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第158話 妹原の気持ちの変化

 重い失恋話の後だったから、桂は遊ばずにそのまま帰ると言った。


 木田が泣き止むのを待って、俺はふたりを玄関まで送り出した。


「ライト。本当にすまなかった。弓坂だけじゃなくて、俺はお前のことも全然わかってやれてなかったんだよな」


 木田は泣き腫らした目で俺を見やる。そして、言葉を少しつまらせて、


「いろいろ勘違いして、あまつさえ学校でお前を殴ったりして、悪いことばかりしちまった。ひと言で謝って、済ませられるようなことじゃないけど……」

「トップぅ」


 木田が謝罪の言葉を口にしてくれる。桂が弱々しい目で木田を見つめる。


 こいつらは俺と同じくへたれで、クラスの女子からもてるようなタイプでもないけど、なんだかんだ言って、いいやつらだと思う。


 喧嘩したときはむかついたりしちまったけど、友達ってこういうもんだよな。


「気にすんなよ。友達だろ? 俺らは」


 俺は歯を見せて笑った。


「毎日しゃべってれば、たまにはむかついて、殴り合いの喧嘩だってすることはあるさ。痛かったけど、それもお互い様だしな」


 殴り合いの喧嘩なんて滅多にしないけど、たまには本音でぶつかり合うのも悪くないんじゃないかと思う。


 頻繁にはやりたくないけど、その辺は、お互いでなんとか調整していくしかないな。


 木田の顔がまたぐしゃっとくずれて、身体が小さくふるえる。そして後ろを向いて、涙声で、


「妹原、わりい。俺、先に帰らせてもらうわ」

「あ、うん」


 俺の後ろにいる妹原に告げて、木田は玄関を飛び出していった。桂もあわてて後を追う。


「なによ。雫の許可をとる前に帰ってるじゃない」

「ふふっ、まあまあ」


 腕組みして文句を言う上月に、妹原がくすくすと笑った。


「妹原と上月も、サンキューな。いろいろサポートしてくれてたみたいで。俺、全然気づいてなかったけど」

「そんな、サポートだなんて、別に……」


 妹原が少し顔を赤らめる。


「わたしは、八神くんが、心配だったから。それに、大したことをしたわけじゃないし」


 いや、俺のことを心配してくれてることが嬉しいんだよ。


 しかし、そんな気障ったらしいことを言ったら確実に気持ち悪がられるから、喉まで出かかった言葉を無理矢理飲み込む。


「そういえばっ、八神くんのお父さんの方は、だいじょうぶだったの?」


 リビングに戻りがてら妹原に尋ねられた。


「親父の方も、特に問題はなかったんじゃないか?」

「嘘ばっか。シンガポールに行こうって、がっつり誘われたじゃないのよ」


 俺が何事もなく返すと、上月に不機嫌そうに口を挟まれてしまった。


「えっ、シンガポール、って?」

「透矢のお父さん、今はシンガポールではたらいてるみたいで、これから独立するんだって。それで、お前もシンガポールに来ないかって誘われたのよ」

「ええっ、そうなの!?」


 リビングのソファに座った妹原がすぐに起き上がって奇声を上げた。


「八神くん、どうするの! シンガポールに行っちゃうの!?」

「いや、落ち着け。シンガポールになんて行かないから。安心してくれ」


 妹原が俺のことで驚いてくれてるなんて、嬉しいなあ。俺がもし海外に行くって言ったら、妹原は悲しんでくれるのだろうか。


 妹原は床にへたり込んで、はあと息をもらした。


「そうだったんだ。突然だったから、びっくりしちゃった」

「急に驚かしちまって、すまん」

「う、ううん。でも、お父さんと離れ離れでもいいの? お父さんに日本に留まってもらうように説得しようよっ」


 妹原は俺と親父の関係を知らないから、自分の思った素直な感情を吐露してくれる。


 妹原に心配してもらえるのはこの上なく嬉しい。だが、それでも親父を引き止めることには賛成できない。


「いいんだよ。あいつは海外でやりたい事業とやらがあるみたいだし、海外ではたらくことに喜びを見出してるみたいだから」

「で、でもっ」

「それにさ、俺は長い間、親父と生活していなかったから、今さら帰ってきて父親面をされても困るんだ。血がつながっているから、戸籍上は家族であることに変わりはないけど、気持ちは全然ついていかない。長いこと俺と母さんをほったらかしにしたあいつは忌むべき存在であって、同棲すべき身内ではないんだ」


 親父のことはやはり許すことができない。あいつが反省して、母さんの仏壇へ神妙に線香をあげたことを眺めても、憎しみが少し和らぐ程度で、俺の心の根底にある憎悪のかたまりが解けてなくなることはない。


 妹原にこんな暗いところを見せたくない。しかし親父のことが頭に過ぎると、平静を装うことがどうしてもできなかった。


 俺は頭を掻いた。


「こんな風に考えるのは、人としてよくないこともわかってる。でも、嫌なものは嫌なんだ。さっき親父と会って、あいつは反省しているみたいだったから、いずれ和解しなければならないと思ったけど、それは今じゃない。もっともっと遠い先のことになるんだと思う」


 俺はまだガキだから、遠い先のことなんて予測がつかないけど、いずれは開き直って、あいつのしたことを受け入れなければならないんだと思う。


「麻友ちゃんから話を少し聞いたけど、八神くんのおうちって複雑なんだね。全然知らなかった」


 妹原が正面から俺を見つめる。


「それなのに、未玖ちゃんを陰からサポートしてあげたり、木田くんや桂くんのこともちゃんと考えてあげて、えらいと思う。わたしだったら、自分のことだけで精一杯になっちゃうな」


 妹原は少しうつむいて苦笑した。その控えめでおとなしい仕草がたまらなく可愛かった。


「八神くんは、わたしの悩みもいつも聞いてくれるから、八神くんもつらかったらわたしに相談してね。なんでも聞くから」

「あ、ああ」


 妹原は俺みたいなやつのことを気にかけてくれているんだ。感動で胸がぱんぱんに張り裂けてしまいそうだった。


 その後は妹原と文化祭の話などを交わして、午後の楽しいひとときを過ごした。俺が弓坂と学校を休んだあの日もクラスの模擬店は大人気だったようだ。


 妹原は慣れないコスプレ姿ではたらきながら、客から写真の撮影をたくさんせがまれたりして苦労が絶えなかったらしい。それでもクラスのためにがんばれて楽しかったと、嬉しそうに語っていた。


 夕方になって上月といっしょに妹原は帰っていった。上月はそれまでずっと静かで、ほとんど会話に入ってこなかった。


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