第164話 クリスマスパーティの計画
山野曰く、『俺は弓坂とまだ付き合っていないぞ』とのことらしい。
元カノである雪村への気持ちが残っているので、そんな状態で弓坂と付き合ったら失礼に当たるだろ。――というのが、あいつの言い分の根底にあるようだ。
夕暮れのあの放課後で、あいつは「待ってほしい」と言っていたから、弓坂とまだ付き合っていないのは正しいが、まわりくどい男だよな。
いつもは冷徹な表情で俺を凝視して、早く答えを出せと言わんばかりに詰め寄ってくるのに、自分の結論はしっかり先送りにしているのだ。
自分を棚上げしていると弓坂に嫌われるぞ。――いや、あいつへの不満ばかり考えていても意味はないから、このあたりで終わりにしよう。
リビングのテーブルに置いていたノートパソコンから手を離す。カーテンの透き間から見える夜空をひとり見上げる。
『次はヤガミンの番だよ』
弓坂は勇気を振り絞って想いを伝えた。俺だって、負けていられない。
うちの高校へ入学してから、山野や上月の力を借りて、少しずつだが妹原と仲良くなってきた。
ゴールデンウィークの前に誤って告白っぽいことをしてしまって、大失恋になる局面も迎えたが、なんだかんだ言って妹原と親密になってきていると思う。
あいつととなりの席になって、あいつから話してくれることも多くなったし、山野からも「もうちょっとがんばれば、妹原といい感じになれるかもな」と言われたからな。
俺もがんばれば、妹原と付き合えるのだろうか。あのゴールデンウィーク事件をずっと引きずっているから、そんなの絶対に無理だろと無意識的に思い込んでいるけど、今なら押したらいけるんじゃないか?
これまでひた隠しにしてきた想いを解放すべきなのか?
頭を捻ってこれから執るべき戦略を考えてみるが、恋愛のレベルがあまりに低すぎるので、いくら考えても答えが出ないな。
現在のレベルをロールプレイングゲームで換算したら、きっと四か五ぐらいだ。スライムはなんとか倒せるが、なんとかウサギやバブルスライムが出現したら間違いなく全滅させられるくらいの弱さだ。
せめて銅の剣くらいは装備していたいんだけどな。近年の王様はケチだよな。
くだらないたとえはこの辺で消去して、妹原に再度アタックしてみようと思う。
弓坂だってうまくいったんだ。この流れに乗って、俺にも恋愛の神様が降りてくださるはずだっ。
俺はなんとなく両手で拝んで、風呂に入る準備に取り掛かった。
* * *
十一月下旬。冬服のブレザーだけでは、だんだんと寒さが凌げなくなってきた。
駅や学校にクリスマスの雰囲気が近づいてきたこの時期には、かなり高い山が聳え立っている。二学期の期末試験だ。
再来週に試験がある。わざわざ苦しみながら試験なんて受けたくないが、受けないと松山さんから通信簿をいただくことはできない。
期末試験は受ける教科の数も多いから、試験勉強が大変なんだよな。古典や化学なんかは試験科目から抹消しちゃってもいいんじゃないかと思っているのは、きっと俺だけではないはずだ。
気温の上がらない曇天の通学路を足早に駆け抜ける。冬の冷たい空気はどこか透き通っているから嫌いじゃないな。
まだ朝の八時前だから、通学路を歩く生徒の数は少ない。最初の頃は早起きするのが億劫だったが、慣れてくるとそれほど苦にならない。朝の爽やかな空気に触れて清々しさすた感じてしまうくらいだ。
早起きは三文の徳と言われる理由などを考えながら学校へ向かう。自分の下駄箱から上履きを取り出して、俺は教室へと階段を駆け上がった。
がらんとした教室の隅に妹原の姿が見える。妹原は弓坂と楽しそうにおしゃべりしていた。
「あっ、ヤガミンだ」
「おはよう」
妹原の視線にどきっと心臓が跳ね上がる。あいつに見つめられると、未だに少し緊張してしまう。なんとかして克服する方法はないのかな。
「よ、よお」
心の底から沸き上がる歓喜を抑えて、自分の机に着席する。好きな気持ちを隠すのってむずかしいよな。そんなことを思っていると、
「八神くんは、クリスマスパーティやりたい?」
妹原から突然提案されて、心臓がまた胸から飛び出しそうになった。
「クリスマスパーティ?」
「うんっ。未玖ちゃんとさっき、クリスマスパーティやりたいねって話してたの」
ああ、二人でどこかのイベントに行くんじゃなくて、みんなでパーティやるのか。ちょっとがっかりしたような、ほっと安心できたような。
「ヤガミンのおうちで、みんなを呼んでパーティしたら、楽しいと思うんだよねぇ」
弓坂はいつものほっこりとした笑顔で続けるが、うちの狭いリビングで鮨詰めになるより、弓坂の豪邸で優雅にパーティを開いた方がいいと思うけどな。
「それは面白そうだけど、期末試験があるからそれどころじゃないだろ」
「うん。だから、期末試験が終わってからすればいいんじゃないかな」
それなら異論はないな。開催する場所については若干異議を申し立てたいが、妹原にうちへ来てもらいたいと思う自分もいる。
「二学期の、終業式がぁ、二十四日だから、その日にやればいいんじゃないかなあって、雫ちゃんと話してたんだよぅ」
二学期の終業式は二十四日だったのか。それはかなり都合がいいな。
終業式の日は当然だが帰りは早いし、翌日から冬休みで気分はうきうきだし、言うことないじゃないか。
「日にちはそれで文句ないな。じゃあ、あとはだれを呼ぶんだ? いつもみたいに山野と上月あたりでも呼ぶか?」
「そうだね。麻友ちゃんもクリスマスパーティやりたいって言ってたから、みんなで楽しくおしゃべりしたいねっ」
俺は妹原と二人で楽しくおしゃべりしたいけどな。そんなアブノーマルな気持ちをごくりと呑み込む。
「山野くんの気持ちも、クリスマスで変えられるかもしれないしね」
「ヤマノンの気持ちは、そんな簡単に変わらないよぅ」
どちらかと言うと、そっちがメインなんだな。山野め、あいつはやはり罪な男だ。
それでもこれは俺にとって渡りに船だ。クリスマスの乙女チックな雰囲気に告白すれば、もしかしたら奇跡が起きるかもしれないぜっ。




