らは揃って成績が悪いんだよ。
桂が食事の手を完全に止めて、俺に手を合わせて拝んだ。
「なあライト、頼むって。俺に勉強教えてくれよぉ」
こんなどうしようもない男でも、一応友人のひとりだ。素直に懇願されると断りづらい。
だが勉強期間中はいつも上月に勉強を教えているから、桂にも時間を割くのはむずかしい。俺の勉強時間を割けば、なんとかなるかもしれないが。
「や、山野にも勉強を教えないといけないから、あれだ。今回は無理だっ」
「うへえ、マジかよぉ」
桂が脱力してテーブルに突っ伏す。山野に勉強を教えたことなんて生涯に一度もないが、とっさにあいつの名前が出てしまった。山野に桂、すまない。
「ライトに見捨てられちまったら、俺はこれからどうやって生きていけばいいだよぉ」
「見捨てられるも何も、きみは俺たちに拾われてすらいないだろう?」
「うおぉぉい! トップうぅ!」
木田が間髪を入れずに突き放したから、桂が大量の涙を流して木田に抱きついた。まわりの人たちに不審な目で見られてるから辞めろよな。
* * *
その日の帰りに、木田に買い物を付き合うように頼まれた。試験勉強に使うノートが切れたので、買いに行くのだそうだ。
俺もちょうどノートとボールペンを買おうと思っていたので、木田に付き合って駅前のデパートへ行くことにした。
「余計な買い物に付き合わせて悪いな。ひとりで行くと買う気が失せちまうものでな」
デパートの五階にある大手の雑貨屋のフロアを歩きながら木田が言った。
「いや、かまわねえよ。俺もついでに買おうと思ってたからな」
「なら、ちょうどいいか」
色とりどりの大学ノートが置かれた文房具のコーナーでノートを物色する。紙面の大きさで横罫の幅などでノートの種類が異なるみたいだけど、その数の多さには驚かされるな。
横罫の太いノートとか、線の入っていない真っ白なノートなんて、一体だれが使うのだろうか。ノートを買いにくるといつも考えている気がするな。
一ページに三十五行の文字が書ける標準的なノートを選んでレジへ向かう。木田は赤のリングノートを選んでいた。
まっすぐに帰るのはつまらないので、おもちゃフロアのゲームコーナーに上がってゲームソフトを眺める。買いたいゲームはないので、暇つぶし兼情報収集が目的だ。
「最近は何か買ったかね?」
木田がゲームソフトのディスプレイを見ながら聞いてくる。
「いや。今月は金がねえからな。お前は?」
「私も買っていないな。最近は面白いゲームがないからな」
それは同感だ。最近のゲームは、ゲームソフトよりもスマートフォンのゲームの方が気軽に遊べて楽しい気がする。
「じゃあアクションゲームのステージでもつくって、動画サイトに投稿すればいいんじゃねえの?」
「ふん、動画で自分の名を売る気はない」
無名なやつが動画をひとつ投稿したくらいで有名になれるとは思えないけどな。
買う気のないゲームソフトを眺めるのも飽きたので、俺たちはデパートを後にした。
「それで、彼女の方はどうなったんだ?」
瀬上川に架かる橋――名前はすまないが知らない――を渡っているときに木田がなんの前触れもなく尋ねてきた。
「は? 彼女ってなんだよ」
「入学する前から馬鹿みたいに騒いでいただろう? 彼女が、彼女が、とな。それがどうなったのかを聞いているのだ」
そういう趣旨の問いかけだったのか。できてもいない彼女をでっち上げられたのかと思ったぜ。
「彼女も何も、見ればわかるだろ。できてねえっつーの」
「とか言っておいて、ちゃっかり上月と付き合ってるんじゃないのか?」
「はあ? なんでそうなるんだよ」
聞き捨てならない言葉が聞こえたので、俺の足が自然と止まってしまった。振り返ると木田も立ち止まっていた。
「きみがとぼけようが、同中のやつらはみんな知ってるぞ。あいつがきみの家に入り浸ってるっていうのをな」
「入り浸るって、人聞きの悪い言い方すんなよ」
「事実だろ? それに俺が前にきみの家に行ったときだって、あいつが先に来ていたのをしっかりと目撃しているからな」
くっ、木田のくせに、ひと月くらい前にあった事実を交えて責め立ててきやがる。証拠を使って理論的に反論されたら、ぐうの音も出ないぜ。
「で、結局のところはどうなんだ? あいつとはうまくいってるのか?」
木田が橋の手すりをとって川の水面を見下ろす。水量の少ない川は、橋の下をゆるやかに流れていた。




